年越しの一分
元日の朝、私は自分のスマホをスクロールしていた。年が明けた瞬間の投稿が、大量に並んでいた。
『あけましておめでとう』が九十六件。
そのうち九十四件が、〇時〇〇分だった。そして二件だけが、〇時〇一分だった。
私は、その二件を三日間気にしていた。
気にしていた、というより、消えなかった。三が日のあいだに二回、確かめ直した。二回とも同じだった。
三日目に、ドパガキに話した。
「一分ずれてるだけでしょう」
私は自分で言いながら、そう思っていた。
「二件か」
「二件」
「同じ一分だな」
彼は、机から起き上がった。上体を起こすまでに、三秒かかった。
「調べるか」
「一つめ、端末時計」
彼は、二件の投稿を並べた。
「スマホの時計は、電波で自動補正される。……で、ずれるのは補正が届かないときだ」
「圏外?」
「圏外か、電波が弱いか。……で、そこにいた間だけずれる」
「じゃあ、二人とも電波の悪いところにいたのね」
「そうだ。……で、同じだけずれてる」
彼はスマホを置いた。
「同じ場所にいた可能性が高い」
「二つめ、過去」
彼は、二人のアカウントを三年分遡った。
「去年の元日。……二人とも〇時〇一分だ」
「去年も?」
「一昨年も。三年連続だ」
彼は、六件の投稿時刻を縦に並べて書いた。〇一分が六つ並んだ。六つ並ぶまで、私にはその一分が見えなかった。九十四件の〇〇分と、二件の〇一分である。差は一分でしかない。その一分だけが、三年間同じ場所にいた二人の証拠になった。一分ずれているだけでしょう、と私は三日前に自分で言っていた。
「毎年、大晦日の深夜に、同じ場所にいる二人だ」
「三つめ、音」
彼は、二件のうち一件に短い動画がついているのを見つけた。四秒である。夜空を映しているだけだった。
「音がある」
彼は音量を上げた。
低い音が、一度だけ響いた。私にも聞こえた。この日、私が自分で聞き取れた手がかりは、これだけだった。
「……鐘」
「除夜の鐘だ。……で、残響が長い。屋外で、山に囲まれてる」
彼は地図を出した。
「市内で除夜の鐘をつける寺、四つ。……で、山に囲まれてて、電波が弱いのは一つだけだ」
「で、決定打」
彼は二人のアカウントを並べた。
「この二人、学校で一度も接点がない」
「クラスも?」
「クラスも部活も違う。相互フォローもしてない。……共通のフォロワーが二人しかいない」
彼は、その二つの画面を並べたまま置いた。
「三年間、同じ寺で、同じ鐘の音を聞いてる。……で、互いを知らない」
二人は、二年A組の桧山くんと、一年D組の沼田さんだった。私は二人を、それぞれ別に呼んだ。
「大晦日、どこにいた?」
桧山くんは、あっさり答えた。
「西の山の寺です。鐘つきのボランティアやってて」
「毎年?」
「三年目です。中三から」
「一人で?」
「一人です。……あ、いや」
彼は、そこで少し考える顔をした。
「毎年、同じくらいの歳の子がもう一人います。話したことないですけど」
沼田さんは、同じことを言った。
「男の子が一人います。毎年。顔は知ってます。……名前は知らないです」
「話しかけないの?」
「二時間くらい並んでるんですけど、みんな黙ってるんで」
彼女は、そこで少し笑った。
「除夜の鐘、喋る雰囲気じゃないんで」
ドパガキは、その話を聞いて、少し笑った。彼が笑うのを、私はたぶん、三回目くらいに見た。
「三年だぞ。三年、隣にいて、名前知らねえのか」
「はい」
「同じ鐘、三年ついてんだよ」
私は、二人を引き合わせなかった。代わりに、二人にそれぞれ、こう伝えた。
「もう一人の子、うちの学校の子よ」
それだけである。
三月に、廊下で二人が話しているのを見た。何を話していたのかは、聞こえなかった。たぶん、鐘の話だったと思う。
帰り道、ドパガキが聞いた。
「なんで引き合わせなかったの?」
「あら、あなたがそういうこと聞くのね」
「聞くよ」
「……なんとなく」
私は、歩きながら言った。うまく言葉になる気がしなかったので、そのまま言った。言ってから、自分が何を言ったのかがわからなくなった。
「三年、黙って隣にいた人たちだから。私が並べるのは、違う気がして」
彼は少し黙った。
「そうか」
「変?」
「変じゃねえよ」
彼は、歩幅を変えずに続けた。
「〇時〇一分は、あいつらのもんだからな」
「あのさ」
「うん」
「オレ、元日、〇時〇〇分に画面見てた」
「投稿はしないでしょう」
「しない。……でも、その時刻に画面見てた」
彼は、そこで指を折った。
「九十四件、流れてきた。全部同じ文だ」
「読んだ?」
「読んでない。三秒で飛ばした」
彼は自販機の前で止まった。
「二件のほうは、流れてこなかった」
「うわ」
「今度は」
「猫が初詣に行ってる」
「行けるの?」
「抱かれてる。すごい嫌な顔してる」
「……毎回そうね、猫」
「猫はいつも嫌がってる」
彼は十三分動かなかった。一月の夜は、自販機の前でも息が白い。私は、〇時〇一分のことを考えていた。三年間、二人は同じ鐘を聞いて、同じ一分に投稿して、互いを知らなかった。知らないままでも、記録には残っている。残っているものを見つけたのは、たまたま私だった。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




