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なりすまし

 十二月の半ば、佐倉ひかりが生徒会室に来た。

 彼女が自分から来るのは、これで二度目である。一度目は「気持ち悪いアカウントがある」と言って、十四人のフォロワーの話を持ってきたときだった。

 今度は、もっと単純な話だった。

「私のアカウントが、復活してるの」


 半年前に消したはずの、校内切り抜きアカウントである。

 同じ名前ではなかった。だが、上がっているものは同じだった。

 冒頭〇.四秒のズームイン。白フチ二重の黄色いテロップ。丸ゴシック。カットのつなぎ。サムネの切り出し位置。

「全部同じなの。フォントも、フチの太さも、影のずらし方も」

 彼女は、机の上で指を組んだ。組んでから、ほどいた。

「あれ、既製のテンプレートじゃないの。私が手で作ったの」

「じゃあ、あなたのアカウント?」

「違う」

 彼女は首を振った。

「私が上げてない映像が上がってる」


「一つめ、設定」

 ドパガキは二つを並べた。六月の投稿と、今月の投稿である。

「テロップの設定は完全一致だ。フチの太さが二段階、影が右下に三ピクセル、フォントは丸ゴシックの中太。この組み合わせ、偶然じゃ出ない」

「じゃあ本人でしょう」

「二つめ」

 彼は動画のつなぎ目で止めた。

「カット尻」

「かとじり?」

「切る前に、どれだけ余韻を残すか。佐倉のは〇.四秒残す。これは〇.一五秒だ」

 彼はもう一度再生した。言われてみれば、新しいほうは少しせっかちだった。二回目で、ようやくその差が私にも聞こえた。

「見た目は真似できる。呼吸は真似できねえよ」


「三つめ、素材」

 彼は今月の投稿を一つ止めた。

 体育祭である。生徒が走っている。どこの高校にもある映像だった。

「これ、佐倉が上げなかった素材だ」

 ひかりが顔を上げた。

「なんでわかるの」

「あんたの六月の投稿と見比べた。同じ競技を撮ってる。……でも位置が違う」

 彼は二つを並べた。同じ走者が、違う角度から映っていた。

「あんたは本部席の横。これは、反対側のフェンス際だ」

「じゃあ、私の素材じゃないわね」

「そう。……で、これが決定打だ」

 彼は画面の端を指した。


 映像の隅に、六月の佐倉ひかりが、小さく映っていた。

 カメラを構えて、走者を追っている。私が知っている彼女より、少しだけ背中が丸かった。

「半年、あんたの隣にいた奴だよ」


 一年D組の芦田さんは、放課後の教室で待っていた。

 小柄で、前髪が長い。私はその子を見たことがなかった。少なくとも、覚えていなかった。同じ校舎に八か月いて、私は一度も気づいていない。

「怒ってますか」

 彼女は、椅子に座る前にそう言った。

「怒ってはいないわ」

 私は正直に言った。実際、怒っていなかった。何を感じればいいのか、わからなかっただけである。

「先輩のアカウント、六月に消えたんです」

 彼女は、椅子の背に手をかけたまま、まだ座らなかった。

「二日待ちました。三日待ちました。……一週間経っても戻らなくて」

 彼女は、自分の指を見ていた。爪の脇が、少し赤くなっていた。

「私、あれ見るために学校来てたんで」


「半年、見てたのね」

 佐倉ひかりの声は、いつもより低かった。

「はい」

「テロップの設定、どうやって割ったの」

「スクショ撮って、拡大して、同じになるまで直しました」

「……何回」

「二百回くらいです」

 ひかりが、少しだけ息を吸った。教室の時計が、そこで一度、音を立てた。


 ドパガキは、窓枠に腰かけていた。外はもう暗くて、窓が鏡になっている。彼の背中が、そこに映っていた。

「わかるよ。消えたもんを自分で作り直すの、オレもやったことある。……無駄だぞ、あれ」

「無駄でした」

 芦田さんは即答した。

「全然、同じにならないです」

「なんねえよ。〇.二五秒ズレてる」

 彼は足をぶらぶらさせた。

「あんた、せっかちなんだよ。切るのが早い。佐倉は〇.四秒残す。あれ、見てる奴に考える時間をやってるんだよ。あんたのは、それがない」

 芦田さんは、うつむいた。

「でもさ。一年見てりゃ真似できるってのは——」

 彼は、そこで言い直した。

「半年見てても、真似できるんだな」


 佐倉ひかりは、しばらく黙っていた。それから、まっすぐ芦田さんを見て、こう言った。

「私、六月にアカウントを消したとき」

「……」

「誰も、何も言わなかったの」

 彼女は続けた。

「教室で誰かが『消えたね』って言うのも聞かなかった。十二万回再生されてたのに。無くなっても、誰も困らなかった」

 彼女は少し笑った。うまく笑えていなかった。

「一人だけ、困ってた人がいたのね」

 芦田さんは、返事をしなかった。たぶん、できなかったのだと思う。


「アカウント、消してください」

 芦田さんは、最後にそう言った。

「消さなくていいわ」

「え」

「名前だけ変えて。私のじゃないってわかるように。……テロップは、そのままでいい」

「いいんですか」

「あなたのほうが上手くなるまで貸してあげる」

 ひかりは立ち上がって、鞄を持った。

「〇.四秒。覚えておいて。私が二年かけて決めた数字だから」


 年が明けて、そのアカウントのカット尻は〇.三秒になった。三月には〇.三五秒になった。

 何年か経って、佐倉ひかりのそれより長くなる。それはまた、別の話である。


「貸すって、なんだよ」

 帰り道、ドパガキが言った。

「いいじゃない」

「よくねえよ。盗まれてんだぞ」

「盗まれたって思ってないみたいだったけど」

「思えよ」

 彼は自販機の前で止まって、スマホを取り出した。

「うわ」

「今度は」

「猫が寿司握ってる」

「またそれ」

「テロップの色が違う」

「え?」

 彼は画面を少し傾けた。

「転載のやつだ。白フチが一段しかない。……手抜きだな」

 彼は十五分動かなかった。手抜きの転載を、十五分見ていた。


 なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。


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