サンタの正体
十二月の終わり、二年B組の唐沢さんが、生徒会室に来た。紙袋を一つ抱えていた。持ち方が、丁寧だった。
「お礼を言いたいんです」
「誰に?」
「わからないんです。それで来ました」
十二月に入ってから、五人の生徒のところに、物が届いていた。匿名である。差出人は書かれていない。
唐沢さんのところには、参考書が三冊届いた。彼女が春から使っている塾の教材と、同じ出版社のものだった。
「新品じゃないんです。少し使ってあって」
彼女は、その三冊を机に並べた。
「でも、私が持ってないところが全部あるんです」
「三年前からあります」
三浦亮太が言った。彼はこういうことをよく知っている。
「毎年、十二月に、四人か五人」
「毎年?」
「毎年です。……で、もらった人が、だいたい困ってる人なんです」
「一つめ、包装」
ドパガキは、唐沢さんの持ってきた紙袋を見た。
「テープの貼り方な。……端を五ミリ折り返してる」
「意味があるの?」
「あとで剥がしやすくするやり方だ。……毎日、何かを梱包する人間の癖だ」
彼はテープを爪で弾いた。硬い音がした。
「あと、このテープ、文具店で売ってるやつじゃない。業務用だ」
「二つめ、投函時刻」
彼は五人に確認を取った。三浦が走った。走って、十五分で戻ってきた。
「五件とも、朝、下駄箱に入ってた」
「朝?」
「登校したら入ってた、だ。……七時半より前」
彼は、指を二つ立てた。
「学校が開くのは七時。……七時から七時半のあいだに、校内にいる人間だ」
「三つめ、メモ」
唐沢さんの紙袋には、一枚だけメモが入っていた。
『使わなかったので』
七文字である。
「これ、書いた人間、左利きだ」
「わかるの?」
「わかる。払いの終わりが右上に抜けてる」
私は、その七文字を近くで見た。言われてから見ると、たしかに全部の線が同じ方向に流れていた。言われるまで、私にはただの落書きにしか見えていない。
「あと、この紙。裏に印刷の跡がある」
彼は裏返して、窓の光にかざした。かすかに、表が透けていた。
「……何かの資料の裏紙ね」
「そう。裏紙を使う人間だ」
ドパガキが、手を止めた。
彼は五分ほど何もしなかった。スマホも見なかった。彼が五分間スマホを見ないのを、私はこの一年で二回しか見ていない。
それから、画面を伏せた。
「終わり」
「え?」
「終わりだ。……わかった」
私は、唐沢さんを見た。彼女も、私を見た。
「誰なんですか」
「言わない」
「え」
「言わない」
彼は繰り返した。声の大きさを変えなかった。
「なんで」
彼は、初めて彼女を見た。
「お礼、言いたいんだよな」
「はい」
「言われたくねえと思うぞ、あの人」
唐沢さんは、少し怒った顔をした。
「そんなの、勝手じゃないですか」
「勝手だな」
彼はあっさり認めた。
「もらった側は、お礼を言いたいんです」
「うん」
「言えないのは、変です」
「変だな」
彼は、紙袋を彼女のほうへ戻した。
「でも」
彼はスマホをポケットに入れた。
「名前出したら、二度とやらねえよ、あの人」
唐沢さんは、それ以上何も言わなかった。
彼女は、たぶん納得していなかった。私も納得していなかった。
「じゃあ、どうすればいいんですか」
彼女は最後にそう聞いた。
「三年後にやれ」
「え?」
「三年後に、あんたが誰かにやれ。……それが一番効くと思うぞ」
私は、そのあと一週間、そのことを考えていた。そして、あることに気づいた。十二月の終業式の日、私は職員室に用があって行った。
そこで、机の上に、裏紙の束を見た。それを使っている人が、左手にペンを持っていた。
私は、何も言わなかった。息を一つ吸って、用件だけ言って、出た。何を言えばよかったのかは、いまでもわからない。
そして、その人が、去年の卒業式の投稿を十年間保存していた人だということを、思い出した。
帰り道、ドパガキが先に言った。
「気づいたか」
「……気づいた」
「言うなよ」
「言わない」
私はそう答えた。五度目である。もう数えるのはやめようと、前にも思ったはずだった。
「あの人、なんで名前出したくないのかしら」
彼はしばらく考えた。四歩ぶんくらい考えた。
「知らね」
「予想は」
「しない」
彼は、スマホを取り出した。
「でも」
彼は、画面をつけないまま握っていた。
「名前が出た瞬間に、あれ、仕事になるだろ」
「仕事?」
「学校の制度になる。書類がいる。基準がいる。去年もらった奴が今年もらえない理由を、説明しないといけなくなる」
彼は、少し歩幅を落とした。
「それはたぶん、正しい。正しいけど」
彼は、また歩き出した。
「朝七時に下駄箱に入れるのは、無くなる」
彼は自販機の前で止まった。
「うわ」
「今度は」
「サンタが猫にプレゼント配ってる」
「猫が喜ぶの?」
「喜んでない。箱のほうに入ってる」
「……」
「そういうもんだ」
彼は十四分動かなかった。十四分を、私は数えていた。七時前の下駄箱の、電気のついていない廊下を思い浮かべていた。十二月の七時は、まだ暗い。廊下の電気は、七時十五分に用務員さんがつける。その前の十五分に、誰かが五つの下駄箱を回っている。三年間、毎年十二月にである。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。私は忘れなかった。そして、いまも誰にも言っていない。




