合格発表のスクショ
二月の終わり、私立大学の合格発表があった。三年C組では、その日、七人が投稿した。
『受かりました』のスクリーンショットが七枚並んだ。七枚とも同じ画面である。同じ白い背景に、同じ位置に受験番号があって、同じ位置に二文字がある。並べて見ると、合格発表の画面というのは味気ないものだと思った。人生が変わる報せにしては、事務的すぎる。だからみんな、そこに自分の言葉を足して上げるのだろう。
そのうちの一枚が、加工されていた。
私が気づいたのではない。
ドパガキが、朝、教室で言った。机に突っ伏したまま、顔だけ横を向いていた。
「一枚、変だな」
彼は誰に言うでもなく、そう言った。
「変?」
「うん」
彼はそれきり、何も言わなかった。一時間目のあいだ、ずっと同じ姿勢だった。頬が机についていて、口の端が潰れている。寝ているのかと思って三回見たが、三回とも目は開いていた。この人は、わかったことを言わないでいるとき、いつもこの顔をする。わかっていないときの顔とは、少しだけ違う。
「言わないの?」
私は昼休みに聞いた。
「言わない」
「なんで」
「言う必要ねえだろ。……一日でバレるからな」
彼の言う通りだった。その日の夕方に、本人が消した。誰にも何も言われる前である。
「一つめ、フォント」
放課後、私が食い下がったので、彼は説明した。説明するのが面倒そうだった。面倒そうに、丁寧に説明した。
「合格発表の画面、フォントが決まってる。大学のシステムだからな」
「はい」
「で、この一枚、『合格』の二文字だけ、太さが違う」
彼は拡大した。私は、二文字と、その周りの文字を見比べた。同じに見えた。
「他の文字より、〇コンマ何ミリか太い。……別のフォントで打って、貼ってる」
「二つめ、文字間」
彼は文字の間隔を測った。
「元の画面は、文字間が均等だ。システムが自動で組むからな」
彼は、二か所に指を置いた。
「『合格』の左右だけ、〇.三ミリ広い」
「そんなの見える?」
「見えねえよ」
彼は、その指を離した。
「測れば出る」
「三つめ、圧縮」
彼は画像を拡大した。
「JPEGってのは、圧縮するとノイズが出る。……で、貼り直した場所は、ノイズの世代が違う」
彼は、画面のその一角だけを、さらに拡大した。粒の細かさが、たしかに違って見えた。この日、私が自分で見えた手がかりは、これだけである。
「『合格』の二文字の周りだけ、ノイズが一世代新しい」
彼はスマホを置いた。
「これが一番確実だ。誤魔化せねえ」
「元は何だったの」
彼は少し黙った。
「わかるだろ」
「……ええ」
「二文字だ。同じ二文字ぶんの幅だからな」
三年C組の鵜飼くんは、放課後の教室に残っていた。私が声をかけると、彼はすぐにわかった顔をした。
「バレました?」
「バレたわけじゃないわ。……消したでしょう」
「消しました。一日で消しました」
「なんで上げたの」
私が聞くと、彼は少し笑った。笑い方が、うまくいっていなかった。
「わかんないです。発表見て、落ちてて。……三十分くらい座ってて」
彼は、自分の手を見た。発表を見てから三十分、この人は何も見ずに座っていたのだという。三十分というのは案外長い。一時間目の半分より長い。そのあいだ、教室の外では七人が受かって、七枚のスクリーンショットが上がっていた。同じ三十分が、片方では祝われる時間で、片方では座っている時間だった。
「そしたら、クラスのやつらが次々上げてて。おめでとうって、いっぱいついてて」
「……」
「一回だけ言われたかったんです」
「何を」
「おめでとうって」
彼は、机の木目を指でなぞった。
「四十二件、来ました。……三時間で」
ドパガキは、窓のところに立っていた。
「わかるよ。オレも数字は気持ちいい。祝われるのは、もっと気持ちいいと思う」
彼は、窓の桟に手を置いた。
「で、あんた、夕方に消したんだよな」
「はい」
「誰にも言われてないのに」
「はい」
彼は、そこで初めて彼のほうを見た。
「一日でバレる嘘を、一日だけつきたかったんだろ」
鵜飼くんは、答えなかった。
「四十二件のうち、何件覚えてる?」
彼は少し考えた。指を折りかけて、やめた。
「……三件です。三件だけ、ちゃんと覚えてます」
彼は、そこで初めてこちらを見た。
「その三件、たぶん、受かってても嬉しかったやつです」
彼は、三月に別の大学を受け直した。そこは受かった。投稿は、しなかった。
「今度は上げなかったのね」
私が言うと、彼は肩をすくめた。
「三人に、直接言いました。……四十二件はいらないんで」
帰り道、私はその三件のことを考えていた。
「あの三件、誰だったのかしら」
「知らね」
「調べられる?」
「調べられる。……調べねえよ」
彼は、歩幅を変えずに続けた。
「あれは、あいつが覚えてればいい話だ」
「一日でバレるのに、なんで加工したのかしら」
彼は少し歩いてから答えた。四歩ぶんくらいである。
「あのさ」
「うん」
「一日、欲しかったんだろ」
彼は、そこで一度だけ空を見た。二月の空は、五時でもう暗い。
「落ちた日と、次の日のあいだに、一日だけ祝われた日を挟みたかったんだよ」
彼は自販機の前で止まった。
「オレは、それを嘘って呼びたくねえ」
「じゃあ、何て呼ぶの」
彼は少し考えた。
「知らね」
「うわ」
「今度は」
「猫が合格してる」
「猫が?」
「保護猫の譲渡審査だ。合格って書いてある」
「……よかったわね」
「よかった。加工じゃねえよ、これ」
「わかるの?」
「わかる。ノイズの世代が同じだ」
彼は十六分動かなかった。私は、その画面の粒の細かさを、もう一度覗き込んだ。やっぱり、私には同じに見えた。見えないものを見えると言われて、はいと答えるのはよくないことだと思う。ただこの一年半で、私は自分に見えないものが世の中にたくさんあることを、だいぶ受け入れるようになった。見えないままで、覚えておくことはできる。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




