↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/138

炎上を待つ人

 十月。裏アカで、また誰かが燃えた。三日で消えた。よくある話である。

 問題は、消える前に誰かが保存していたことだった。


「三回目です」

 三浦亮太が、生徒会室の机に肘をついた。

「三回とも?」

「三回ともです。燃えて、消えて、そのあと『保存してた』って人が出てくるんです」

「晒してるの?」

「晒してはないです。持ってるって言うだけで」

 彼は、肘を下ろした。

「でも、持ってるって言われるだけで怖いです」


「一つめ、保存時刻」

 ドパガキは、その三件を並べた。

「保存された画像に、生成時刻が残ってる。……三件とも見た」

 彼は、数字を三つ並べて書いた。

「一件目、投稿の十四分後。二件目、九分後。三件目、六分後」

「早いわね」

「早い。……で、燃えはじめたのは、どれも三十分後以降だ」

 彼はスマホを置いた。私は、その三つの数字と三十という数字を、頭の中で並べ直した。並べ直して、意味がわかった。

「燃える前に保存してる」


「二つめ、選び方」

 彼は、その三件と、同じ時期の他の投稿を比べた。

「同じ日に、似たような投稿が二十件くらいある。……で、燃えたのはこの三件だけだ」

「保存したのも三件だけ?」

「そう。……この人、二十件から三件を選んでる」

「勘?」

「勘じゃねえよ」

 彼は、その二十件を私のほうに向けた。私には、三件がどれかわからなかった。

「わかるんだよ、見てる奴には」


「三つめ、アカウント」

 彼は保存者のアカウントを開いた。

 投稿はほとんどなかった。二年前に十七件あって、そこで止まっていた。

「二年、上げてない」

「休眠アカウント?」

「休眠じゃない。毎日ログインしてる」

 彼は、その表示を指で押さえた。

「見てるだけだ。……オレと同じだな」


「で、決定打」

 彼は、二年前の十七件目を出した。そこには、こう書いてあった。

『すみませんでした。全部消します。』

「この人、二年前に燃えてる」


 南という三年生だった。

 私は名前を知っていた。二年前、大きい騒ぎがあった。私は当時一年で、詳しくは知らない。一年の私には、三年の廊下で起きていることが何も見えなかった。ただ、彼が三か月学校に来なかったことは覚えていた。

「保存してます」

 彼はあっさり認めた。

「なんで」

「消えるからです」

 彼は、鞄を膝に乗せた。

「消えたら、何があったかわからなくなるんで。……あとで『そんなことなかった』って言い出す人がいるんで」


「三十件くらいあります」

「二年で?」

「二年で三十件です」

「使ったことは」

「一回もないです。誰にも見せてないです」

 彼は、少し言い直した。

「……『持ってる』って言ったのは、一回だけです」


「あんた、燃える前に保存してんだよな」

「はい」

「わかるのか、燃えるやつ」

「わかります」

 彼は即答した。

「見た瞬間にわかります。あ、これだって」

「何でわかんの」

 南くんは、少し黙った。

「言い方です」

 彼は、机の上で指を組んだ。

「内容じゃないんです。言い方なんです。……ちょっと得意げなときとか、ちょっと誰かを下に見てるときとか。そういうのが、〇コンマ何秒か、混ざってるんです」

 彼は、自分の手を見た。

「二年前の僕が、そうだったんで」


 ドパガキは、少し黙った。

「わかるよ。オレも、伸びるやつと燃えるやつは、見た瞬間にわかる。……八千本見てりゃ、わかる」

 彼は、椅子の背から体を起こした。

「でもさ、あんた」

「はい」

「わかるなら、先に言えよ」


 南くんが、初めて顔を上げた。

「言ってます」

「え」

「言ってます。毎回」

 彼はスマホを開いて、机に置いた。送信済みのメッセージが並んでいた。

『これ、消したほうがいいと思います』

『たぶん燃えます』

『すみません、知らない人ですが、消したほうが』

 私は、そこを下までスクロールした。指が三回止まった。三十件あった。私は、それを二度数えた。相手の名前は、全部知らない人だった。うちの生徒でもない。二年間、この人は見ず知らずの人に三十回同じ内容を送っている。送るのに、たぶん毎回勇気が要る。三十回ぶんの勇気が、二十四回無視されていた。

「三十件全部、送ってます。保存する前に、必ず送ってます」


「返事は」

「二十四件、無視されました」

 彼は、画面を伏せた。

「四件、『は?』って返ってきました」

「残りの二件は」

「消しました。……二件だけ、消しました」


 ドパガキは、しばらく何も言わなかった。

「二件か」

「二件です」

「三十分の二だな」

「はい」

 彼は、初めて南くんの顔を見た。

「多いぞ、それ」

 南くんが、まばたきをした。

「二年前、あんたに『消せ』って言った奴、いたか」

 彼は答えなかった。

「いなかったんだろ」

「……いなかったです」

「うん」

 ドパガキはスマホをポケットに入れた。

「ゼロから二件だ」


 保存の話は、そこで終わった。

 私は三十件のことを、誰にも報告しなかった。四度目である。

 南くんは、いまも保存を続けている。そして、いまも先に送っている。十一月に、彼から短い連絡があった。

『三件目、消してくれました』

 それだけだった。


 帰り道、私はそのことを口に出した。

「先に送ってる人がいるって、みんな知らないのね」

「知らねえよ」

「教えたら?」

「教えねえよ」

 彼は、首を振った。

「あれ、知られたら効かなくなる」

「なんで」

「『燃えるって言われた』ってのが、また燃えるからだよ」

 彼は自販機の前で止まった。

「あいつは、一生黙ってやるんだと思う」


「うわ」

「今度は」

「猫が燃えてる」

「大変じゃない」

「炎上のほうだ」

「猫が炎上するの?」

「飼い主が」

 彼は、少し黙った。画面から目を離さなかった。

「……これ、燃えるな」

「わかるの?」

「わかる」

 彼はしばらく画面を見ていた。

 それから、何かを打ちはじめた。親指が、いつもより遅かった。

 私はそれを、見ないふりをした。三十一件目である。打っているのがこの人だというのを、南くんは一生知らない。知らないほうがいい。知られたら効かなくなる、とこの人がさっき言ったばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。