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初詣のジオタグ

 一月の三が日、うちの学校の生徒の投稿に、同じ地名が並んだ。

 県外の、有名な神社である。電車で二時間かかる。

 三十一件あった。


「三十一人も行ったの?」

 私は素直に驚いた。うちの学年で、県外まで初詣に行く子がそんなにいるとは思っていなかった。そんなにというのが何人なのかは、数えるまでわからなかった。

「行ってないです」

 三浦亮太が言った。

「え?」

「僕も付けました」

 彼は、自分の投稿を出して見せた。躊躇が無かった。画面には石段と、朱い鳥居と、賽銭箱の前に並んだ人の背中が写っていた。位置情報の欄に、電車で二時間かかるはずの神社の名前が、青い字で入っている。私はその青を三秒くらい見ていた。嘘だと聞かされてから見ると、それはただの青い字だった。

「行ってないですけど」


「一つめ、座標」

 ドパガキは、三十一件の位置情報を並べた。

「ジオタグの座標が、三十一件とも完全に一致してる」

「同じ場所なら、そうなるんじゃ」

「ならねえよ」

 彼は、小数点以下の桁を指でなぞった。同じ数字が三十一回並んでいた。

「実際にその場で付けたら、GPSの誤差で数メートルずつ散る。……境内は広いからな」

 彼は、その列を叩いた。

「三十一件が小数点以下まで同じってのは、手で選んでるってことだ」


「二つめ、写真」

 彼は、三十一件の写真を並べた。

「石段が写ってるやつが十四件。鳥居が九件」

「同じ神社ね」

「違う」

 彼は、参考の写真を横に置いた。

「あそこの石段、上が広がってる。ここに写ってるのは、まっすぐだ」

 彼は写真を拡大した。私は、二枚を見比べた。言われるまで、私にはどちらも同じ石段に見えていた。並べられて、ようやく違いがわかった。片方は上に行くほど幅が広がっていて、もう片方は上まで同じ幅のまま続いている。三十一件を最初に見たとき、私はこの石段を四回は見ているはずだった。四回見て、一度も気づかなかった。

「これ、市内の八幡さんだ。歩いて十五分の」


「三つめ、時刻」

 彼は投稿時刻を並べた。

「三十一件、全部元日の十一時から十四時」

「初詣らしい時間ね」

「らしい時間だ。……で、県外のあの神社、元日の十一時から十四時は、入場規制がかかる」

 彼は、その規制の告知を出した。

「二時間並ぶんだよ。……十四時に投稿して、その日のうちに帰れねえ」


 私は、三浦亮太を見た。

「なんで付けたの」

「乗るからです」

 彼は、少しも困っていなかった。

「有名なところのタグ付けると、おすすめに出やすいんです。地名で検索する人がいるんで」

「バレない?」

「バレないです。……誰も確かめないんで」

 私は、去年の秋に牧くんが同じことを言っていたのを思い出した。言い方まで似ていた。


「で、決定打」

 ドパガキが言った。

「三十一件のうち、一件だけおかしい」

 私は身を乗り出した。

「座標が微妙にずれてる。……三十一件のうち、この一件だけ、十七メートル離れてる」

「誤差ね」

「誤差だ。本物の誤差だ」

 彼は、その一件の写真を出した。

「で、写真も違う。石段が上で広がってる」

 彼はスマホを置いた。

「この一人だけ、本当に行ってる」


 本当に行っていたのは、一年C組の大平さんだった。私が話を聞くと、彼女は困った顔をした。

「行きました。家族で。……朝五時に出て」

「投稿もしたのね」

「しました。十一時四十分に」

 彼女は、そこで一度言葉を切った。

「そしたら」

 彼女は下を向いた。

「『またそのタグ付けてる人いる』って言われました」


 私は、言葉に詰まった。何か言うべきだと思ったが、何も思いつかなかった。朝五時に家を出るというのは、四時半には起きているということである。冬の四時半に起きて、二時間並んで、それで撮った四十枚が、三十人の嘘と同じ棚に並べられている。私は手帳を開いて、何も書かずに閉じた。

「三十人が付けてるんで。私も、そういう人だと思われてて」

「言えばいいじゃない」

「言いました。『本当に行った』って。……そしたら、『みんなそう言う』って」


 ドパガキは、天井を見ていた。

「わかるよ。三十人が同じ嘘ついてたら、本当のほうが嘘っぽく見える」

 彼は視線を戻した。

「あんた、写真あるだろ。行った証拠」

「あります。四十枚くらい」

「出さなくていい」

「え」

 彼は、三十一件の並びをもう一度出した。

「出したところで、次の年も同じことが起きる」


「じゃあ、どうすれば」

 ドパガキは、少し黙った。

「あのさ」

「はい」

「三十人が同じ嘘をついてる」

「はい」

「……で、あいつら、誰にも相談してねえんだよ」

 彼は、その三十一件を一つずつ指で送った。

「示し合わせてない。三十一人が別々に、同じ嘘を思いついてる」

 彼はスマホを置いた。

「それが一番、気持ち悪いだろ」


 私は、三浦亮太に確認した。

「あなた、誰かに教わったの?」

「教わってないです。自分で気づきました」

「他の三十人は」

「知らないです。……話したこともないです、たぶん」


「三十一人が、別々に、同じことを思いついたのね」

「そうだ」

 ドパガキは、歩幅を変えずに続けた。

「同じアプリを、同じくらい見てりゃ、同じことを思いつくんだよ」

 彼は、そこで一度だけこちらを見た。

「同じもん食ってりゃ、同じ味になる」


 大平さんは、写真を出さなかった。代わりに、二月に一本、動画を上げた。

 朝五時に家を出て、二時間並んで、十一時四十分に着いた、その日の記録である。三十二秒だった。

 再生数は、二百六十回だった。三十一件のどれよりも少なかった。


「二百六十」

 私が言うと、ドパガキは肩をすくめた。

「二百六十人だぞ」

「うん」

「そのうち何人かは、来年、本当に行くと思う」


 彼は自販機の前で止まった。

「うわ」

「今度は」

「猫が神社にいる」

「本物?」

「本物だ。ジオタグが付いてない」

「……」

「猫は嘘つかねえからな」

「それ、前も言ってた」

「言った」

 彼は十五分動かなかった。私は、二百六十という数字と、三十一という数字を並べていた。数としては二百六十のほうが大きい。それは間違いない。ただ、大平さんの動画は三十二秒で、三十一件の投稿はどれも一秒あれば付けられるものだった。かかった時間で割ると、答えは変わる気がした。割り方がわからなかったので、私は手帳の隅にその二つを書いて、線を引かずに閉じた。


 なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。


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