コンビニの深夜二時
七月。国道沿いのコンビニの動画が、炎上した。
深夜のバックヤードで、店員が商品を粗末に扱っている十五秒である。顔は映っていない。だが制服と、店の内装は映っていた。
四日で二百三十万回再生された。店は一週間休業した。
「あの店、うちの生徒が三人働いてます」
三浦亮太は、生徒会室の窓を開けてから、そう言った。七月の教室は、開けても暑い。
「映ってるのは?」
「一人です。二年の子です。……もう辞めました」
「辞めさせられたの?」
「自分で辞めました。誰も辞めろって言ってないのに」
依頼人は、その子の同僚だった。
三年B組の芝くんである。夜勤に入っていた。目の下に、はっきりと影があった。その影に、私は一年間気づいていない。三年の七月で、夜勤である。この人は、たぶん学校でも寝ている。私はそれを注意する側の人間だった。注意する前に、なぜ寝ているのかを聞いたことは一度もない。
「あいつがやったのは事実です。かばう気はないです」
彼は、最初にそう言った。
「やったのは本当です。……でも」
彼は、そこで一度、目をこすった。
「撮ったやつが、まだそこにいるんです」
「一つめ、BGM」
ドパガキは音声を拡大した。
「店内BGMが入ってる。……で、曲が三曲ぶん入ってる」
「十五秒なのに?」
「切ってつないでるからだ。十五秒の中に、三つの時間帯が混ざってる」
彼は、波形を三つに分けた。分けられて、初めて私にも継ぎ目が見えた。
「一本の動画じゃない。三回撮ったのをつないでる」
「三回」
「三日ぶんだ。……店内BGMは月替わりで曲順が決まってる。曲の位置で日付が出る」
「二つめ、自動ドア」
彼は、音量を上げた。
「三つのうち、二つに自動ドアの音が入ってる。……客が来てる」
「深夜二時に」
「深夜二時に。……で、レジの音が入ってない」
「意味があるの」
「ある。客は来たけど、レジに誰も立ってないってことだ」
彼はスマホを机に置いた。
「バックヤードに二人いるんだよ、そのとき」
「三つめ、画角」
彼は、映像の高さを測った。
「カメラの高さ、床から百四十センチくらい。……手に持ってない」
「置いてる?」
「棚だな。……で、三回とも同じ高さだ」
彼は、三本を縦に並べた。三つの画面の水平線が、定規を当てたように揃っていた。手で持てば、こうはならない。三日連続で同じ棚の同じ位置に置くというのは、置く場所を覚えているということである。覚えている人は、その棚を毎日見ている人だった。
「三日連続で、同じ場所に、同じ高さで置いてる。……待ち構えてる」
「で、決定打」
彼は、最後の一本の、最後の〇.四秒を止めた。画面の隅に、白い影が入っていた。
「これ、手だ」
「誰の?」
「撮ってる奴の。……カメラを取りに行ってる」
彼は拡大した。粒が大きくなって、白い帯が二本になった。
「手首に、細いバンドが見える」
芝くんが、そこで息を吸った。
「それ」
「知ってんの?」
「腱鞘炎のサポーターです」
彼は、自分の手首を押さえた。
「店長です」
店長は、四十代の男性だった。
彼は認めた。認めるまでに、少し時間がかかった。バックヤードの、あの棚の前で話した。
「バイトが辞めなくて困ってたんです」
彼は、段ボールの縁を指でなぞりながら喋った。
「人件費を削れって本部から言われてて。でも自分から辞めさせるのは面倒で。……あいつ、態度が悪かったんで」
「それで、三日撮ったんですか」
「一日目は撮れなかったんです。二日目も中途半端で。三日目にやっと」
彼は、淡々と言っていた。それが一番、私には応えた。悪いことをしたという口ぶりではない。困っていて、手段を選んだ、という口ぶりである。人件費を削れと言われて、辞めさせるのが面倒で、三日撮った。順番に並べると、どこにも飛躍が無い。飛躍が無いのが、こわかった。
「二百三十万回だとは思わなかったです。店、休業になっちゃって」
ドパガキは、店の前のブロックにしゃがんでいた。
中には入らなかった。七月の夜で、店の光だけが白かった。
「わかるよ。人を辞めさせんのはしんどい。オレも嫌だ。……で、動画にすれば、自分が言わなくて済む」
彼は、店長を見上げた。
「でもさ」
「はい」
「時給千円のために深夜二時にいる人間を、十五秒で終わらせんな」
店長は、何も言わなかった。自動ドアが一度開いて、閉まった。誰も入ってこなかった。
「あいつ、態度悪かったんだろ。それは本当だと思う。……でも、二百三十万人はそれを知らねえよ」
彼は立ち上がった。
「二百三十万人が見たのは、あんたが三日かけて作った十五秒だけだ」
店は再開した。店長は本部から処分を受けた。
辞めた二年生は、戻らなかった。別のバイトを始めたと聞いている。
「戻ってこないのね」
私が言うと、芝くんは首を振った。
「戻れないですよ。……あいつがやったのは、本当なんで」
帰り道、私はそれを引きずっていた。飛躍の無い話のどこで止めればよかったのかが、私にはわからなかった。
「それでいいの?」
「よくねえだろ」
「じゃあ」
「よくねえけど、両方本当だからな」
彼は、歩幅を変えずに続けた。
「あいつはやった。店長は仕掛けた。……どっちも本当だ」
「どっちが悪いの」
「知らね」
彼は自販機の前で止まった。
「オレは、どっちが悪いかを決める役じゃねえよ」
「じゃあ、何をする役なの」
彼は、少し考えた。
「何があったかを言う役」
彼はスマホを取り出した。
「うわ」
「今度は」
「猫がコンビニにいる」
「入っちゃだめでしょう」
「店長が入れてる」
「……いい店長ね」
「別の店長だ」
彼は十一分動かなかった。私は、深夜二時のバックヤードを、一度も見たことがないと思った。見たことがないのに、二百三十万人と一緒に十五秒だけ見た。見た場所は、あの十五秒しかない。あの十五秒しか知らない人間が二百三十万人いて、そのうちの一人が私だった。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




