冬の反射
十二月。一枚の写真が回った。
二年A組の堀之内さんが、教室で一人で座っている写真である。
顔の表情が、あまりよくなかった。泣いたあとのように見えた。
「盗撮です」
彼女は、その画面を伏せてから座った。
「誰が撮ったのか、知りたいです」
写真は一枚だけだった。
出所は、裏アカである。文章は「なんかあった?」の六文字だけだった。
「悪意はないのかもしれないけど」
「悪意がなくても、撮られたのは事実です」
彼女の言い方は、静かだった。その静かさのほうが、私にはこたえた。怒っている人は、たいてい声が大きくなる。この人は、大きくならなかった。悪意がないかもしれない、と言いかけた私のほうが間違っていた。
その通りだった。
「一つめ、眼鏡」
ドパガキは写真を拡大した。
堀之内さんの左に、別の生徒の後頭部が写っていた。眼鏡をかけていた。
「この眼鏡のレンズに、教室が映ってる」
「見えないけど」
「見える。……で、レンズは曲面だから、広い範囲が映る」
彼はさらに拡大した。粒が粗くなって、私にはますます何も見えなくなった。
「窓が三つ、映ってる。……で、その手前に、人影が一つ」
「二つめ、窓」
彼は写真の右上を拡大した。
「窓ガラスに、教室が映ってる。冬だからな。外が暗いと、窓は鏡になる」
「あ」
「そう。……で、ここに撮ってる人間の背中が映ってる」
私は目を凝らした。ぼやけた縦長の影があった。それが背中だと言われれば、背中に見えた。言われなければ、汚れに見えた。
「制服の色が濃い。……ブレザーを着てる」
「みんな着てるでしょう」
「教室にいる奴は脱いでる。入ってきたばかりの人間だ」
「三つめ、スプーン」
彼は、机の上を指した。
堀之内さんの前の机に、給食のスプーンが一本置いてあった。
「これ、金属だ。凸面鏡だ」
「そんな小さいのに」
「小さいから広い範囲が映る。歪んでるけどな」
彼は拡大して、歪みを補正した。指で二回、画面を回した。
「……身長が出た。百七十五から百八十」
「四つめ、瞳」
彼は、堀之内さんの目を拡大した。
「あんたの目に、四角い光が二つ映ってる」
「蛍光灯ですか」
「一つは蛍光灯。……で、もう一つが、スマホの画面だ」
彼は、その二つの点を指で示した。
「あんた、カメラのほうを見てる」
堀之内さんが、少し黙った。
「気づいてました。……撮られてるの、気づいてました」
「で、決定打」
ドパガキは、写真の四辺を指した。
「この写真、トリミングされてる」
「え?」
「レンズ歪みの中心が、画面の外にある。……元は、もっと広い」
彼は、その中心のありかを、画面の外の空中に指した。
「元の写真には、もっと人が写ってる」
元の写真は、簡単に出てきた。同じ日の、同じ時刻に、二年A組の生徒が上げていた。
集合写真だった。文化祭の打ち上げの、クラスの写真である。十七人が写っていた。
そして、その端に、一人だけ輪に入っていない堀之内さんが写っていた。
「これ、私……」
彼女は、その写真を見て、口を押さえた。
「これ、私、写ってるの知らなかったです」
撮った生徒は、悪意がなかった。
彼は集合写真を撮っただけである。堀之内さんが端に写っていたことに、気づいてもいなかった。
「切ったのは、別の人間だ」
ドパガキは、二枚を並べて置いた。広いほうと、狭いほうである。
「その集合写真を保存して、右端だけ切って、上げてる」
彼は、狭いほうを指で押さえた。
「撮った奴は、悪くねえよ。……切った奴が作ったんだ、その写真」
切ったのは、一年生だった。裏アカを回している何人かのうちの一人である。彼は「面白いと思って」と言った。
私は、その言葉をこの一年で何回聞いただろうと思った。数えられるくらいには、聞いていた。面白いと思って、と言う人は、たいてい何が面白かったのかを説明できない。説明できないから、そう言う。説明できるものだったら、たぶん最初からやらない。
「何が面白かったの」
私が聞くと、彼は答えられなかった。
「わかんないです。……集合写真の端に、一人だけ違う顔の人がいると、なんか」
「なんか?」
「物語があるみたいで」
ドパガキが、初めてその子を見た。
「物語な。わかるよ。オレも、そういうの見つけると三十分見る」
彼は、狭いほうの写真をもう一度出した。
「でもさ」
「はい」
「それ、あんたが作った物語だぞ」
一年生が、顔を上げた。
「あの人が泣いてたのかどうか、あんた知らねえだろ。話したこともねえだろ」
彼は、その画面を伏せた。
「切り取ったら、何でも物語になるんだよ。……で、切られた側は、その物語の中に住まされる」
写真は消えた。堀之内さんは、その日、泣いていたわけではなかった。コンタクトが目に入っただけだったらしい。
「そういうのって、言わないと伝わらないんですよね」
彼女は、初めて少しだけ笑った。
「言っても伝わらないと思いますけど」
帰り道、私はその理屈を彼に返した。
「切ったら何でも物語になる、って」
「なるだろ」
「あなた、いつもやってることじゃない」
彼は少し黙った。三歩ぶんくらい黙った。
「そうだな」
彼は、あっさり認めた。
「オレも、写真の端っこから物語作ってる。……やってることは同じだ」
「違わないの?」
「違うのは一個だけだ」
彼は、そこで一度だけこちらを見た。
「オレは、本人に確かめる」
彼は自販機の前で止まった。
「うわ」
「今度は」
「猫がスプーンに映ってる」
「見えるの?」
「見える。顔が横に伸びてる」
「……」
「本人は知らねえ」
彼は十三分動かなかった。十二月の窓は、もう鏡になっていた。私は、自販機のガラスに映った自分の顔を、そこで一度だけ見た。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




