15秒の完全犯罪
うちのクラスには、三分以上ひとつのことに集中できない男がいる。
土場我輝。通称ドパガキ。
授業中は机の下でずっと縦動画をスワイプし、教師の声は右から左。中間テストの合計点は、私の英語一科目とほぼ同じだった。脳みそはとっくにドーパミンで溶けている。
だから私は、その男に頭を下げる日が来るとは思っていなかった。
「伊丹さんの動画、消してほしいの」
放課後の教室。私——鎮目静香、風紀委員——は、机に突っ伏してスマホを縦にしている背中に話しかけた。
三日前、二年B組の伊丹さんが給食中に牛乳を吹き出す十五秒の動画が、学校の裏アカウントに上げられた。再生数は十二万。伊丹さんは昨日から学校に来ていない。
「先生も生徒会も、投稿者が特定できないって」
「ふーん」
「聞いてる?」
「聞いてない」ドパガキは画面から目を離さずに手を出した。「動画のリンク寄こして。三十秒で終わる」
彼はそれを0.5倍速で七回見た。眉ひとつ動かさず、無表情のまま、七回。
「うるさい黙って。いま脳が回ってる」
そして八回目の途中で顔を上げ、こう言った。
「犯人、あんたの前の席」
「……は?」
「順番に言うぞ。まずカメラの高さ。目線より低くて、机の天板より少し上。手で持ってたらこんな安定しない。筆箱に立てかけて放置してる。つまり撮影者は、撮ってる自覚を悟られたくない距離にいた」
「距離……」
「次、画角。伊丹の右斜め後ろから、黒板の左端が三センチだけ映ってる。この角度になる席は、後方左列の三番目か四番目。二席しかない」
彼は画面を止めた。
「三つめ、音。十二秒あたりで『カシュッ』って開栓音が入る。炭酸。給食に炭酸は出ない。撮影者の持ち込みだ」
「それだけじゃ特定は——」
「四つめ、編集」ドパガキは初めてこっちを見た。目が、笑っていなかった。「冒頭0.4秒でズームイン。テロップは白フチ二重の黄色、フォントは丸ゴシック。この組み合わせは既製のテンプレじゃない。手で設定してる。……で、この設定を毎回きっちり使ってるアカウントを、オレは一年前からフォローしてる」
「え」
「校内の切り抜きアカ。運動会も文化祭も全部上げてる。中の人、ずっと気になってた」
彼はスマホを机に置いた。
「決定打は笑い声。ラスト一秒、左チャンネルだけに『ヒッ』って息を吸う笑い方が入ってる。マイクの至近距離=撮影者本人。……あの笑い方する奴、この学年に一人しかいない」
私の背中が、冷たくなった。
心当たりが、あった。
翌日の放課後、誰もいない生徒会室。
佐倉ひかりは、学年一位で、生徒会書記で、去年の弁論大会の代表だった。
彼女は否定しなかった。ただ、机の上で指を組んで、静かに言った。
「テストで一位を取っても、誰も、何も言わないの」
「……」
「返却されて、席に戻って、それで終わり。でも動画は違う。上げた瞬間に数字が動くの。三十秒後に、もう百人が見てる。生きてる感じがする」
ドパガキは壁にもたれたまま、天井を見ていた。
「わかるよ」
低い声だった。
「オレもそれで人生溶かしてるから。夜中の二時に、猫がスシ握ってる動画を三時間見てる人間だぞ。数字が気持ちいいのは知ってる」
彼は体を起こした。
「でもさ。他人の十五秒で稼いだ数字、あれ、あんたの数字じゃねえよ」
佐倉ひかりの手が、少しだけ震えた。
「あんたの一位は、あんたのもんだろ。誰も褒めなくても、あんたのもんだ。……そっちで稼げ」
その日の夜、動画は消えた。アカウントごと、跡形もなく。
伊丹さんには「運営に凍結されたらしい」と伝えた。嘘だ。でも、私はそれを訂正しなかった。
「風紀委員が嘘ついていいのかよ」
「……あなたが言ったんでしょう」
「言ってない。オレはなんも言ってない」ドパガキは鞄を肩にかけた。「事件解決。じゃ、オレ帰る」
そして三歩あるいたところでスマホを取り出し、廊下の真ん中で立ち止まり、
「うわ、猫が寿司握ってる」
そのまま二十分、動かなかった。
これが、ドパガキ探偵の最初の事件である。
なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。




