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卒業式の二十四時間

 三月一日の卒業式には、投稿が四百件を超えた。

 そのほとんどが、二十四時間で消える種類のものである。写真、短い動画、教室の落書き、泣いている顔。翌日には、跡形もなく消える。

 一週間後、それが全部残っているという話が回ってきた。


「誰かが保存してるらしいです」

 三浦亮太が、そう言って生徒会室に入ってきた。上着を着たままである。まだ寒い。

「全部?」

「四百件全部だそうです。三年の何人かが怖がってて」

 私も、少し嫌な気持ちになった。

 消える前提で上げたものを、誰かが黙って集めている。理由が善意でも、気持ちのいい話ではない。


「一つめ、噂の出所」

 ドパガキは、机に伏せたままだった。

「保存してるって噂は、どこから出た」

「三年の一人が、卒業生の集まりで見せられたって」

「見せられた?」

「はい。『これ、卒業式の日の』って」

 彼は起き上がった。

「じゃあ簡単だ。見せた奴を辿ればいい」

「それが、卒業生じゃないんです」

 三浦亮太は、そこで少し声を落とした。

「その集まりにいた、先生だそうです」


「二つめ、保存の形」

 彼は、三年生から借りたスクリーンショットを見た。

 保存された画像の一覧である。整然と並んでいた。整然としすぎていた。

「ファイル名を見ろ。日付、時刻、アカウント名だ。手で付けてない。自動化してる」

「先生が?」

「できるだろ、それくらい。難しくねえよ」

「三つめ、枚数」

 彼はスクロールした。一覧の下端に、フォルダの階層が少しだけ見えていた。

「十一個ある」

「十一?」

「年度別だ。十一年分ある」


 苅田先生は、否定しなかった。

 放課後の職員室で、彼女はノートパソコンを開いて、私たちに見せた。加湿器の音が、話し声より大きく聞こえた。

 十一個のフォルダがあった。一番古いのは、十一年前である。フォルダの名前は、年度の数字だけだった。飾りが一つもない。作った順に、上から下へ並んでいる。十一段である。私は、その十一段をしばらく見ていた。十一回、この人は同じ作業を三月にやっている。

「気持ち悪い?」

 先生は、画面をこちらに向けたまま聞いた。

「……正直、少し」

「そうよね」

 彼女は、笑わなかった。


「なんでやってるんですか」

 先生は、しばらく画面を見ていた。マウスに手を置いたまま、動かさなかった。

「一年目に、教え子から電話が来たの」

 彼女は、画面を閉じなかった。

「卒業して三年目の子。『卒業式の日の写真、ありませんか』って」

「……」

「あの日、みんな撮ってたのよ。でも、消える設定で上げてたから、全部消えてて。誰も持ってなかった」

 彼女は、マウスから手を離した。

「その子のお母さんが、亡くなってて。卒業式に来てたの。……それが最後だったんだって」

 私は、何も言えなかった。

「渡せなかったから、次の年から、保存してる」


「で、何回聞かれた」

 ドパガキが言った。先生は、そこで初めてこちらを見た。

「え?」

「十一年やってんだろ。何回、聞かれた」

 先生は、少し黙った。加湿器が、ちょうど水を吸う音を立てた。

「……一回も」

「一回も?」

「一回も」

 彼女は、そこで初めて笑った。うまく笑えていなかった。

「みんな、消えることに納得してるのよ。消えるから上げてるんだもの。……欲しがる子は、いない」


 ドパガキは、天井を見ていた。職員室の天井は、教室のより低い。

「わかるよ。オレも消えたやつを探し続けてる。三年」

 先生が、こちらを見た。私は、その視線を受け止められなかった。目を伏せたので、そのあとの先生の顔は見えなかった。

「見つからねえけどな」

 彼は肩をすくめた。

「で、先生。あのさ」

「なに」

「それ、卒業アルバムだよ」

 先生の手が、止まった。

「学校が作ってるやつは、綺麗な顔しか載ってねえだろ。式典と、集合と、部活の。……そっちには、泣いてるとことか、落書きとか、廊下で座り込んでるやつは載らない」

 彼は画面を指した。

「四百件のほうが本物だ。……先生、十一年ぶん、勝手に作ってんだよ」


 苅田先生は、そのフォルダを生徒会に預けることにした。条件を三つ付けた。

 本人からの請求以外では開かないこと。請求のない年度は、十年で消すこと。そして、保存していることを公表すること。

 三つ目が、たぶん一番重要だった。

 三月の終わりに、学校のアカウントに一行だけ告知が出た。

『卒業式当日の投稿を、希望者のために保管しています。請求は事務室まで。』

 その年度末に、請求は二件あった。十一年目にして、初めてである。


 帰り道、私はその数字を持て余していた。

「二件、多いの?」

「多くねえよ」

「うん」

「でも、十年ゼロだったのが二件だぞ」

 彼は、指を二本立てた。

「増加率、無限大だ」

「そういう計算するの、あなただけだと思う」

 彼は自販機の前で止まった。

「うわ」

「今度は」

「猫が卒業してる」

「猫は卒業しないでしょう」

「帽子かぶってる」

「……それは人がかぶせたのよ」

「そうだよ。猫は嫌がってる」

 彼は十三分動かなかった。十三分を、私は数えていた。その隣で、自分の卒業式のことを考えていた。まだ一年先である。一年先に、私も何かを上げて、それが二十四時間で消えて、先生のフォルダの十二個目に入る。入ることを、私はいま知っている。知っていて上げるのは、たぶん、知らずに上げるのとは違う。


 なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。私は、卒業式の日に自分が上げた三件を、思い出せない。

 一年後、事務室に請求することになる。


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