卒業生の投稿が続いている
三月の終わり。春休みに入って、学校には誰もいない。
生徒会室の窓を開けると、グラウンドの土の匂いがした。誰も走っていないのに、匂いだけがする。
私が書類の整理をしていると、三浦亮太が来た。この子は春休みも来る。ドアの音だけで誰が来たのかがわかるようになったのは、いつからか私にもわからない。
「先輩、怖い話していいですか」
「よくない」
「死んだ人のアカウントが動いてるって話です」
私は、手を止めた。
海野という卒業生がいる。
三年前に卒業した。私は会ったことがない。そのアカウントが、いまも毎週水曜日に投稿している。
「写真が全部、在学中のなんです」
三浦亮太は、椅子に座らずに立ったまま喋った。
「三年前の制服で、三年前の校舎で。……で、たまに季節が合わないんです。真冬に半袖の写真が上がったり」
「本人が上げてるんでしょう」
「三年前に県外に出たきり、連絡取れないらしいです。同期の人も、誰も会ってないって」
「死んでねえよ」
ドパガキは、春休みも学校に来ていた。図書室のエアコンの下である。
「なんで断言できるの」
「死んでたら、もっと騒がれてるからだよ。……で、これ、予約投稿だ」
「三年分の?」
「無理だ。予約投稿には上限がある」
彼はスマホを机に置いた。図書室の机は、生徒会室のより広い。
「どのアプリも、せいぜい一か月から三か月先までしか予約できない。三年分は入らない」
「じゃあ」
「誰かが定期的に入れ直してる」
「一つめ、間隔」
彼は三年分を並べた。
「毎週水曜、十九時ちょうど。秒までぴったりだ。これは機械」
「予約ってこと」
「予約だ。人間は秒まで揃えらんない」
「二つめ、切れ目」
彼はカレンダーを出した。三年分が、横に長く伸びた。
「三年分の中に、十四回だけ、投稿がずれてる週がある」
「ずれてる?」
「水曜じゃなくて木曜になってる。一日遅れだ」
私は、その十四回を数え直した。三年で十四回である。年に五回に満たない。百五十六回のうちの十四回だから、九割は忘れていないことになる。九割続けている人を、私は忘れっぽい人とは呼ばない。呼ばないが、この人はたぶん、その十四回のほうを覚えている。
「予約が切れて、慌てて入れ直した週だよ。……十四回、誰かが忘れた」
「三つめ、ずれた日」
彼は、十四回の日付を並べ直した。
「一月一日の週。八月十五日の週。あと、五月と九月の連休」
「盆と正月」
「そう。この人、休みの日に忘れてる」
彼は、そこで初めてこちらを見た。
「三年間、毎月、他人のアカウントに写真を入れ直してる人間だ。……で、盆と正月だけ忘れる」
「働いてる人?」
「働いてる人か、実家に帰る人だ」
「で、決定打」
彼は、写真のストックを数えた。番号を追う指が、少し速くなった。
「三年で百五十六枚上がってる。全部、三年前の在学中の写真だ」
「はい」
「……残り、あと十一枚しかない」
「え?」
「同じ日に撮られた連番だからな。番号を見りゃ、全部で何枚あったかわかる。百六十七枚だ」
彼はスマホを置いた。
「三か月後に、この投稿は終わる」
入れ直していたのは、海野の同期の加瀬という人だった。
いまは市内で働いている。私たちが連絡すると、あっさり会ってくれた。駅前のチェーン店である。制服でない姿は、私には知らない人に見えた。
背が高くて、痩せていて、二十一歳には見えないほど落ち着いた人だった。指に、細かい傷が何本かあった。
「頼まれたんです」
彼は、コーヒーに手を伸ばして、結局飲まなかった。
「卒業式の日に。『これ、続けといてくれ』って。写真のデータと、パスワードと」
「三年間、続けたんですか」
「はい」
「本人からは」
「一回も来ないです」
彼は少し笑った。
「三年前のあの日から、一回も」
「連絡先、知ってんの?」
「知ってます」
「送らねえの」
「送らないです」
彼は、まだコーヒーを見ていた。湯気は、もう出ていなかった。
「送ると、『まだやってんの?』って言われそうで」
ドパガキは、しばらく黙っていた。
「三年だぞ」
「はい」
「百五十六回だ。毎月入れ直して、盆と正月だけ忘れて、三年」
「そうですね」
彼は、テーブルに肘をついた。
「それ、愛着じゃなくて仕事だぞ」
加瀬さんが、顔を上げた。
「愛着でやってる奴は、三年ももたねえよ。もっと早く飽きるか、もっと早く連絡する。……あんたのは、頼まれたからやってるだけだ」
「……そうかもしれないです」
「うん。で」
彼は、コップを置いた。
「あと十一枚しかない」
加瀬さんの手が、止まった。
「三か月で終わる。……終わったら、あんた、あいつと何も繋がってねえよ」
加瀬さんは、何も言わなかった。長い沈黙があった。店の有線が、二曲ぶん進んだ。
「気づいてました」
彼は、ようやくそう言った。
「……」
「去年から、写真、二枚使いにしようか迷ってて。同じのを二回上げたら、あと二年もつなって」
彼は笑った。今度は、少しちゃんと笑った。
「馬鹿でしょう」
「馬鹿だな」
ドパガキは即答した。
「でも、十一枚しかないって、あんた知ってたんだよな」
海野さんのアカウントは、六月に止まった。最後の一枚は、三年前の卒業式の写真だった。
その二週間後、アカウントに新しい投稿が上がった。三年前の制服ではない。県外の、知らない街の写真だった。
投稿者は本人である。加瀬さんが送ったのかどうかは、聞いていない。
帰り道、私はそれを聞いた。
「送ったと思う?」
「送ったろ」
「あなた、何も言ってなかったのに」
「言わなくても送るだろ、あれは」
彼は自販機の前で止まった。
「うわ」
「今度は」
「猫が三年前の写真上げてる」
「猫が?」
「飼い主が」
彼は、そこで少し黙った。
「……猫、もういないんだな、これ」
彼はその日、二十一分動かなかった。二十一分は、彼の記録の中でも長いほうである。猫がもういない、と彼は言った。言ってから、画面を閉じなかった。飼い主が三年前の写真を上げ続けているアカウントを、この人は二十一分見ていた。今日聞いた話と、同じ形である。同じ形だと本人が気づいていたかどうかは、聞かなかった。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




