↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
55/143

冬の反射

 十二月。一枚の写真が回った。

 二年A組の堀之内さんが、教室で一人で座っている写真である。

 顔の表情が、あまりよくなかった。泣いたあとのように見えた。

「盗撮です」

 彼女は、その画面を伏せてから座った。

「誰が撮ったのか、知りたいです」


 写真は一枚だけだった。

 出所は、裏アカである。文章は「なんかあった?」の六文字だけだった。

「悪意はないのかもしれないけど」

「悪意がなくても、撮られたのは事実です」

 彼女の言い方は、静かだった。その静かさのほうが、私にはこたえた。怒っている人は、たいてい声が大きくなる。この人は、大きくならなかった。悪意がないかもしれない、と言いかけた私のほうが間違っていた。

 その通りだった。


「一つめ、眼鏡」

 ドパガキは写真を拡大した。

 堀之内さんの左に、別の生徒の後頭部が写っていた。眼鏡をかけていた。

「この眼鏡のレンズに、教室が映ってる」

「見えないけど」

「見える。……で、レンズは曲面だから、広い範囲が映る」

 彼はさらに拡大した。粒が粗くなって、私にはますます何も見えなくなった。

「窓が三つ、映ってる。……で、その手前に、人影が一つ」


「二つめ、窓」

 彼は写真の右上を拡大した。

「窓ガラスに、教室が映ってる。冬だからな。外が暗いと、窓は鏡になる」

「あ」

「そう。……で、ここに撮ってる人間の背中が映ってる」

 私は目を凝らした。ぼやけた縦長の影があった。それが背中だと言われれば、背中に見えた。言われなければ、汚れに見えた。

「制服の色が濃い。……ブレザーを着てる」

「みんな着てるでしょう」

「教室にいる奴は脱いでる。入ってきたばかりの人間だ」


「三つめ、スプーン」

 彼は、机の上を指した。

 堀之内さんの前の机に、給食のスプーンが一本置いてあった。

「これ、金属だ。凸面鏡だ」

「そんな小さいのに」

「小さいから広い範囲が映る。歪んでるけどな」

 彼は拡大して、歪みを補正した。指で二回、画面を回した。

「……身長が出た。百七十五から百八十」


「四つめ、瞳」

 彼は、堀之内さんの目を拡大した。

「あんたの目に、四角い光が二つ映ってる」

「蛍光灯ですか」

「一つは蛍光灯。……で、もう一つが、スマホの画面だ」

 彼は、その二つの点を指で示した。

「あんた、カメラのほうを見てる」

 堀之内さんが、少し黙った。

「気づいてました。……撮られてるの、気づいてました」


「で、決定打」

 ドパガキは、写真の四辺を指した。

「この写真、トリミングされてる」

「え?」

「レンズ歪みの中心が、画面の外にある。……元は、もっと広い」

 彼は、その中心のありかを、画面の外の空中に指した。

「元の写真には、もっと人が写ってる」


 元の写真は、簡単に出てきた。同じ日の、同じ時刻に、二年A組の生徒が上げていた。

 集合写真だった。文化祭の打ち上げの、クラスの写真である。十七人が写っていた。

 そして、その端に、一人だけ輪に入っていない堀之内さんが写っていた。

「これ、私……」

 彼女は、その写真を見て、口を押さえた。

「これ、私、写ってるの知らなかったです」


 撮った生徒は、悪意がなかった。

 彼は集合写真を撮っただけである。堀之内さんが端に写っていたことに、気づいてもいなかった。

「切ったのは、別の人間だ」

 ドパガキは、二枚を並べて置いた。広いほうと、狭いほうである。

「その集合写真を保存して、右端だけ切って、上げてる」

 彼は、狭いほうを指で押さえた。

「撮った奴は、悪くねえよ。……切った奴が作ったんだ、その写真」


 切ったのは、一年生だった。裏アカを回している何人かのうちの一人である。彼は「面白いと思って」と言った。

 私は、その言葉をこの一年で何回聞いただろうと思った。数えられるくらいには、聞いていた。面白いと思って、と言う人は、たいてい何が面白かったのかを説明できない。説明できないから、そう言う。説明できるものだったら、たぶん最初からやらない。

「何が面白かったの」

 私が聞くと、彼は答えられなかった。

「わかんないです。……集合写真の端に、一人だけ違う顔の人がいると、なんか」

「なんか?」

「物語があるみたいで」


 ドパガキが、初めてその子を見た。

「物語な。わかるよ。オレも、そういうの見つけると三十分見る」

 彼は、狭いほうの写真をもう一度出した。

「でもさ」

「はい」

「それ、あんたが作った物語だぞ」

 一年生が、顔を上げた。

「あの人が泣いてたのかどうか、あんた知らねえだろ。話したこともねえだろ」

 彼は、その画面を伏せた。

「切り取ったら、何でも物語になるんだよ。……で、切られた側は、その物語の中に住まされる」


 写真は消えた。堀之内さんは、その日、泣いていたわけではなかった。コンタクトが目に入っただけだったらしい。

「そういうのって、言わないと伝わらないんですよね」

 彼女は、初めて少しだけ笑った。

「言っても伝わらないと思いますけど」


 帰り道、私はその理屈を彼に返した。

「切ったら何でも物語になる、って」

「なるだろ」

「あなた、いつもやってることじゃない」

 彼は少し黙った。三歩ぶんくらい黙った。

「そうだな」

 彼は、あっさり認めた。

「オレも、写真の端っこから物語作ってる。……やってることは同じだ」

「違わないの?」

「違うのは一個だけだ」

 彼は、そこで一度だけこちらを見た。

「オレは、本人に確かめる」


 彼は自販機の前で止まった。

「うわ」

「今度は」

「猫がスプーンに映ってる」

「見えるの?」

「見える。顔が横に伸びてる」

「……」

「本人は知らねえ」

 彼は十三分動かなかった。十二月の窓は、もう鏡になっていた。私は、自販機のガラスに映った自分の顔を、そこで一度だけ見た。


 なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。