誕生日の予約投稿
十一月十九日に、投稿が上がった。
上げたアカウントの持ち主は、去年の八月に亡くなっている。三年A組の、神谷という人だった。
私は彼を知らない。当時二年で、クラスも部活も違った。
顔は、卒業アルバムの追悼のページでしか見ていない。半分だけ笑っている顔である。証明写真の笑い方だった。
「怖くはないです」
依頼に来た三年B組の若井くんは、椅子に浅く座ってそう言った。
「ただ、誰がやってるのか知りたいです。……あいつの誕生日、十一月十九日なんで」
投稿は、写真が一枚だけだった。河川敷の、なんでもない写真である。文章はなかった。
「これ、去年より前の写真だと思います」
彼は、画面を私のほうに傾けた。
「あいつが撮ったやつです。たぶん」
「一つめ、予約投稿の上限」
ドパガキは、いつもより静かに喋った。声の大きさが、二段くらい落ちていた。
「予約は、どのアプリも三か月先までだ。長くても半年」
「去年の八月から、一年三か月ね」
「無理だ。予約じゃない」
彼は、画面を伏せた。
「誰かが手で上げてる」
「二つめ、時刻」
彼は投稿時刻を見た。
「十一月十九日、二十二時四十一分」
「中途半端ね」
「中途半端だ。……で、去年の十一月十九日にも上がってる」
「去年も?」
「去年は、二十三時五十八分」
彼はスマホを置いた。二つの時刻のあいだに、一時間十七分の差があった。予約なら、その差は出ない。
「二年連続だ。で、時刻がばらばら。……手で押してる」
「三つめ、写真」
彼は、二年分の二枚を並べた。
「連番を見る。……同じ日に撮られた連番の中の、二枚だ」
「同じ日?」
「同じ日。三年前の五月だ」
彼は、その連番の末尾を指した。
「で、この連番、四十二番まである」
「四十二枚?」
「四十二枚だ。……二枚使って、残り四十枚」
「で、決定打」
彼はアカウントのログイン履歴を見た。
「去年と今年、それぞれ一回だけログインがある。……端末が違う」
「別の人?」
「同じ端末じゃないってだけだ。機種変かもしれん」
彼は、その一行の上を指でなぞった。
「で、去年のログインの前に、五回のログイン失敗がある」
「パスワードを間違えたのね」
「五回だ。……で、六回目で入ってる」
彼は、少し間を置いた。
「パスワードを知ってるけど、記憶があいまいな人間だ」
若井くんは、五人の名前を出した。
「あいつ、去年の七月に、五人に渡したんです」
彼は、そのメモを机に置いた。ボールペンの字が、途中から濃くなっていた。書きながらインクが出はじめたか、途中から力が入ったかである。五人の名前と、パスワードが一行。それだけの紙を、この人は一年以上持っている。折り目は、まだ一本しか付いていなかった。
「病室で。……『毎年、俺の誕生日に、一枚ずつ上げてくれ』って」
「五人に、同じパスワードを?」
「同じです。誰かがやればいいって言ってました」
彼は下を向いた。
「僕もその五人です」
「上げたのは」
「僕じゃないです。二年とも、僕じゃないです」
五人のうち、上げていたのは一人だった。
小田島さんという、三年D組の女子だった。
「私です」
「二年とも?」
「二年ともです」
「他の四人は」
彼女は少し黙った。
「知らないです。でも、たぶん、上げてないです」
私たちは、その四人に会った。四人とも、覚えていた。忘れてはいなかった。
一人は、パスワードのメモを財布から出して見せた。折り目が、白く擦り切れていた。
「開けないんです」
「開けない?」
「パスワード入れるところまでは行くんです。毎年。……で、そこで止まります」
彼は、自分の親指を見た。
「開けたら、あいつのフォルダが出てくるんで」
ドパガキは、そのとき何も言わなかった。
彼は五人を、一人ずつ見た。目を合わせるところまで見て、それから次に移った。彼がそういう見方をするのを、私は初めて見た。五人のうち、目をそらさなかったのは二人である。私は、それを数えていた。
それから、こう言った。
「四人が上げなかったんだよな」
「はい」
「それ、忘れたんじゃねえよ」
四人が、顔を上げた。
「五人とも、十一月十九日は覚えてる。二年ともだ。……開けなかっただけだろ」
小田島さんが、口を開いた。
「私、開けました。去年、六回目で入りました。……そしたら」
彼女は少し止まった。息を、一度吸い直した。
「写真が、四十枚残ってました」
沈黙が長かった。窓の外で、部活の声がしていた。それが遠くに聞こえた。十一月の夕方である。四十枚という数を、六人が同時に頭の中で年数に直していた。私も直した。四十年である。この部屋にいる誰も、四十年後を想像できる年齢ではない。
「四十枚あるってことは」
若井くんが言った。
「四十年ぶん、あるってことですよね」
「そうだな」
ドパガキが答えた。
「あいつ、そういうやつでした」
若井くんは、そう言って、少し笑った。
「めんどくさいこと考えるやつでした」
五人は、そこで決めた。
一年ごとに、一人が交代で上げる。五人で回せば、八年で一周する。四十年で、ちょうど五周する。
「四十年後、僕ら五十七ですよ」
「五十七か」
「四十枚、余らないですかね」
「余らねえよ」
ドパガキが、初めて椅子から立った。
「足りないくらいだ、たぶん」
私は、この話を最後まで、どう書けばいいのかわからなかった。だから、事実だけを書いている。
四十二枚のうち二枚が使われた。残り四十枚である。来年の十一月十九日は、若井くんの番だと決まった。
帰り道、私はその年数を口に出した。
「四十年って、続くと思う?」
「続かねえだろ。どっかで途切れる。十年か、十五年か」
「……」
「でも」
彼は、歩幅を変えずに続けた。
「途切れたときに、まだ写真が残ってる」
「それって」
「残ってりゃ、また誰かが上げるだろ」
彼は、その日、自販機の前で止まらなかった。猫の話をしなかった。私も、聞かなかった。




