↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
74/138

数字を買う

 六月。芦田さんから連絡が来た。

 三年になっていた。佐倉ひかりの切り抜きアカウントを引き継いで、二年目である。

 カット尻は、〇.四秒になっていた。前髪は、もう目にかかっていなかった。去年の秋に会ったときは、話すあいだじゅう前髪の内側からこちらを見る人だった。いまは顔が全部出ている。切ったのか、伸ばして分けたのかはわからない。ただ、目が合う回数がはっきり増えていて、私はそのことに、切り抜きの秒数より先に気づいた。

「フォロワーが、勝手に増えてるんです」


「増えるのは、いいことでしょう」

「三千人増えました」

「三千?」

「四日でです」

 彼女は、その数字を三回言い直した。言い直すたびに、声が小さくなった。増えたことを喜んでいないのが、その言い方でわかる。ふつう、フォロワーが三千増えて青くなる人はいない。この人は一年半、一人ずつ増やしてきた側なので、四日で三千という速さがどういう意味かを、自分で先に理解してしまっている。

「うち、生徒四百八十人しかいないのに」


「一つめ、増加曲線」

 ドパガキは、四日分のグラフを見た。

「見ろ。直線だ」

「直線?」

「一時間あたり三十一人ずつ増えてる。……ずっと同じ速度だ」

 彼は、そのグラフを指でなぞった。指が、途中で一度も曲がらなかった。私は、その線を横から見ていた。線が真っ直ぐだということの意味は、言われるまで見えなかった。

「人間が増えるときは、波が出る。朝と夜で違う。土日で違う。……これは、平らだ」


「二つめ、時間帯」

 彼は増加を時間帯別に並べた。

「深夜三時も、朝六時も、同じペースだ」

「寝てないの?」

「寝てる。人間は寝る」

 彼は、そこで一度だけ顔を上げた。

「機械は寝ない」


「三つめ、アカウント」

 彼は増えた三千人を、無作為に百人だけ調べた。百人を見終わるのに、二十分かかった。

「投稿ゼロが八十四人。アイコン無しが六十一人。……登録日が、全部この二か月以内だ」

 彼はスマホを置いた。

「買ってる」

「私、買ってないです」

「知ってる」

 彼は、そのリストを閉じた。

「あんたに買った奴がいる」


「決定打」

「フォロワー購入ってのは、アカウントのIDを渡して発注するんだよ。……で、業者の側に納品記録が残る」

「見られるんですか」

「見られねえよ。でも、同じ業者から納品された他のアカウントは見られる」

 彼は、三千人の中から、二重にフォローしているものを抜き出した。

「三千人の中に、他のアカウントも同時にフォローしてる奴がいる。同じ束から配られてるからな」

 彼は画面を出した。

「……で、その相手が、一つだけあった」


 東雲高校の切り抜きアカウントだった。

 戸田くんのものである。


 戸田くんは、否定しなかった。

「買いました。自分のと、芦田さんのと」

「なんで」

「追いつかれたかったんです」


 私は、意味がわからなかった。聞き間違えたのだと思って、一度聞き返した。

「追いつかれたい?」

「僕、東雲で三千人なんです。芦田さんは、そっちの学校で千二百人で」

 彼は、鞄の紐を握った。去年と同じ握り方だった。親指を紐の内側に入れて、残りの四本で外から押さえる。去年、〇.四秒の話を三時間したときも、この人はずっとこの手をしていた。話が自分の弱いところに来ると、この握りが強くなる。それは去年から変わっていなかった。

「去年、〇.四秒の話を三時間しました。あの人、僕より上手くなってて」

 彼は下を向いた。

「なのに、数字だけ僕のほうが多いんです」

「それが、嫌だったの?」

「嫌でした。……上手いほうが少ないのって、変じゃないですか」


「で、両方買ったのか」

「はい。三千ずつ」

「三千ずつ?」

「はい。同じ数にしたかったんで」

 彼は、指で二つの数を空中に書いた。

「そうすれば、僕が六千で、あの人も六千で。……中身で勝負できるかなって」


 ドパガキは、しばらく黙っていた。

「わかるよ。数字で負けてんのに、中身で勝ってるって言うのは、みっともない。……オレも言えねえと思う」

 彼は、そこで画面を伏せた。

「でもさ」

「はい」

「あんた、あいつに三千人渡したつもりだろ」

「……はい」

「渡してねえよ」

 彼は、その三千人のリストをもう一度出した。名前の無いアイコンが、画面の端まで並んでいた。

「三千人ぶんの嘘を渡したんだ」


「あいつの千二百人はな」

 彼は続けた。

「一年半かけて、あいつが一人ずつ増やしたやつだ。二百回練習して、〇.一五秒を〇.四秒にして、そうやって増やしたやつだ」

 彼は、二つの数字を並べて書いた。千二百と、三千である。

「そこに三千足したら、千二百がどこにあるかわかんなくなる」

 戸田くんは、何も言わなかった。

「四千二百人になった。……で、あんた、あいつの本当の数字を消したんだよ」


 三千人は、業者に返品された。そういう仕組みがあるらしい。私は初めて知った。芦田さんのフォロワーは、千二百人に戻った。

 戸田くんも、自分のぶんを返した。三千人に戻った。そして八月に、二人は共同で一本作った。

 再生数は八千回だった。


「四千二百のときより、少ないのよね」

「少ねえよ」

 彼は、歩幅を変えずに続けた。

「でも、八千回だぞ」

「うん」

「買ってねえ八千だ」


 彼は自販機の前で止まった。

「うわ」

「今度は」

「猫のアカウントがフォロワー買ってる」

「猫が?」

「飼い主が。……十万人いる」

「バレないの?」

「バレる」

 彼は、その二つの数字を画面に並べた。

「十万人いて、いいねが四十件だ」

「……」

「数字は買えるけど、指は買えねえんだよ」

 彼は十三分動かなかった。私は、千二百という数がどれくらいの重さなのかを、そのあいだ考えていた。一年半で千二百なら、一日に二人ちょっとである。二人ちょっとを五百四十日続けた数だと思うと、急に持ちにくくなる。三千は四日で来た。同じ棚に並べると、三千のほうが大きく見える。大きく見えるほうが軽い、ということが、この世界にはときどきある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。