↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/141

出席しているのに、いない

 七月の教室は、蒸している。

 私——鎮目静香は、その日、出席簿の代筆を担任から押しつけられていた。風紀委員は雑用係ではないと思うのだが、そういうことになっている。

 一年B組から順に、名前を目でなぞっていく。

 そして、指が止まった。

 相原景。一学期、欠席ゼロ。遅刻ゼロ。

 問題は、私がその顔を、二週間まったく見ていないことだった。


「担任に聞いた?」

「聞いた。『今日も来てたと思うけど』って」

「思う、な」ドパガキは机に突っ伏したまま、スマホを縦にしていた。「教室の動画ある? 文化祭の準備あたり」

「記録係が撮ってる。四十八分あるけど」

「寄こせ」

 彼は三倍速で流した。

「一話目は0.5倍だったでしょう」

「あれは十五秒。これは四十八分。同じ速度で見るのは頭が悪い」

 反論の余地がなかったので、私は黙った。


 十四分後、彼は再生を止めた。

「まず結論。相原景は二週間、学校に来てない。で、来てることになってる。誰かが出席を作ってる」

「作る……?」

「順に言う。一つめ、返事の位置」

 彼は音声波形を出した。私はその画面の意味がわからなかったが、彼は当然のように指を置いた。

「出席点呼のとこ。『相原』に『はい』が返ってる。でもこの声、左チャンネルが強い。カメラは教室の右前。相原の席は右列の二番目。返事は左後ろから来てる。斜め後ろの席の人間が代返してる」

「……先生は気づかないの?」

「四十人分の名前を朝の八時半に読んでる人間が、返事の方角まで聞いてるわけねえだろ」

 二つめ、と彼は続けた。

「相原のアカウント。二週間、毎日投稿がある。全部室内。全部、窓からの光の角度が同じ。十四日分の写真を、一日で撮ってる」

「予約投稿……」

「三つめ、文体」彼は投稿を並べた。「二週間前を境に、句点の前に半角スペースが入るようになってる。指の癖だ。人間はこれを意識で直せない。書いてる人間が変わってる」

 そして彼は、最後に一枚のスクリーンショットを出した。

「決定打、投稿時刻」

 二列の数字が並んでいた。

「三浦のアカウントと、相原のアカウント。この二週間、投稿がずっと十一分差で並んでる。毎日だ。一日も外れてない。……同じ人間が、片方を投稿して、十一分後にもう片方にログインし直してる」

 彼はスマホを置いた。

「三浦だよ。相原の斜め後ろの席」


 三浦亮太は、認めるのに三秒もかからなかった。

「相原、来れなくなったんです」

 彼は膝の上で拳を握っていた。

「五月の連休明けから。理由は……本人が言わないんで、俺も知らない。でも、欠席が続くと呼び出しがあるじゃないですか。三者面談とか、家庭訪問とか。あいつ、それが一番きついと思って」

「だから出席させた」

「席を、残しておきたかったんです。あいつが戻ってきたとき、なんにもなかったみたいに座れるように」

 沈黙が落ちた。

 私は何も言えなかった。責める言葉が、うまく組み立てられなかった。

 ドパガキは、天井を見ていた。それからぼそりと言った。

「あんた、それ二週間続けたんだろ」

「……はい」

「じゃあ二週間、あいつがいなくても教室が普通に回るのを、あんたが証明しちゃったな」

 三浦の顔が、白くなった。

「え」

「誰も気づかなかった。担任も、四十人も、誰も。あんたが完璧に隠したからだ。……相原が明日戻ってきて、それ知ったら、どう思う?」

「……」

「いなくても平気だったんだ、って思うんだよ」

 三浦は、そこで初めて泣いた。

 私はやっぱり何も言えなかった。ドパガキも、それ以上は何も言わなかった。


 翌日の放課後、私たちは相原の家の前にいた。

 インターホンには手が届く距離だった。ドパガキはそれを押さなかった。

 代わりに、門の横のブロックにしゃがみ込んで、スマホを縦にした。

「……押さないの」

「押さない」

「なんで」

「用がねえもん」

 彼は本当に、そのまま動画を見はじめた。一分、五分、十分。私は立ったまま、それを見ていた。蝉がうるさかった。

 二十分ほど経って、玄関のドアが、細く開いた。

 痩せた男子が、こちらを見ていた。

 ドパガキは顔も上げずに言った。

「あー、悪い。ここ日陰だから座ってただけ」

「……はあ」

「猫が寿司握ってんだけど、見る?」

 相原景は、しばらく黙っていた。

 それから、サンダルをつっかけて、門の外に出てきた。

 二人は並んで、ブロックに座った。私は結局、最後まで一言も喋らなかった。


 三日後、相原は学校に来た。

 一時間目の途中で帰ったし、次の日はまた休んだ。でも、その次の日はまた来た。

 出席簿の「出席」は、その日から本物になった。

「なあ」

 帰り道、ドパガキが言った。

「オレさ、あいつの家の前で二十分座ってただけだからな。なんもしてねえから」

「そうね」

「ほんとになんもしてない」

「そうね」

「なんで笑ってんだよ」

 私は笑っていた。自分でも、少し意外だった。


 なお、その一週間後。

 彼のもとに三件目の相談が来る。今度は消えたのが動画そのもので、しかも消えたのは、投稿から四十秒後のことだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 ドパガキ、頭良いですね!笑  面白い作品に出会ってしまった。  読んでいて推理が終わった時の解放感が凄いです!!  後、ドパガキがドパガキ過ぎて、ギャグとしても面白いです!笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。