自己PR動画
十月。推薦入試の季節だった。
いくつかの大学が、出願書類に自己PR動画を求めるようになっている。三分以内、というのが多い。
うちの三年生は、二十二人が出した。そのうちの一本が、問題になった。
「嘘が入ってるんです」
告発してきたのは、同じ大学に出す別の生徒だった。
三年A組の渋川さんである。彼女は、椅子に座る前にそう言った。
「同じ学部に出すんです。定員が三人で。……あの動画が通ったら、私、落ちます」
その言い方には、ためらいが一つも無かった。私は、その率直さに少しだけ好感を持った。
問題の動画は、三年B組の片桐くんのものだった。
三分十秒。内容は、彼が二年間続けたボランティア活動についてである。河川敷の清掃。月に一度。二十四回。
「嘘じゃないと思うけど」
「二十四回のうち、十六回は行ってないんです」
彼女は、鞄から名簿のコピーを出した。
「私、同じ団体にいたんで」
「一つめ、季節」
ドパガキは動画を止めた。
「この人、活動の写真を八枚出してる。……で、八枚とも季節が同じだ」
「同じ?」
「河川敷の草の高さと、色。……八枚とも五月から六月だ」
私は、八枚を見比べた。草は、どれも同じ緑に見えた。高さの違いも、私にはわからなかった。河川敷の草を、私は見たことがある。見たことがあるのと、高さを覚えているのは別である。二年間で二日ぶんしか写真が無いというのを、私は言われるまで一枚も疑わなかった。
「二年間、二十四回だろ。冬の写真が一枚もない」
「二つめ、服」
彼は、八枚を並べ直した。
「八枚のうち、六枚が同じシャツだ。……で、同じ日焼けの跡がある」
「同じ日?」
「二日だな。六枚が一日目、二枚が二日目」
彼はスマホを置いた。
「二年で、二日ぶんしか写真がない」
「三つめ、語り」
彼は、音声だけをもう一度流した。
「この人、三分十秒喋ってる。……で、具体的な話が二回しか出てこない」
「具体的?」
「『あのとき、誰それがこう言った』みたいなやつだ。……二回だ。三分十秒で」
彼は、指を二本立てた。
「二年やってる人間の喋りじゃねえよ。二日やった人間の喋りだ」
「で、決定打」
彼は、動画の一分四十秒で止めた。背景に、河川敷が映っていた。
「この背景、合成じゃない。ちゃんと現地だ」
「じゃあ、行ってるのね」
「行ってる。……で、この日の水位を見る」
彼は、堤防の護岸を指した。私はそこに、色の違う帯があることに、言われて初めて気づいた。
「ここに水の跡がある。……で、この高さになるのは、大雨の三日後だ」
彼は、市の水位記録を出した。
「二年間で、条件が合う日は四日。……で、そのうち活動日は二日」
彼はスマホを置いた。
「二日だ」
片桐くんは、否定しなかった。
「二回です。二年で、二回行きました」
「動画では二十四回って」
「言いました」
彼は下を向いた。
「嘘です」
「なんで」
私が聞くと、彼は長いあいだ黙っていた。壁の時計の音が、二十回くらい鳴った。二十秒である。二十秒黙るというのは、嘘をつくつもりの人がする黙り方ではない。嘘なら、もっと早く出てくる。出てこないのは、本当のほうを言おうとしているからだった。
「二十四回行った人が、いるんです。同じ団体に。……その人、うちの学校じゃないんですけど」
「はい」
「その人の話を、聞いてたんです。二年間ずっと。……それで、自分が行った気になってました」
彼は、自分の膝を握った。
「動画撮るとき、自然に出てきました。……嘘つこうと思ってなかったです」
私は、それを信じていいのかわからなかった。信じたいと思っている自分と、それを疑っている自分が、同時にいた。
ドパガキは、天井を見ていた。
「わかるよ。オレも、動画で見たことを自分の経験だと思うときがある。行ったことない場所の道順を知ってたりする。……見すぎると、そうなる」
彼は視線を戻した。
「でもさ」
「はい」
「二回は、二回だぞ」
片桐くんが、顔を上げた。
「二年で二回行ったのは本当だ。誰も否定してない。……それを二十四回にしたのは、あんただ」
彼は、動画の画面を伏せた。
「二回のほうが、たぶん強いのにな」
「え」
「二年で二回だぞ。なんで二回だけ行ったのかのほうが、聞きたいだろ」
片桐くんは、動画を撮り直した。出願の締切の二日前だった。新しい動画は、一分四十秒しかなかった。
二年間で二回しか行かなかったこと。行かなかった二十二回のあいだ、その人の話を聞き続けていたこと。そして、聞いた話を自分のことのように話してしまったこと。
最後に、こう言っていた。
「僕は、二回しか行っていません。でも、二十四回の話を全部覚えています」
彼は、その大学に受かった。
渋川さんも受かった。定員三人のうち、二人がうちの学校だった。
「よかったの?」
私が渋川さんに聞くと、彼女は肩をすくめた。
「よくないです」
彼女は、そこで一度だけ笑った。
「でも、あの動画のほうが良かったのは事実なんで」
帰り道、私はその言い方を確かめた。
「二回のほうが強いって」
「強いだろ」
「そう?」
「二十四回行った奴の話は、二十四回ぶんだ。……二回しか行かなかった奴が二十四回ぶん覚えてるほうが、変だろ」
彼は、歩幅を変えずに続けた。
「変なほうが残る」
彼は自販機の前で止まった。
「うわ」
「今度は」
「猫が河川敷にいる」
「掃除してるの?」
「してない。寝てる」
「……」
「二年間、毎日いるらしい」
「詳しいのね」
「概要欄に書いてある」
彼は十四分動かなかった。私は、二十四回ぶんの話を覚えている人のことを、そのあいだ考えていた。二十二回、この人は行かなかった。行かなかった二十二回ぶん、話を聞いていた。聞くほうが楽だとは限らない。聞いた話を自分のことのように話してしまうくらい、たぶん、真剣に聞いていた。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




