同じ人が四人いる
「四つのアカウントが、全部私をフォローしてるんです」
十一月の終わり、二年D組の内海さんが、スマホを机に置いた。
「四つ?」
「四つです。名前も、アイコンも、内容も全然違うんですけど」
彼女は、四つを順に開いてみせた。開く速さが、慣れていた。何度も確かめている速さである。四つのアカウント名を、この人はたぶん暗記している。気持ち悪いと言いながら、四つとも消していない。ブロックもしていない。私は、そのことをその場では聞かなかった。
「気持ち悪くて」
四つのアカウントは、たしかにばらばらだった。
一つ目は、風景写真。二つ目は、ゲームの実況。三つ目は、鍵がかかっていて中が見えない。四つ目は、投稿が一件もない。
「同じ人だと思った理由は」
「四つとも、私をフォローした日が、同じ月なんです」
彼女は、四つの日付を並べて見せた。
「違う年の、同じ月です」
「一つめ、フォローの日」
ドパガキは、四つを並べた。
「一つ目、三年前の四月十二日。二つ目、二年前の四月十一日。三つ目、去年の四月十四日。四つ目、今年の四月十日」
「毎年、四月」
「毎年四月だ。……で、それぞれが、そのアカウントの最初のフォローだ」
「最初?」
「一件目だ。四つとも」
彼は、四つのフォロー欄を一番下までスクロールした。四回とも、同じ名前が一番古いところにあった。
「作って、最初にあんたをフォローしてる」
「二つめ、活動時期」
彼はカレンダーを出した。
「四つのアカウント、活動時期が重なってない」
「重なってない?」
「一つ目が三年前の四月から二年前の三月。二つ目が二年前の四月から去年の三月。……きれいに一年ずつだ」
彼は、四本の帯を紙に描いた。四本は、端と端で触れているだけだった。
「同時に動いてるのは、一度もない」
「作り直してるってこと?」
「そう。一年に一回、作り直してる」
「三つめ、チャイム」
彼は、投稿の中の動画を再生した。
「三つのアカウントに動画がある。……全部に、うちのチャイムが入ってる」
「校内の人ね」
「校内だ。……で、チャイムまでの距離が同じ」
私は、三本を続けて聞いた。三本とも、私には同じ「チャイムの音」に聞こえた。距離があるとは、思わなかった。
「三本とも、同じ場所で撮ってる。三年間、同じ場所だ」
「で、決定打」
彼は、四つ目の、投稿が一件もないアカウントを開いた。
「これ、投稿はゼロだ。……でも下書きが一件ある」
「見えるの?」
「見えねえよ。でも、文字数だけは、通知の履歴に残ってる」
彼は、その数字を二つ書いた。
「四十七文字。……で、下書きが更新された回数が、百三十一回」
彼はスマホを置いた。四十七文字である。原稿用紙にすると、二行と少しにしかならない。それを七か月、二日に一回書き直している。書き直すというのは、まだ出すつもりがあるということだった。
「今年の四月から、百三十一回だ。……七か月で、二日に一回」
「同じ下書きを?」
「同じ下書きを、百三十一回いじってる。一度も出してない」
内海さんの顔が、少し変わった。
「あの」
彼女は、四つ目の画面を閉じた。
「心当たり、あります」
片山さんは、二年B組にいた。
内海さんと同じ中学の出身である。中学二年まで、二人は毎日一緒にいた。
「私です」
彼女はあっさり認めた。
「四つとも?」
「四つともです」
彼女は下を向いた。
「気持ち悪いですよね」
「なんで四つ作ったの」
私が聞くと、彼女は少し黙った。
「一年ごとに、消してるんです」
彼女は、袖口を握った。
「一年やって、何も言えなくて。……見てるだけで終わって。それで、恥ずかしくなって、消して」
「で、また作るの?」
「四月になると、また作ります」
彼女は、そこで一度だけこちらを見た。
「今年こそ言おうと思って」
「四十七文字の下書き」
ドパガキが言った。彼女の肩が跳ねた。
「言わなくていい。内容は聞かねえよ」
彼は、スマホを裏返して机に置いた。
「百三十一回いじってんだよな」
「……はい」
「四十七文字を、七か月で」
彼女は答えなかった。
ドパガキは、天井を見ていた。
「わかるよ。オレも三年見てるアカウントがある。一回も何も言ってない。フォローもしてない」
彼は視線を戻した。
「あんたは四回フォローしてる。それだけで、オレより四回多い」
「……」
「でもさ、あんた」
彼は、四つの日付を指で順に叩いた。
「四回作って、四回とも最初にこいつをフォローしてんだよ」
片山さんが、顔を上げた。
「一件目だ。四つとも。……作った瞬間に、まずこいつを入れてる」
彼はスマホを机に置いた。
「一回目に戻れねえから、四回作ってんだろ」
片山さんは、答えなかった。内海さんが、そこで口を開いた。
「気持ち悪いんだけど」
「……はい」
「三年って」
内海さんの声は、震えてはいなかった。だが、いつもの声でもなかった。
「三年、何してたのよ」
私は、そこで席を外した。ドパガキも出た。彼はもう画面を見ていた。
廊下の窓は、もう暗かった。顔は、逆光でほとんど見えない。私は、その画面の明かりのほうに向かって聞いた。
「あの四十七文字、何て書いてあると思う?」
「知らね」
「予想は」
「しない」
彼は、画面から目を上げなかった。
「あれは、出すか出さないかだけの話だ。中身は関係ねえ」
五つ目のアカウントは、作られなかった。四つ目が、そのまま残っている。十二月に、そこに初めて投稿が上がった。
四十七文字だった。内容は、私は知らない。
彼は自販機の前で止まった。
「うわ」
「今度は」
「猫が四匹いる」
「同じ猫?」
「同じ猫だ。四回撮り直してる」
「……」
「四回とも同じ顔してる」
彼は十六分動かなかった。私は、四月になるたびに新しく作り直された四つを、指で数えた。四月というのは、クラス替えの月である。四月というのは、クラス替えの月である。この人は毎年その月に、一からやり直そうとしていた。三回失敗して、四回目で四十七文字まで来た。四十七文字は、たぶん四年ぶんである。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




