三年C組
四月。私たちは三年になった。
クラス替えの結果、私と土場我輝は、また同じクラスになった。三年C組である。
教室は三階に上がった。窓から見える景色が、去年より少しだけ遠い。
彼は初日から机に突っ伏していた。教室が変わったことに気づいているのかどうか、私にはわからなかった。
三日目に、伊丹まゆが言った。
「このクラス、もう派閥できてるよね」
三日である。彼女は牛乳を飲みながら、それを言った。
「三日でできるものかしら」
「できてる。三つある」
彼女は、パックを机に置いた。
「窓側の五人と、後ろの六人と、あと廊下側の四人」
私は教室を見回した。窓側の五人は、たしかに机をくっつけて弁当を食べていた。後ろの六人は、誰かの画面を囲んでいる。廊下側の四人は、四人とも立っていた。
言われてみれば、そう見えた。
そして、言われるまで、私にはまったく見えていなかった。三年間、この教室で、私は誰の席が誰の隣かを一度も気にしたことがない。
「クラス替えって、けっこう読めるんだよな」
ドパガキが顔を上げた。珍しく、自分から喋った。
「読める?」
「オレ、これ毎年やってる」
彼はノートを一枚破って、何か書きはじめた。破り方が雑で、端がぎざぎざになった。
「何してるの」
「二週間後の予想」
「一つめ、座席」
彼は座席表を書き写した。字が汚い。四十人分を、五分で書き終えた。
「人間関係の八割は、距離と回数で決まる。近くて、よく会う奴と仲良くなる。それだけだ」
「そんな単純じゃないでしょう」
「単純だよ。おすすめ欄と同じだ」
彼は、淡々と続けた。
「アプリは、あんたがよく見たものを出す。人間も、よく見た顔を好きになる。仕組みが同じなんだよ」
「二つめ、相互フォローの発生順」
彼はスマホを出した。
「始業式の日から今日までに、このクラスで何件の相互フォローが発生したか。十九件だ」
「調べたの?」
「調べた。……で、その十九件、席が三つ以内の組み合わせが十四件」
私は、座席表を見た。四十人の中の十四件が、たしかに近い場所で固まっていた。地図を見せられて初めて、道の形がわかるのに似ていた。
「残りの五件は」
「中学が同じ奴だ。距離の代わりに、回数がある」
「三つめ、時間帯」
彼は、十九件の発生時刻を並べた。
「フォローが増えるのは、朝の八時二十分と、昼の十二時四十分と、夕方の十六時十分」
「休み時間ね」
「そう。顔を見た直後に押してる」
彼は、書きあがった紙を折った。三つ折りにして、封筒に入れた。封筒は、生徒会室の備品である。
「二週間後のこのクラスの図だ。誰と誰がくっついて、誰が余るか」
「余る、って書いてあるの?」
「書いてある」
私は、その封筒を受け取った。少し重かった。
二週間後に、開けた。
十六人の名前が、四つのかたまりに分かれて書いてあった。
十四人が、当たっていた。
「気持ち悪いんだけど」
「だろ」
「あなた、これ毎年やってるの?」
「毎年やってる。中学からだから、六回目」
「当たるの?」
「だいたい当たる。八割五分くらい」
彼はノートを閉じた。
「外れるのは、毎年二人か三人」
「外れるのは、どういう人?」
彼は、少し考えた。
「理由がない奴だな」
「理由?」
「席が近いわけでも、中学が同じわけでも、部活が同じわけでもない。なのにくっついてる。……予想できない」
彼はスマホを取り出した。
「そういうのは、たいてい長く続く」
「なんで」
「距離と回数でくっついた関係は、距離と回数が無くなると終わるからだよ」
彼はスワイプした。
「クラス替えで消えるだろ、毎年。あれだ」
私は、そこでひとつ気になった。
「じゃあ、私とあなたは?」
彼は、画面から目を離さずに答えた。
「あんたは外れるほうだ」
「え」
「オレら、席が近かったこと、一回もねえよ」
私は、思い返した。
一年のときも、二年のときも、三年になってからも。彼の席は、いつも教室の後ろの端で、私の席は、いつも前から三番目である。
「中学も違うし、部活も入ってねえし、成績も真逆だ」
彼は、そこで一度だけ画面から目を上げた。
「予想できねえよ、あんたは」
十四人が当たって、二人が外れた。
外れた二人は、席が教室の対角にあった。中学も違う。部活も違う。五月の連休明けから、二人はいつも一緒にいる。
いまも仲がいい。私はその紙を、いまも持っている。
帰り道、彼が珍しく先に喋った。
「あのさ。予想の紙な」
「うん」
「毎年書いて、毎年捨ててた」
「そうなの」
「うん。……人に渡したの、初めてだ」
「なんで渡したの」
彼は、少し黙った。三歩ぶんくらい黙った。
「知らね」
彼は自販機の前で止まった。
「うわ」
「今度は」
「猫が二匹くっついてる」
「かわいいわね」
「席が近いだけだぞ、これ」
「そういう見方やめたら?」
「無理」
彼は十四分動かなかった。十四分を、私は数えていた。四月の風がまだ冷たいことを、そこで思い出した。
なお彼は、翌週にはこの予想のことを、きれいさっぱり忘れていた。




