炎上を待つ人
十月。裏アカで、また誰かが燃えた。三日で消えた。よくある話である。
問題は、消える前に誰かが保存していたことだった。
「三回目です」
三浦亮太が、生徒会室の机に肘をついた。
「三回とも?」
「三回ともです。燃えて、消えて、そのあと『保存してた』って人が出てくるんです」
「晒してるの?」
「晒してはないです。持ってるって言うだけで」
彼は、肘を下ろした。
「でも、持ってるって言われるだけで怖いです」
「一つめ、保存時刻」
ドパガキは、その三件を並べた。
「保存された画像に、生成時刻が残ってる。……三件とも見た」
彼は、数字を三つ並べて書いた。
「一件目、投稿の十四分後。二件目、九分後。三件目、六分後」
「早いわね」
「早い。……で、燃えはじめたのは、どれも三十分後以降だ」
彼はスマホを置いた。私は、その三つの数字と三十という数字を、頭の中で並べ直した。並べ直して、意味がわかった。
「燃える前に保存してる」
「二つめ、選び方」
彼は、その三件と、同じ時期の他の投稿を比べた。
「同じ日に、似たような投稿が二十件くらいある。……で、燃えたのはこの三件だけだ」
「保存したのも三件だけ?」
「そう。……この人、二十件から三件を選んでる」
「勘?」
「勘じゃねえよ」
彼は、その二十件を私のほうに向けた。私には、三件がどれかわからなかった。
「わかるんだよ、見てる奴には」
「三つめ、アカウント」
彼は保存者のアカウントを開いた。
投稿はほとんどなかった。二年前に十七件あって、そこで止まっていた。
「二年、上げてない」
「休眠アカウント?」
「休眠じゃない。毎日ログインしてる」
彼は、その表示を指で押さえた。
「見てるだけだ。……オレと同じだな」
「で、決定打」
彼は、二年前の十七件目を出した。そこには、こう書いてあった。
『すみませんでした。全部消します。』
「この人、二年前に燃えてる」
南という三年生だった。
私は名前を知っていた。二年前、大きい騒ぎがあった。私は当時一年で、詳しくは知らない。一年の私には、三年の廊下で起きていることが何も見えなかった。ただ、彼が三か月学校に来なかったことは覚えていた。
「保存してます」
彼はあっさり認めた。
「なんで」
「消えるからです」
彼は、鞄を膝に乗せた。
「消えたら、何があったかわからなくなるんで。……あとで『そんなことなかった』って言い出す人がいるんで」
「三十件くらいあります」
「二年で?」
「二年で三十件です」
「使ったことは」
「一回もないです。誰にも見せてないです」
彼は、少し言い直した。
「……『持ってる』って言ったのは、一回だけです」
「あんた、燃える前に保存してんだよな」
「はい」
「わかるのか、燃えるやつ」
「わかります」
彼は即答した。
「見た瞬間にわかります。あ、これだって」
「何でわかんの」
南くんは、少し黙った。
「言い方です」
彼は、机の上で指を組んだ。
「内容じゃないんです。言い方なんです。……ちょっと得意げなときとか、ちょっと誰かを下に見てるときとか。そういうのが、〇コンマ何秒か、混ざってるんです」
彼は、自分の手を見た。
「二年前の僕が、そうだったんで」
ドパガキは、少し黙った。
「わかるよ。オレも、伸びるやつと燃えるやつは、見た瞬間にわかる。……八千本見てりゃ、わかる」
彼は、椅子の背から体を起こした。
「でもさ、あんた」
「はい」
「わかるなら、先に言えよ」
南くんが、初めて顔を上げた。
「言ってます」
「え」
「言ってます。毎回」
彼はスマホを開いて、机に置いた。送信済みのメッセージが並んでいた。
『これ、消したほうがいいと思います』
『たぶん燃えます』
『すみません、知らない人ですが、消したほうが』
私は、そこを下までスクロールした。指が三回止まった。三十件あった。私は、それを二度数えた。相手の名前は、全部知らない人だった。うちの生徒でもない。二年間、この人は見ず知らずの人に三十回同じ内容を送っている。送るのに、たぶん毎回勇気が要る。三十回ぶんの勇気が、二十四回無視されていた。
「三十件全部、送ってます。保存する前に、必ず送ってます」
「返事は」
「二十四件、無視されました」
彼は、画面を伏せた。
「四件、『は?』って返ってきました」
「残りの二件は」
「消しました。……二件だけ、消しました」
ドパガキは、しばらく何も言わなかった。
「二件か」
「二件です」
「三十分の二だな」
「はい」
彼は、初めて南くんの顔を見た。
「多いぞ、それ」
南くんが、まばたきをした。
「二年前、あんたに『消せ』って言った奴、いたか」
彼は答えなかった。
「いなかったんだろ」
「……いなかったです」
「うん」
ドパガキはスマホをポケットに入れた。
「ゼロから二件だ」
保存の話は、そこで終わった。
私は三十件のことを、誰にも報告しなかった。四度目である。
南くんは、いまも保存を続けている。そして、いまも先に送っている。十一月に、彼から短い連絡があった。
『三件目、消してくれました』
それだけだった。
帰り道、私はそのことを口に出した。
「先に送ってる人がいるって、みんな知らないのね」
「知らねえよ」
「教えたら?」
「教えねえよ」
彼は、首を振った。
「あれ、知られたら効かなくなる」
「なんで」
「『燃えるって言われた』ってのが、また燃えるからだよ」
彼は自販機の前で止まった。
「あいつは、一生黙ってやるんだと思う」
「うわ」
「今度は」
「猫が燃えてる」
「大変じゃない」
「炎上のほうだ」
「猫が炎上するの?」
「飼い主が」
彼は、少し黙った。画面から目を離さなかった。
「……これ、燃えるな」
「わかるの?」
「わかる」
彼はしばらく画面を見ていた。
それから、何かを打ちはじめた。親指が、いつもより遅かった。
私はそれを、見ないふりをした。三十一件目である。打っているのがこの人だというのを、南くんは一生知らない。知らないほうがいい。知られたら効かなくなる、とこの人がさっき言ったばかりだった。




