卒業アルバムに載らない
三月。卒業アルバムの校正が、クラスに回ってきた。
三年C組のページは、見開き二ページである。個人写真が四十人分と、行事の写真が十四枚。
私はそれを、一枚ずつ確認する係だった。十四枚を、私は三度数えた。三度とも十四枚だった。風紀委員は、なぜかこういうことをやらされる。
そして、気づいた。
「一人だけ、少ない」
「少ない?」
三浦亮太が覗き込んだ。
「行事の写真。……みんな、平均で四回か五回は写ってるの。多い子は九回」
私は、余白に正の字を書いていた。四十人分である。書き終わるまでに、四十分かかった。十四枚の写真を一枚ずつ見て、写っている顔に名前を当てて、その名前の欄に一画ずつ足していく。後ろのほうでぼやけている顔は、制服の襟の高さと髪型で当てるしかない。当てられなかった顔が、全部で六つあった。六つとも、あとで写真部に確かめて埋めた。
「一人だけ、個人写真の一枚しか無い」
三年C組の駒井くんだった。
私は、彼のことを、ほとんど知らなかった。三年間同じ学年にいて、二年間同じクラスにいたのに、話した記憶がなかった。声も思い出せなかった。
「一枚も?」
「一枚も」
私は、正の字の一つだけ空いた欄を指した。
「これ、写真部が撮った分から選んでるのよね」
私は、その正の字の並びをもう一度上から下まで見た。
「元の写真にも写ってないの」
「一つめ、枚数」
ドパガキは、アルバムの元素材を見た。写真部から借りた三年分である。
「三年で、四千二百枚ある」
「多いわね」
「多い。……で、駒井が写ってるのはゼロだ」
彼は、その四千二百枚を四十分かけて送った。四十分、彼は一度も画面から目を離さなかった。
「四千二百枚で、ゼロは無理だ。偶然じゃない」
「二つめ、避け方」
彼は集合写真を並べた。
「集合写真が四十一枚ある。……で、四十一枚とも、駒井がいない」
「休んでたの?」
「休んでない。出席してる日だ、全部」
彼は、そのうちの何枚かを並べ直した。
「で、四十一枚のうち、二十六枚に空白がある」
「空白?」
「列の端が一人分空いてる。……そこにいたはずの場所だ」
彼はスマホを置いた。私は、その空白を二十六枚ぶん見た。最初の五枚は、どこが空白なのかわからなかった。六枚目で、列の端の一人分だけ間隔が広いことに気づいた。気づいてから前の五枚に戻ると、今度は全部に見えた。見えなかったものが見えるようになる瞬間というのは、いつもこういう順番で来る。
「シャッターの瞬間に、毎回はずれてる」
「三つめ、位置」
彼は写真の画角を分析した。
「四十一枚のうち、三十四枚が、同じ人間が撮ってる」
「わかるの?」
「わかる。カメラの高さと癖だ」
彼は、地平線の位置を指でなぞった。三十四枚とも、同じ高さに来ていた。
「で、その撮影者、背が高い。百八十くらいだ」
私は、駒井くんの背を思い出した。彼は、背が高かった。それだけは思い出せた。
「で、決定打」
彼は写真のデータを開いた。
「四千二百枚のうち、千四百枚に、同じ機材情報が入ってる」
「同じカメラ?」
「同じカメラだ。……で、写真部の備品じゃない。個人のだ」
彼はスマホを置いた。
「三年間で千四百枚。……駒井のカメラだよ」
駒井くんは、写真部の部室にいた。
三年生は引退しているはずだった。彼は一人で、暗い部屋でパソコンを見ていた。画面の光だけが、彼の顔に当たっていた。部屋には薬品の匂いが残っていて、机の上に、印刷された写真が伏せて重ねてある。壁には歴代の部員の集合写真が貼ってあった。三年分だけ、私は数えた。どの年も、写真部の集合写真には人数が一人足りない気がした。気のせいかもしれない。
「はい、僕です。三年間、撮ってました」
「なんで写らないの」
「撮ってたからです」
彼は、画面から目を上げた。
「撮ってる人は、写らないじゃないですか」
「集合写真も?」
私が聞くと、彼はうなずいた。
「タイマーで撮って、自分も入るっていうのは、やったことないです」
「なんで」
「入り方がわかんないんで」
彼は、パソコンの前で少し体を縮めた。
「三年間、ずっとカメラの後ろにいたんで。前に行くのが、なんか」
彼は言葉を探した。
「……変な感じがして」
ドパガキは、部室の入口に立っていた。
彼は中に入らなかった。相原景の部屋のときと同じだった。
「駒井」
「はい」
「このアルバム、あんたが撮った写真、何枚使われてる?」
「……数えてないです」
「数えた」
彼は、入口の枠に肩を預けた。
「百四十枚だ」
駒井くんが、顔を上げた。
「見開き十四ページぶん、行事の写真が全部で二百三十枚ある。……そのうち百四十枚が、あんたのカメラだ」
彼は、指を六本のかたちに動かした。
「六割だ」
「で、あんたは一枚も載ってない」
「はい」
「あのさ」
彼は、そこで初めて部室の中を見回した。
「アルバムに載ってねえのは、あんたが作ったからだ」
駒井くんは、動かなかった。
「三年間、四十一回、はずれてんだよな。……避けるほうも大変だぞ、それ」
彼は、入口の枠から肩を離した。
「四十一回、毎回、間に合うように動いてる。……一番大変な写り方をしてる」
私は、その日、写真部に一つ頼んだ。三年C組のページの、余白に一枚入れてもらった。駒井くんの写真ではない。
彼のカメラの写真である。三年間使い込まれた、傷だらけのやつだった。
キャプションは、こう入れた。
『このページの写真の六割は、このカメラで撮られています。』
彼が写っている写真は、結局、一枚も出てこなかった。だが、卒業式の日に、一枚だけ増えた。
三浦亮太が、彼にカメラを向けた。
「先輩、撮っていいですか」
駒井くんは、二秒くらい固まって、それから「はい」と言った。
その写真は、アルバムには載らなかった。締切が過ぎていたからである。
「間に合わなかったのね」
私が言うと、ドパガキは首を振った。
「間に合わなくていいだろ」
「え」
「アルバムに載ってなくても、あるんだよ、その写真は」
彼は、歩幅を変えずに続けた。
「載ってるかどうかは、別の話だ」
彼は自販機の前で止まった。
「うわ」
「今度は」
「猫がカメラの前にいる」
「かわいい?」
「レンズ舐めてる」
「……」
「撮る側にいたいんだろ、あれも」
彼は十三分動かなかった。私は、四十人分の正の字の、一つだけ空いた欄のことを考えていた。空いているのではなかった。あの欄に入るべき数字は、四千二百枚のほうにある。ただ、正の字を書く欄は「写っている回数」の欄であって、「撮った回数」の欄ではない。用紙にそういう欄が無いというだけの話で、無いものは無いままだった。私は、来年の用紙にその欄を足すよう、引き継ぎに一行書いた。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




