十一月の百人
裏アカが、戻ってきた。
一年半前、佐倉ひかりが自分で消したものである。名前は違った。中の人も違った。だが、やっていることは同じだった。
十一月八日の夜、一つの投稿が上がった。
内容はここに書かない。ある一年生についての、短い文と、写真が一枚である。
一時間で、百人がそれを回した。
私は、それを数えた。数えている途中で、数字が増えた。九十四まで数えて、もう一度上から確かめたら九十八になっていた。数えるより速く増えるものを、私はそれまで数えたことがない。四百八十人の学校で、五十四分である。
「百人」
「百二件です」
三浦亮太は、自分のスマホの画面を見たまま言った。
「一時間で」
「五十四分です」
彼は、初めて顔を上げた。
「うちの学校、四百八十人です。四人に一人が回してます」
「一つめ、樹形図」
ドパガキは、拡散の経路を紙に描いた。
「投稿から、誰が誰を経由して広がったか。……全部辿った」
彼は線を引いていった。紙が足りなくなって、二枚目をつなげた。
木の枝のような形になった。上が細く、下に行くほど広がる。木というより、根に近い形だった。線の一本ずつが、誰かの指の動きである。百二本の指が、五十四分のあいだに一回ずつ動いた。
「一段目が三人。二段目が十一人。三段目が三十四人。四段目が五十四人」
「増えてるわね」
「増えてる。……で、二段目の十一人を見ろ」
彼は、その段を横一列に指でなぞった。
「この十一人が全部だ。ここで四倍になってる」
「二つめ、十一人」
彼は、その十一人を並べた。
「共通点を探す。……部活はばらばら。学年もばらばら。クラスもばらばら」
「じゃあ、共通点はないのね」
「一個ある」
彼は、十一人の数字を書き出した。
「十一人とも、フォロワーが二百人以上いる」
「多いの?」
「うちの平均は六十だ。……上位の十一人だよ」
「三つめ、時刻」
彼は、十一人の拡散時刻を並べた。
「投稿から、四分、六分、六分、七分、九分、九分、十一分……」
「早いわね」
「早い。……で、十一人とも、その日の他の投稿は回してない」
彼はスマホを置いた。
「普段は回さない人間が、これだけ回してる」
「で、決定打」
彼は、百二件の文面を見た。
「回すときに、一言添えてる人が四十二人いる」
「なんて?」
「『ひどい』が十九件。『やめたほうがいい』が十一件。『これは違うと思う』が八件。……否定的なコメントだ」
「え」
「四十二人のうち、内容に賛成してるのは四件だ」
彼は、その四十二件を私のほうに向けた。
「残りの六十件は、コメントなしで回してる」
私は、理解に時間がかかった。文字は読めた。意味が入るまでに、たぶん十秒かかった。
「じゃあ、みんな、反対だったの?」
「反対だ。四十二人中三十八人が、はっきり反対してる」
「反対なのに回したの?」
「回した」
彼は、樹形図の紙を裏返した。
「『ひどい』って書いて、ひどいものを百人に見せた」
佐倉ひかりが、生徒会室に来た。私が呼んだのではない。彼女が自分で来た。
「私が消しても、また出るのね」
「出るよ」
ドパガキが答えた。
「一年半でだ。……早いほうだと思う」
「私、無駄なことしたのかしら」
「無駄じゃねえよ」
彼は、樹形図をもう一度表に返した。
「あんたが消してた一年半は、無かったんだよ」
彼女は少し黙った。
「それは、慰めなの」
「慰めじゃない。数字の話だ」
投稿は、三日で消えた。
消したのは、運営者ではなかった。回した百二人のうちの一人が、直接運営者に連絡したのである。
誰なのかは、わからなかった。
私は、その百二人のリストを持っていた。
風紀委員として、これをどうすべきか、私は三日考えた。三日とも、寝る前にそのリストを開いた。百二人である。百二という数を、私は三日とも数え直した。三日とも、百二だった。名前を見れば、半分くらいは顔が浮かぶ。浮かぶ顔の中に、私が悪い人だと思っている人は一人もいなかった。一人もいないのに、百二人いる。
「出すのか」
「わからない」
「百二人だぞ」
「わかってる」
「四人に一人だ。……出したら、この学校が終わる」
彼は、一度だけこちらを見た。
「で、出さなかったら、何も起きない」
私は、結局、出さなかった。代わりに、風紀委員会で一枚のプリントを作った。内容は、拡散の樹形図だった。名前は全部消してある。
『十一月八日、一つの投稿が五十四分で百二人に届きました。
そのうち三十八人は、反対のコメントを付けて回しました。』
それだけである。全校に配った。
「効果あると思う?」
「ねえよ」
彼は即答した。
「……そう」
「でもな」
彼は、廊下の掲示板のほうを見た。そこに、同じ紙が貼ってあった。
「あの百二人は、自分が何段目だったか、数えると思う」
「百人が押した」
彼は、歩きながら続けた。
「百人が犯人じゃない。でも百人とも押した」
彼は自販機の前で止まった。
「オレも押すぞ、たぶん」
「あなたも?」
「押す。……『ひどい』って書いて押す」
彼は、そこで画面を伏せた。
「その、書いてから押すってのが、一番タチ悪いんだよ」
「うわ」
「今度は」
「猫が」
彼は、そこで止めた。
「……いや、いい」
「何」
「猫が晒されてる」
「猫が?」
「太ってるって」
彼はしばらく画面を見ていた。親指は、一度も動かなかった。そして、その動画を回さなかった。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。私は、あの樹形図を、いまも持っている。




