自然に見えるいじり
三浦亮太が持ってきたのは、東雲高校の話だった。
「うちの学校じゃないんですけど」
彼は、そこで一度言葉を切った。断ってから話す癖が、去年より丁寧になっていた。
「戸田先輩から相談されて。……あ、切り抜きの人です」
「知ってる」
「その人の学校の、二年のグループなんですけど」
そのグループは、五人だった。
一年半で、動画を五十三本上げていた。フォロワーは八千人いる。内容は、放課後の教室でふざけているだけである。
私は三本見た。三本とも、楽しそうだった。
「本人たちは楽しそうよね」
「楽しそうです」
三浦は、そこで少し声を落とした。
「でも、一人だけ、やめたがってるらしいです」
「一つめ、笑い声」
ドパガキは五十三本を三倍速で流した。
四十分かかった。私は途中で耳が疲れて、音を切った。彼は切らなかった。三倍速の笑い声というのは、笑い声に聞こえない。高くて、短くて、鳥の声に近い。それが四十分続く。私は音を切ってから、画面の中の五人の口の動きだけを見ていた。音が無いと、誰が笑っているのかは口の開き方でわかる。開いていない口が、いつも同じ位置にあった。
「笑い声の担当が固定されてる」
「担当?」
「五人いる。……で、笑ってる声は、いつも同じ三人だ」
彼は、指を三本立ててから、二本足した。
「残り二人のうち、一人はボケる役。もう一人が」
彼は止めた。
「笑われる役だ」
「二つめ、カメラの順番」
彼は動画のカット割りを分析した。
「ボケがあると、カメラが動く。……で、動く順番が毎回同じだ」
彼は、指を四つ順に動かした。
「ボケ役 → 笑い役A → 笑い役B → 笑われ役」
「毎回?」
「五十三本中、五十一本だ」
彼はスマホを置いた。私は、それを聞いてから同じ三本を見直した。三本とも、その順番だった。
「カメラが最後に向くのが、いつも同じ人間だ」
「三つめ、視線」
彼は最後のカットを止めた。
「この人、カメラが向いた瞬間に、〇.二秒だけ視線を外してる」
私は目を凝らした。
たしかに、彼は笑いながら、一瞬だけ目を逸らしていた。一瞬というより、ほとんど何も無かった。それでも、言われてから見ると、そこに何かがあった。
「五十一本、全部だ。……〇.二秒。間に合ってない」
「間に合ってない?」
「笑顔を作るのが、〇.二秒遅れてる」
彼は、その一コマで止めた。
「準備してない笑顔だ」
「じゃあ、誰かがいじめてるの?」
「いや」
彼は首を振った。
「そこが今日の話だ」
「四つめ、発案者」
彼は五十三本の企画の出どころを追った。
「誰が『これやろう』って言い出してるか。……動画の冒頭でわかる」
彼は、五つの数を並べた。
「五人が均等だ。十本、十一本、十本、十一本、十一本」
「均等ね」
「均等だ。……で、笑われ役が、一番多く発案してる」
私は、少し理解に時間がかかった。数字は読めた。意味が入るまでに、また時間がかかった。誰かにやらされているのなら、話は簡単である。やめさせればいい。本人が十一本言い出しているとなると、やめさせる相手がいない。相手のいないものをどうやってやめさせるのかを、私はこの二年で一度も習っていなかった。
「本人が言い出してるの?」
「言い出してる。十一本」
彼はスマホを置いた。
「誰もいじめてない」
「じゃあ、なんでやめたがってるの」
「そこだ」
彼は、次の画面を出した。
「で、決定打」
彼は、まったく別の動画を出した。
三年前のものだった。まったく知らない、県外の高校生のグループである。再生数は、二千百万回だった。
「これ、三年前にバズったやつだ。……オレも見てる。たぶん十回くらい」
彼は再生した。五人が、放課後の教室でふざけていた。ボケ役がいて、笑い役が二人いて、そして——
カメラが最後に向くのが、いつも同じ人間だった。
「同じ」
「同じだ」
彼は、二本を並べて同時に流した。二つの画面で、カメラが同じ順に動いた。
「カメラの順番も、笑い声の担当も、役割の割り振りも全部同じだ」
彼はスマホを置いた。
「東雲のあいつら、これを見てる」
五人に会ったのは、三浦亮太と戸田くんだった。私とドパガキは、通話で聞いていた。
「誰が決めたの?」
三浦が聞いた。五人とも、答えられなかった。
「決めてないです」
「なんとなくです」
「一本目からこうだったんで」
三人が、順に言った。四人目と五人目は、何も言わなかった。
「一本目から?」
ドパガキが、通話に割り込んだ。
「はい」
「一本目、いつだ」
「一年半前です」
「その前に、あんたら、三年前のあの動画を見てるだろ」
沈黙があった。通話の向こうの沈黙は、目の前の沈黙より長く感じる。
「……見てます」
「全員?」
「全員です。あれ見て、やろうって言ったんで」
「誰も悪意がねえよな」
ドパガキが言った。
「いじめてる奴もいないし、いじめられてる自覚もない。……で、十一本は本人が言い出してる」
彼は、二千百万回のほうの画面を伏せた。
「それが設計だ」
「あのさ」
彼は、笑われ役の子に言った。
「はい」
「あんた、〇.二秒遅れてんだよ」
「え?」
「カメラが向いてから、笑うまで。〇.二秒。……五十一本、全部だ」
彼は、指を二本立てた。
「他の四人は、〇.〇五秒だ。あんただけ遅い」
「……」
「一年半、一回も間に合ってねえ」
その子は、しばらく黙っていた。それから、こう言った。
「やめたいって言ったら、こわれますよね、これ」
「こわれるな」
ドパガキは即答した。
「八千人いるんで」
「いるな」
「……」
「でも、あんたが〇.二秒遅れてるのは、八千人にはわかんねえよ」
彼は、スマホを膝に置いた。
「わかるのは、五人のうちの四人だけだ」
グループは、続いている。役割は、変わった。
五十四本目から、カメラが最後に向く人間が、毎回変わるようになった。再生数は、半分になった。
「半分になったのね」
私が言うと、ドパガキは肩をすくめた。
「四千人だぞ」
「うん」
「五人とも残ってる」
「うわ」
「今度は」
「猫が四匹いる」
「役割ある?」
彼はしばらく見ていた。
「……ある」
「一匹だけ、いじられてるの?」
「そうだ」
彼は、画面をこちらに傾けた。
「でも、そいつが一番でかい」
彼は十四分動かなかった。私は、〇.二秒というものの長さを、そのあいだ測ろうとしていた。頭の中で数えても、〇.二秒は数える前に終わる。瞬き一回のほうが長い。その長さの遅れが、一年半で五十一回積まれて、本人だけがそれを重さとして持っている。八千人には見えない。四人には見える。見える四人が何もしなかったことのほうを、私はしばらく考えていた。




