制服のリセール
うちの制服がフリマアプリに出ている、と教頭が言い出した。
二月の職員室は、暖房と加湿器で息が重い。私はその中で二十分立たされていた。加湿器の音が、二十分のあいだずっと聞こえていた。
「卒業生でしょう」
私はそう答えた。毎年ある話である。
「それが、サイズが在校生なのよ」
出品は三点だった。
ブレザー一着、スカート一着、リボン一本。写真は五枚。畳の上に広げて撮られていた。畳の色が、写真の下三分の一を占めている。制服を畳に広げて撮るというのは、机が無いか、机の上が埋まっているかである。私はそのとき、そこまで考えなかった。畳が写っていることに、何の意味も見ていなかった。
「卒業生が三年前のを出してるだけじゃ」
「名札の縫い跡が新しいの。去年か一昨年のもの」
教頭は、本気で困っていた。制服の転売は、校則に何も書いていない。書いていないから、何も言えない。
「でも、誰かが困ってるかもしれないでしょう」
その一言で、私は動くことにした。
言い方としては、たぶん、ずるい一言である。困っているかもしれないと言われて動かないでいられる人は、そんなにいない。
「一つめ、畳」
ドパガキは、写真を拡大した。緑色の面が、粗い格子になった。
「畳の目が写ってる。縁が緑で、幅が狭い」
「意味があるの?」
「ある。この幅、団地とか公営住宅で多いやつだ。一般的な家の畳より短辺が短い」
「わかるものなの」
「わかるよ。そういう動画を八千本見てる」
私は、反論をやめた。この人と数の話をして勝ったことがない。
「二つめ、照明」
彼は、写真の色を指した。全体が、わずかに黄色い。
「五枚とも、電球色に転んでる。……で、影の落ち方から、光源が一個だ。天井に一個だけ」
「それも団地?」
「そうとは限らん。でも、部屋にライトが一個しかない家だ」
「三つめ、出品時刻」
彼は履歴を出した。
「三点とも、深夜二時台。……で、この出品者、他にも売ってる」
彼はスクロールした。画面が、五回ぶん流れた。
「参考書、ゲーム機、傘、あと体操着」
「全部……」
「うちの生徒のもんだよ、全部」
「で、決定打」
彼はブレザーの写真を拡大した。袖の内側に、糸のほつれた跡がある。
「ここ、名札を外した跡だ。……で、その上に、もう一個縫い跡がある」
「二回付け替えてる?」
「そう。クラス替えのときだ。二年になってる」
彼はスマホを机に置いた。
「在校中の二年生の制服だ。しかも本人は毎日制服で来てる。……二着持ってる奴だよ」
二年D組の尾関さんは、私に話しかけられて、顔色を変えた。変わったのは一瞬で、そのあとはもう見えなくなった。
その場では、何も言わなかった。放課後、生徒会室に自分から来た。
「売りました。二着あったので」
「なんで二着あるの」
「一年のとき、母が予備でもう一着買って。……高いのに」
彼女は、膝の上で手を握っていた。爪が、深いところまで切ってあった。切ってあるというより、削ってある。この学校の女子で、ここまで短い爪をしている人を、私はほかに一人しか知らない。楽器をやっている子である。この人は、部活に入っていなかった。
「修学旅行の積立が、払えなくて」
私は、何を言えばいいのかわからなかった。
「先生に言えば」
「言えないです」
即答である。
「言うと、母が呼ばれるんで」
「……」
「母は、働いてるんです。すごく働いてるんです。それで払えないんだから、言っても、増えないんです」
ドパガキは、窓枠にもたれていた。外はもう暗い。二月の五時は、そういう時刻である。
「わかるよ」
「え」
「オレんとこも別に金ねえもん。うちは親が二人いるってだけで、あんたと大差ねえよ」
彼は、淡々と言った。同情ではなかった。ただ、事実を並べただけの言い方である。
「制服、いくらで売れた」
「八千円です」
即答だった。
「積立、いくら」
「三万二千円です」
これも即答だった。
「……四着売る気か?」
「売れるものがもうないです」
ドパガキは、そこで少し黙った。それから、窓枠から降りた。
「なあ」
「はい」
「いま、いくら残ってんの」
尾関さんは、答えなかった。
「八千円だろ」
彼女の肩が、少し動いた。
「あんた、金額を二回とも即答したんだよ。八千と三万二千。……一円も使ってねえだろ」
「……」
「使ってねえんだよ。使ったら、売ったことになるからだ」
尾関さんは、そこで初めて泣いた。声は出さなかった。この学校の子は、たいてい声を出さずに泣く。
積立金の話は、最終的に苅田先生が引き取った。
学校には、こういうときのための制度がある。使われないのは、たいてい生徒がその存在を知らないからである。
私も知らなかった。風紀委員なのに、である。尾関さんは、三月の旅行に行った。制服は、出品を取り下げた。八千円は、返金された。
帰り道、私はまだ納得していなかった。
「制度があるなら、最初から言えばよかったのに」
「誰が」
「学校が」
「言ってんだろ、たぶん。四月のプリントに一行くらい」
彼は肩をすくめた。
「四月のプリント、あんた読んだ?」
「……読んでない」
「だろ」
彼は自販機の前で止まった。
「うわ」
「今度は」
「猫が服着てる」
「猫は服いらないでしょう」
「寒いんだよ、猫も」
彼は十一分動かなかった。二月の夜で、私は自分のコートの前を閉めた。閉めてから、自分がコートを持っていることを少し考えた。制服は一着で足りる、と私はずっと思っていた。二着買う家があり、二着売る子がいる。二着あることが余裕ではないというのを、私はその日に知った。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




