↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
53/137

誕生日の予約投稿

 十一月十九日に、投稿が上がった。

 上げたアカウントの持ち主は、去年の八月に亡くなっている。三年A組の、神谷という人だった。


 私は彼を知らない。当時二年で、クラスも部活も違った。

 顔は、卒業アルバムの追悼のページでしか見ていない。半分だけ笑っている顔である。証明写真の笑い方だった。

「怖くはないです」

 依頼に来た三年B組の若井くんは、椅子に浅く座ってそう言った。

「ただ、誰がやってるのか知りたいです。……あいつの誕生日、十一月十九日なんで」


 投稿は、写真が一枚だけだった。河川敷の、なんでもない写真である。文章はなかった。

「これ、去年より前の写真だと思います」

 彼は、画面を私のほうに傾けた。

「あいつが撮ったやつです。たぶん」


「一つめ、予約投稿の上限」

 ドパガキは、いつもより静かに喋った。声の大きさが、二段くらい落ちていた。

「予約は、どのアプリも三か月先までだ。長くても半年」

「去年の八月から、一年三か月ね」

「無理だ。予約じゃない」

 彼は、画面を伏せた。

「誰かが手で上げてる」


「二つめ、時刻」

 彼は投稿時刻を見た。

「十一月十九日、二十二時四十一分」

「中途半端ね」

「中途半端だ。……で、去年の十一月十九日にも上がってる」

「去年も?」

「去年は、二十三時五十八分」

 彼はスマホを置いた。二つの時刻のあいだに、一時間十七分の差があった。予約なら、その差は出ない。

「二年連続だ。で、時刻がばらばら。……手で押してる」


「三つめ、写真」

 彼は、二年分の二枚を並べた。

「連番を見る。……同じ日に撮られた連番の中の、二枚だ」

「同じ日?」

「同じ日。三年前の五月だ」

 彼は、その連番の末尾を指した。

「で、この連番、四十二番まである」

「四十二枚?」

「四十二枚だ。……二枚使って、残り四十枚」


「で、決定打」

 彼はアカウントのログイン履歴を見た。

「去年と今年、それぞれ一回だけログインがある。……端末が違う」

「別の人?」

「同じ端末じゃないってだけだ。機種変かもしれん」

 彼は、その一行の上を指でなぞった。

「で、去年のログインの前に、五回のログイン失敗がある」

「パスワードを間違えたのね」

「五回だ。……で、六回目で入ってる」

 彼は、少し間を置いた。

「パスワードを知ってるけど、記憶があいまいな人間だ」


 若井くんは、五人の名前を出した。

「あいつ、去年の七月に、五人に渡したんです」

 彼は、そのメモを机に置いた。ボールペンの字が、途中から濃くなっていた。書きながらインクが出はじめたか、途中から力が入ったかである。五人の名前と、パスワードが一行。それだけの紙を、この人は一年以上持っている。折り目は、まだ一本しか付いていなかった。

「病室で。……『毎年、俺の誕生日に、一枚ずつ上げてくれ』って」

「五人に、同じパスワードを?」

「同じです。誰かがやればいいって言ってました」

 彼は下を向いた。

「僕もその五人です」


「上げたのは」

「僕じゃないです。二年とも、僕じゃないです」


 五人のうち、上げていたのは一人だった。

 小田島さんという、三年D組の女子だった。

「私です」

「二年とも?」

「二年ともです」

「他の四人は」

 彼女は少し黙った。

「知らないです。でも、たぶん、上げてないです」


 私たちは、その四人に会った。四人とも、覚えていた。忘れてはいなかった。

 一人は、パスワードのメモを財布から出して見せた。折り目が、白く擦り切れていた。

「開けないんです」

「開けない?」

「パスワード入れるところまでは行くんです。毎年。……で、そこで止まります」

 彼は、自分の親指を見た。

「開けたら、あいつのフォルダが出てくるんで」


 ドパガキは、そのとき何も言わなかった。

 彼は五人を、一人ずつ見た。目を合わせるところまで見て、それから次に移った。彼がそういう見方をするのを、私は初めて見た。五人のうち、目をそらさなかったのは二人である。私は、それを数えていた。

 それから、こう言った。

「四人が上げなかったんだよな」

「はい」

「それ、忘れたんじゃねえよ」

 四人が、顔を上げた。

「五人とも、十一月十九日は覚えてる。二年ともだ。……開けなかっただけだろ」


 小田島さんが、口を開いた。

「私、開けました。去年、六回目で入りました。……そしたら」

 彼女は少し止まった。息を、一度吸い直した。

「写真が、四十枚残ってました」


 沈黙が長かった。窓の外で、部活の声がしていた。それが遠くに聞こえた。十一月の夕方である。四十枚という数を、六人が同時に頭の中で年数に直していた。私も直した。四十年である。この部屋にいる誰も、四十年後を想像できる年齢ではない。

「四十枚あるってことは」

 若井くんが言った。

「四十年ぶん、あるってことですよね」

「そうだな」

 ドパガキが答えた。

「あいつ、そういうやつでした」

 若井くんは、そう言って、少し笑った。

「めんどくさいこと考えるやつでした」


 五人は、そこで決めた。

 一年ごとに、一人が交代で上げる。五人で回せば、八年で一周する。四十年で、ちょうど五周する。

「四十年後、僕ら五十七ですよ」

「五十七か」

「四十枚、余らないですかね」

「余らねえよ」

 ドパガキが、初めて椅子から立った。

「足りないくらいだ、たぶん」


 私は、この話を最後まで、どう書けばいいのかわからなかった。だから、事実だけを書いている。

 四十二枚のうち二枚が使われた。残り四十枚である。来年の十一月十九日は、若井くんの番だと決まった。


 帰り道、私はその年数を口に出した。

「四十年って、続くと思う?」

「続かねえだろ。どっかで途切れる。十年か、十五年か」

「……」

「でも」

 彼は、歩幅を変えずに続けた。

「途切れたときに、まだ写真が残ってる」

「それって」

「残ってりゃ、また誰かが上げるだろ」


 彼は、その日、自販機の前で止まらなかった。猫の話をしなかった。私も、聞かなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。