落とし物の写真
学校のアカウントは、月に一度、落とし物の写真を上げる。
たいていは一週間で引き取られる。三週間残っているものがあると、事務室から風紀委員に連絡が来る。
五月の終わりに来たのは、鍵だった。
「鍵束です。三本」
事務の人は、写真ではなく現物を出してくれた。透明な袋に入って、口が輪ゴムで留めてあった。
金属のリングに、鍵が三本。それと、色の褪せた四角いキーホルダー。
「三週間、誰も来ないの」
「来ないですね。写真も上げてるんですけど」
私は、その袋を写真に撮った。
家の鍵を三週間放置する人がいるとは、私には思えなかった。
「一つめ、本数」
ドパガキは写真を拡大した。
「三本ある。……で、形が違う」
「違うと何かわかるの」
「わかる。一本目、ギザギザが片側だけ。これは自転車か、ロッカーの鍵だ」
彼は、指で二本目に移った。
「二本目、両側にくぼみがある。家の鍵だ。しかも新しめの」
「三本目は」
「三本目が変だ」
彼は、そこを大きく拡大した。ギザギザの山が、丸くなっているのが私にも見えた。
「古い。摩耗してる。……あと、リングの通し穴が広がってる」
「意味があるの」
「ある。長く同じリングに付いてるってことだ。……十年単位だ」
「二つめ、キーホルダー」
彼は四角い樹脂を拡大した。
「色が抜けてる。片面だけ」
「日焼け?」
「日焼けだ。ポケットじゃなくて、鞄の外に付けてたってことだ。何年も」
「じゃあ、その人の大事なもの?」
「大事だったな。……で、もう鞄には付いてない」
「え?」
彼は、キーホルダーの縁を指した。私には、金具の傷が二つあるようには見えなかった。彼が指をずらして、二度なぞって、ようやくわかった。
「金具の跡が二つある。一つは古い。もう一つは新しくて、短い」
彼はスマホを机に置いた。
「一回外して、また付けてる。……最近だ」
「三つめ、リング」
彼は最後に、金属の輪を見た。
「鍵が三本。でも、リングの摩耗跡が四つある」
「四つ?」
「一本、外されてる。……で、外された跡が一番浅い」
私は、そこで少しずつわかりはじめた。
「一本だけ、最近付けて、最近外したのね」
「そう」
彼は袋を持ち上げて、光にかざした。
「で、決定打。……この鍵束、落ちてた場所は?」
事務の人は、記録を見てくれた。
「三階の女子トイレの、窓の桟です」
「窓の桟」
「そう。掃除の人が見つけて」
私はドパガキを見た。彼は表情を変えなかった。
「落ちてねえよ、それ」
彼は、袋を机に戻した。
「置いてある」
持ち主は、二年D組の永田さんだった。
割り出したのは、ドパガキではない。三浦亮太が、一年分の落とし物の記録と、部活の集合写真を照合して見つけた。写真の隅に、同じキーホルダーが写っていたのである。
「僕、こういうの得意なんで」
彼は、そう言った。私は、少し感心した。感心してから、一年生にこれをやらせている自分について、少し考えた。
永田さんは、生徒会室で鍵束を見て、しばらく黙っていた。窓の外で、六月に入る前の雨が降りはじめた。
「取りに来なかったのは」
私が聞くと、彼女は首を振った。
「取りに行けなかったです」
「なんで」
「取ったら、また持たないといけないんで」
三本目の鍵は、彼女の祖父の家のものだった。
「二年前に亡くなって」
彼女は、袋の口の輪ゴムを指で押さえていた。
「家、まだあるんです。誰も住んでないんですけど、売る売らないで揉めてて。……鍵、私が持ってて」
「行ってたの?」
「週に一回くらい。掃除して。……誰も行かないんで」
彼女は、自分の手を見た。
「三月に、売るって決まりました」
「……」
「それで、行く意味なくなって。でも鍵は持ってて。……持ってると、行っちゃうんで」
ドパガキは、鍵束を指で回していた。三本が、少し音を立てた。
「一回外したよな。三本目」
「はい」
「で、また付けた」
「……付けました」
「で、三本ごと置いた」
彼女は答えなかった。雨の音が、少し強くなった。
「わかるよ。捨てられねえもんはある」
彼は、鍵束を机に置いた。
「オレも、もう無いアカウントを毎日開いてる。三年だ」
私は、その一言を、そのときは聞き流した。
「でもさ、あんた」
「はい」
「落としたんじゃなくて、置いてったんだろ」
永田さんが、顔を上げた。
「落とし物にすれば、誰かが処分してくれる。三か月経てば捨てられる。……自分で捨てなくて済む」
彼は、鍵束を彼女のほうに押した。
「返すぞ、これ」
「……」
「捨てるのは、あんたが自分でやれ」
永田さんは、鍵束を持って帰った。
三本目を捨てたのかどうか、私は知らない。聞いていない。
ただ、六月に廊下ですれ違ったとき、彼女の鞄には、あの色の褪せたキーホルダーが付いていた。
鍵が何本ぶら下がっていたかまでは、見なかった。
帰り道、雨は上がっていた。
「返してよかったの?」
「よくねえだろ、たぶん」
「え」
「持ってたら、また行くぞ、あいつ」
「じゃあ」
「でも、落とし物として処分されるのは違うだろ」
彼は、水たまりを避けなかった。
「二年ぶんだぞ、あれ。……三か月放置で捨てるもんじゃねえよ」
彼は自販機の前で止まった。
「うわ」
「今度は」
「猫が鍵くわえてる」
「どこの鍵よ」
「わかんね。猫は開けらんねえのに持ってる」
「……」
「そういうもんだろ」
彼は十二分動かなかった。私は、その十二分のあいだに、彼が「もう無いアカウント」と言ったことを、一度だけ思い出した。無いものをどうやって見るのかは、私にはわからない。
そして、聞かなかった。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




