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二人で一つのアカウント

 九月。二年の女子が二人、生徒会室に来た。

 桑名さんと土井さんである。二人は同じクラスで、同じ部活で、一年半、同じアカウントをやっていた。

 二人は、椅子を一つ分空けて座った。それが、話の半分だった。生徒会室の椅子は、詰めれば四人並ぶ。二人で来て、一つ空ける必要は無い。空けたのはどちらかが先で、もう一方がそれに合わせた。どちらが先だったかは、見ていなかった。

「割れたんです」

「アカウントが?」

「私たちが」


 そのアカウントは、料理の動画を上げていた。

 フォロワーは四千人いた。二人で始めて、一年半続いていた。

「先月、揉めて」

 土井さんが、そこを引き取った。

「それで、どっちが続けるかって話になって。……決まらないんです」

「片方が新しく作れば」

「四千人は移らないです」

 彼女は、机の木目を見ていた。

「私たちのフォロワーじゃないんです。アカウントのフォロワーなんです」


「一つめ、時刻」

 ドパガキは、一年半分の投稿を並べた。

「投稿時刻に、二つの山がある」

「山?」

「十九時台と、二十二時台。……で、山が交互じゃない」

 彼は、指で二つの塊を囲った。

「十九時台が続くときは続く。二十二時台が続くときは続く。週替わりだ」

「当番制でした」

 桑名さんが言った。

「一週間ずつ」

「だろうな」


「二つめ、絵文字」

 彼は、文面を並べた。

「十九時台の投稿は、絵文字が文末に一個。二十二時台は、文中に三個以上」

「はっきり違うのね」

 私も、並べられてから見た。並べられる前は、どれも同じ明るさの文章に見えていた。一年半、四千人がこのアカウントを見ている。四千人のうち、二人が交代で書いていることに気づいた人が何人いるのだろうと思った。たぶん、ゼロである。

「はっきり違う。……あと、二十二時台は三点リーダを使う。十九時台は使わない」

 彼はスマホを置いた。

「一年半、一回も混ざってない」


「三つめ、再生数」

 彼は、グラフを出した。

「十九時台の投稿の平均、四千二百回。二十二時台、四千百回」

「ほとんど同じね」

「同じだ。……差は二%だ」

 彼は、二本の線を指でなぞった。二本は、ほとんど重なっていた。

「一年半、七十八本ずつ上げて、差が二%。……どっちが上手いとか、ないんだよ」


「で、決定打」

 彼は、一番伸びた動画を出した。十三万回再生されていた。

「これ、一番伸びたやつだ。……二十二時台だ」

 土井さんが、少し顔を上げた。

「で、この動画」

 彼は再生した。

「十九時台の人間が撮ってる」


 私は覗き込んだ。

「わかるの?」

「わかる。カメラの手ブレの癖だ。……で、編集は二十二時台のほうがやってる」

 私には、手ブレの癖というものが見えなかった。三回再生しても見えなかった。画面が揺れていることは、わかる。その揺れ方に人ごとの癖があるというのは、言われても実感が湧かない。私は四十一本を、最後まで自分では見分けられなかった。見分けられないまま、それが一番伸びているという結論だけを受け取った。

「一年半で、こういうのが四十一本ある」

「四十一?」

「片方が撮って、片方が編集してるやつだ。……全体の四分の一以上」

 彼はスマホを置いた。

「二人でやってる本数が、一番伸びてる」


 二人は、黙っていた。

「揉めた理由、聞いていい?」

 私が聞くと、桑名さんが答えた。

「案件が来たんです」

「案件?」

「会社から。一本三万円で、って」

 彼女は、空いた椅子のほうを見なかった。

「私は受けたくて、土井は受けたくなくて」


「受けたくなかった理由は」

 私は土井さんに聞いた。彼女は下を向いた。

「怖かったんです」

「怖い?」

「お金が入ると、やめられなくなると思って」

 彼女は、袖の先を握った。

「いま、楽しいんです。……お金入ったら、たぶん、楽しくなくなるんで」


 ドパガキは、窓枠に腰かけていた。

「わかるよ。金が絡むと変わるのは、たぶん本当だ。オレは見る側だからよくわかる。案件が入りはじめたアカウントは、だいたい半年で荒れる」

 彼は、足をぶらぶらさせた。

「で、桑名。あんたが受けたい理由は」

 桑名さんは、少し黙った。

「……四千人いるのに、一円にもならないの、変じゃないですか」

「変じゃねえよ」

 彼は即答した。

「でも、そう思うのは変じゃない」


「どっちが正しいんですか」

 土井さんが聞いた。

「知らね。そこはオレの仕事じゃない。……ただ、一個だけ言う」

 彼は窓枠から降りて、スマホを机に置いた。

「二人で作ったもんを、一人が持って帰る方法はねえよ」

 二人が、顔を上げた。

「フォロワー四千人は、片方のもんじゃない。四十一本は二人で作ってる。……分けられないんだよ、あれ」

 彼は、その四十一本の一覧を、二人のあいだに向けた。

「片方が持って帰ったら、それは四千人ぶんの死体だ」


 二人は、アカウントを止めた。消したのではない。止めたのである。最後の投稿に、こう書いてあった。

『二人でやっていました。しばらく止めます。消しません。』

 四千人のうち、九百人がフォローを外した。三千百人が残った。


 十一月に、そのアカウントは再開した。投稿時刻は、十九時台でも二十二時台でもなかった。

 二十時半である。

「間を取ったのね」

 私が言うと、ドパガキは首を振った。

「間じゃねえよ」

「え?」

「二人で撮ってる時間帯だ」

 彼は、四十一本の一覧をもう一度出した。

「四十一本の撮影時刻、全部そこだ」


 案件を受けたのかどうかは、聞いていない。聞かなくていいと思った。


 彼は自販機の前で止まった。

「うわ」

「今度は」

「猫が二匹で寿司握ってる」

「二匹で?」

「一匹が米、一匹がネタだ」

「……分業ね」

「片方が寝ると成立しない」

 彼は十七分動かなかった。私は、椅子を一つ分空けて座った二人のことを、そのあいだ考えていた。一つ分というのが何センチなのかは、私にはわからない。測れば出るはずの数字が、出てこない。


 なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。


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