↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/137

商店街のバズ

 八月。中央商店街の乾物屋に、行列ができた。

 その商店街は、シャッターが七割下りている。行列ができたのは、たぶん二十年ぶりだった。

 依頼人は、その店の主人だった。

 七十四歳である。私たちの、初めての大人の依頼人だった。


 丸尾さんは生徒会室には来られないので、私たちが店に行った。

 店の奥は狭くて、鰹節の匂いがした。天井が低い。ドパガキは、入ってすぐに頭を少し下げた。木の棚が三段あって、上の段には埃がかぶっていた。下の二段だけが、手で触られた跡で光っている。四十年、この人が届く高さだけを使ってきた棚である。

「なんでうちがこうなったのか、教えてほしいんです」

「はい」

「先週の火曜から急に。若い人が来て、写真撮って、帰って。……売り上げは、先月の四十倍です」

「困ってるんですか」

「困ってます」

 彼は即答した。木の椅子が、その拍子に鳴った。

「在庫がないんです。仕入れを増やしたら、来月どうなるか」


「一つめ、初動」

 ドパガキは、店の椅子に座ってスマホを見ていた。

「バズの最初の四十分が全部だ。ここで火がつくかどうかが決まる」

 彼は投稿を遡った。

「火曜の十九時十二分。一本目」

「これがきっかけ?」

「そう。……で、十九時十四分に二本目。十九時十七分に三本目」

「早いわね」

「早すぎる」

 彼はスマホを膝に置いた。

「同じ店の投稿が、五分で三本上がる確率を考えろ」


「二つめ、三アカウント」

 彼は三つを並べた。

「一本目、フォロワー四百。二本目、千二百。三本目、八千」

「だんだん大きくなってる」

「階段だ。小さいので火を点けて、中くらいで広げて、大きいので飛ばす」

 私は、その三段を見た。四百、千二百、八千。言われるまで、ただの三本の投稿だった。三本とも、同じ店を褒めている。褒め方も、写真の角度も違う。違うから、私はそれを別々の人が別々に見つけたのだと思っていた。数字を縦に並べられて、初めてそう見えなくなった。

「これは事故じゃない。設計されてる」

「誰が」

「三アカウントの共通点を見る。……フォローが一つだけ重なってる」


「三つめ、写真」

 彼は、一本目の写真を拡大した。店先の、乾物の並んだ木箱である。

「これ、火曜に撮ったもんじゃない」

「え?」

「影の角度が違う。あと、この木箱、いま店の奥にある」

 私は店の中を見た。たしかに、同じ木箱が奥に積んであった。埃が薄くかぶっていた。積んである数は、暗くて数えられなかった。

「三か月前だ、これ」

 彼は、その木箱と画面を交互に見た。

「三か月かけて素材を集めて、火曜に一気に出してる」


 仕掛けたのは、うちの一年生だった。

 篠田という子である。私は名前も知らなかった。

 彼は、店の前で素直に認めた。

「僕がやりました」

「なんで」

「潰れそうだったんで」

 彼は、シャッターの下りた向かいの店を見ていた。

「祖父ちゃんの代から買ってて。……春に、店主さんが『今年で終わりかも』って言ってて」

 彼はうつむいた。

「それで、調べました。どうやったら伸びるか。三か月調べました」

「三アカウントは」

「二つは僕のです。三つ目は、頼みました。……ネットで知り合った人に」


 丸尾さんは、その話を黙って聞いていた。それから、篠田くんに「ありがとう」と言った。

 篠田くんは、泣きそうな顔をした。泣かなかった。この学校の子は、たいてい泣かない。


 ドパガキは、店の椅子に座ったままだった。

「篠田。行列、いつまで続くと思う」

 彼は、答えられなかった。

「三週間だ」

 ドパガキは、指を三本立てた。指の間に、埃が薄く乗っていた。

「オレは見る側だから知ってる。この種類のバズは三週間で終わる。四週目には半分、二か月で元に戻る」

「……」

「で、店は仕入れを増やしてる。三週間のために、三か月分の在庫を抱える」

 彼は、丸尾さんのほうを見た。

「じいさん。仕入れ、増やした?」

「……増やしました」

「戻せ。いますぐ」


 篠田くんの顔が、白くなった。

「僕、店を潰しますか」

「潰さねえよ、仕入れを戻せば」

 彼は椅子から立った。天井が低いので、また少し頭を下げた。

「でもな。三日で行列だ。すげえよ。オレにはできない」

「……」

「四か月後に誰もいなくなったとき、あんた、まだここに来るか」

 篠田くんは、即答した。

「来ます」

「即答だな」

「ずっと来てるんで」

 ドパガキは、少し黙った。鰹節の匂いが、その分だけ濃くなった気がした。

「じゃあ、いい」

 彼は、篠田くんの肩の高さまで視線を落とした。

「バズは終わる。終わったあとに残る客が、店の売り上げだ」


 彼は、そのあと三十分かけて、丸尾さんに三つのことを説明した。

 行列の客のうち何割が二度目に来るか。仕入れをどう戻すか。そして、三週間のあいだに何をすべきか。

「常連の名前と顔を、この三週間で覚えてください」

 彼は、珍しく敬語だった。

「二百人来ても、二度目に来るのは十人です。……その十人だけ覚えてください」


 三週間後、行列は消えた。十一月に私が店の前を通ったとき、店は開いていた。客は三人いた。そのうち一人は、篠田くんだった。


 帰り道、私はまだその三十分のことを考えていた。

「十人、覚えられたかしら」

「知らね」

「三十分も説明してたのに」

「あれは説明じゃねえよ」

 彼は、歩幅を変えずに続けた。

「あのじいさん、四十年やってんだよ。オレより知ってる」

「じゃあ、何を説明してたの」

 彼は、少し考えた。

「数字のほうが嘘だってこと」


 彼は自販機の前で止まった。

「うわ」

「今度は」

「猫が乾物食ってる」

「あげちゃだめでしょう」

「じいさんがあげてる」

「……どこの?」

「あの店だ。さっき上げてた」

「……篠田くんが撮ったのね」

「たぶんな。……四百回しか回ってねえ」

 彼は、その動画を七回見た。

 十八分動かなかった。四百回のほうを、七回である。八千のほうも、千二百のほうも、この人は一度しか見ていない。四百回の、じいさんが猫に乾物をやっている動画を、七回である。私は、その差を数えた。数えただけで、意味は聞かなかった。


 なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。