駅前の三分間
五月の連休明け。駅前で、うちの一年生が大人に絡まれた。十一本の動画が上がった。そして、絡まれた側の生徒が、悪者になった。
一年A組の大槻くんは、生徒会室の椅子を一つ、うしろに引いてから座った。
背が高くて、体格がいい。座っても、私より頭一つ大きかった。たしかに、怒鳴りそうに見える見た目である。それが不利に働いていた。
「僕が先に怒鳴ったことになってます」
「怒鳴った?」
「怒鳴りました。……でも、その前があるんです」
「前?」
「動画、全部、僕が怒鳴るところから始まってるんです」
「十一本、寄こせ」
ドパガキは、机に伏せたまま手を出した。
「もう見ました。全部同じです」
「同じなわけねえだろ。十一人が別々の場所で撮ってんだよ」
彼は起き上がった。
「一本ずつ見るんじゃない。十一本を一本にする」
「一つめ、音」
彼は十一本を同時に流した。生徒会室が、急にうるさくなった。同じ怒鳴り声が、少しずつずれて十一回聞こえる。
「うるさいわね」
「黙って。……音の中に、共通の一点を探す」
三十秒ほどして、彼は指を止めた。
「ここだ。全部に入ってる」
私には、車のクラクションに聞こえた。彼にはそうではなかったらしい。
「駅前のロータリー、バスの発車ベルだ。この一点で十一本を揃える」
彼は、十一本の再生位置を少しずつずらした。そして、もう一度流した。十一の怒鳴り声が、一つになった。
「二つめ、画角」
彼は、十一本の位置を地図に落とした。点が、ロータリーを囲むように並んだ。
「撮ってる位置がわかる。ロータリーを囲むように、十一人」
「一人ずつ?」
「二人組が二つある。実質九か所だ」
彼はスマホを机に置いた。
「で、三分十二秒ぶんの映像が繋がる。……ただし」
彼は、時間軸の左端を指した。
「一番早い一本が、騒ぎの三十秒後から始まってる」
「三つめ、最初の三十秒」
「誰も撮ってないってこと?」
「誰も撮ってない。怒鳴り声が聞こえてから、撮りはじめてる」
彼は、十一本の開始時刻を並べた。
「一本目が〇秒として、二本目が四秒後、三本目が七秒後。……そこから団子だ」
「音を聞いて、スマホを出したのね」
「そう。十一人が、怒鳴り声で反射的に構えた」
彼は、そこで初めてこちらを見た。
「で、その三十秒前に何があったかは、この十一本のどこにも入ってない」
「じゃあ、証明できないの」
「できる」
彼は一本目に戻した。
「一本目の撮影者、ロータリーの西側にいる。バス停の裏だ。……で、この人、撮る前からそこにいた」
「わかるの?」
「わかる。手ブレの落ち着き方だよ」
彼は、最初の二秒をもう一度流した。
「走ってきた人間は、最初の二秒が揺れる。息が上がってるからな。……この人は、最初から安定してる」
私は、それを三回見た。三回目で、たしかに、この一本だけが静かだと思った。他の十本は、最初の一、二秒で画面の縁が揺れる。走ってきた人の呼吸である。一本だけ、その揺れが無い。無いというのは、その人が最初からそこに立っていたということだった。
「ずっとそこにいたんだよ。……三十秒前も」
一本目を撮ったのは、東雲高校の三年生だった。
彼女はバスを待っていた。そして、最初の三十秒を見ていた。
「先にぶつかったのは、あのおじさんです」
彼女は、あっさり言った。手にはまだ定期入れを持っていた。
「肩がぶつかって、その人が『邪魔だ』って。それで、その子が『すみません』って言ったんですけど、まだ言われてて」
「三十秒?」
「三十秒くらいです」
「なんで撮らなかったんですか」
私が聞くと、彼女は少し考えた。
「撮ろうと思わなかったです」
彼女は、定期入れを鞄にしまった。
「怒鳴るまでは、事件じゃないと思ってたんで」
彼女の証言は、十一本の映像と時刻が合った。大槻くんについての話は、二週間で止まった。
帰り道、彼は珍しく先に口を開いた。
「十一人が撮ってた」
「うん」
「誰も止めてない」
五月の夕方は、まだ明るい。彼は、歩幅を変えずに続けた。
「三分十二秒だ。九か所から。……全員、構えてただけだ」
「止められたと思う?」
「知らね。オレも止めねえと思う。……オレも、たぶん撮る」
「……」
「でもさ、あんな」
彼は、そこで足を止めた。
「あれ、三分十二秒だぞ」
「うん」
「十一人いて、三分だ。……一人が二十秒喋りゃ、四回止められる計算だ」
彼は歩き出した。
「計算はできるんだよ。できるだけだけど」
大槻くんには、私が最後に会った。
「最初の三十秒、記録がなかったのよ」
「知ってます」
彼は、廊下の窓の外を見ていた。
「僕が悪いってことになったのは、そこがないからです」
「……でも、あなたは覚えてるでしょう」
彼は、少し黙った。
「覚えてます」
「なら、いいわ」
私はそう言ってしまってから、それが何の慰めにもならないことに気づいた。彼は「はい」と言った。それだけだった。
彼は自販機の前で止まった。
「うわ」
「今度は」
「猫が絡まれてる」
「かわいそうでしょう」
「五人が撮ってる」
「……止めなさいよ」
「猫は勝ってる」
彼は十五分動かなかった。私は、五人という数を、十一人と比べていた。猫のほうは五人で、駅前は十一人である。どちらも、撮っている人数だった。止めている人は、どちらにもいない。数が半分になっても、やることは同じらしい。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




