撮ったのは誰か
寺沢さんの話は、そこで終わらなかった。玄関の三和土は、六月でもひやりとする。
「フォロワー、十四人ですよね」
「十四人です。……いま、十二人です」
彼女は、少し目を伏せた。
「知ってます。……減ったの、気づいてました」
「一人目が減ったのは、去年の一月ですね」
「一月十四日です」
彼女は即答した。日付を確かめる時間が、無かった。
「二人目が」
「今年の三月三日です。……同じ人です」
彼女は、ドアの縁を握り直した。
「作り直して、また消えました」
「知ってたんですか」
「知ってます」
彼女は、スマホを持ち直した。
「十四人、全員知ってます。……四年間、一人も増えてないんで」
彼女は、少し肩をすくめた。
「増えないと、覚えるんで」
私は、少し言葉に詰まった。
三年前、私はこのアカウントの十四人の一覧を、スクリーンショットで撮った。見られている側も、同じものを毎日見ていた。
「消えたその人が、誰か」
「乙川さんです」
即答だった。
「知ってたんですか」
「知ってます。……四年前、一件目を上げた次の日にフォローされました」
彼女は、その画面を出そうとして、やめた。
「アカウント名、覚えてます。……あの日、教えてもらったんで」
「じゃあ」
私は、一度言葉を切った。
「四年間、乙川くんが見てると思ってたんですね」
「思ってました。……三年前に、名前が変わったんです」
彼女は、その二つの英数字を、口で言った。六文字ずつである。私は、それを聞きながら手元に書き取った。書き取った二つを並べても、私には一文字も重なりが見えない。それでも、この人には同じ人だとわかっていた。フォローが外れなかった、という一点だけを根拠にしてである。
「別の英数字になって。……でも、フォローは外れなかったんで。同じ人だと思ってました」
彼女は、また目を伏せた。
「で、去年、消えました。……消えて、また来て、また消えました」
「押されたことは」
ドパガキが聞いた。彼女は、首を振った。
「一回もないです。四年間、いいねゼロです」
彼女は、言い直した。四年間、二千件、いいねゼロ。数字だけを見れば、乙川のアカウントとまったく同じである。違うのは、この人がまだ続けていることだけだった。続いている理由は、たぶん、見ている人がいると思っていたからである。その一人は三年前からいない。いないまま、四年目が終わろうとしていた。
「十四人とも、一回も押してないです」
私は、ようやくそれを見た。三年間、私はこの二つを別の話として扱ってきた。片方は、彼が正体を言わなかったアカウントである。片方は、三月から一人ずつ辿ってきた中学生である。ノートの違うページに、違う件番号で書いてある。同じページに並べればすぐわかったことを、私は三年かけて別々に書いていた。
乙川のアカウントと、寺沢さんのアカウントは、同じ形をしている。
毎日投稿。フォロワー十四人。いいねゼロ。そして、片方は三年でやめ、片方は四年続いている。
「あの」
寺沢さんが言った。
「はい」
「十七秒の動画、乙川さんが撮ったやつじゃないです」
私は、彼女を見た。
「え?」
「乙川さんが撮ったやつじゃないです」
彼女は、もう一度言った。
「じゃあ、誰が」
彼女は、少し黙った。そして、こう言った。
「乙川さんです」
「同じでしょう」
「違うんです」
彼女は、うまく言えないという顔をした。手が、二回宙で止まった。私は、その手を見ていた。言葉が出てこないときに手が動く人と、止まる人がいる。この人は動いてから止まった。動いた二回で何を言おうとしたのかは、私にはわからなかった。
「あの日、こう言われたんです。……『これ、あの猫』って」
彼女は、目を上げて、私ではなく道のほうを見た。
「『撮ったの?』って聞いたら」
彼女は、その言い方をそのまま真似した。声を、少し低くした。
「『撮れてただけ』って」
私は、その言葉を、頭の中で三回繰り返した。撮った、と、撮れていた、のあいだには、たぶん一つだけ違いがある。前者には、撮ろうとした人がいる。後者には、いない。この人は、四万人が見た十七秒について、そこに自分がいなかったことにしていた。
撮れてただけ。
「意味、わからなかったです。私、『撮ったんですよね』って、もう一回聞いたんです」
彼女は、手を下ろした。
「そしたら」
彼女は、また同じ声を作った。
「『歩いてたら猫がいて、押しただけだから、作ってない』って」
ドパガキが、動かなくなった。
玄関先である。半歩前に出たまま、そこから動かなかった。
「作ってない」
「そう言ってました。……私、そのときは、謙遜だと思ってました」
彼女は、一度こちらを見た。
「でも、いま思うと。……本気で言ってた気がします」
三年前の最後の一行が、そこで意味を持った。
『これ、おれが作ったやつじゃないんで、消します』
「作ってない、って」
私は、その一行を思い出しながら言った。
「撮ったのは、本人なのに」
「本人です。……でも、作ってないって思ってたんです」
私は、四年前の百六十件のことを思い出した。窓の外。道。花。
構図を考えて、光の角度を選んで、毎日撮っていた百六十件である。
園芸店の主人が「光の入れ方がわかってる」と言った写真である。遠山さんが「そっちが良かった」と言った投稿である。
それが、彼の「作った」ものだった。
そして、誰も見なかった。園芸店の主人は毎日見ていて、押し方がわからないと言った。遠山さんは十一日考えて、間に合わなかった。牧田さんは一度だけ言って、それで相手が止まった。三人とも、見てはいた。見たことが本人に届いたのは、四年間で一回だけである。その一回で、この人は作るのをやめた。
そして、歩いていて押しただけの十七秒が、四万人にいった。
私は、ようやく理解した。理解して、しばらく息ができなかった。
ドパガキは、玄関の前に立ったまま、動かなかった。三分くらい、動かなかった。そして、こう言った。
「あんた」
「はい」
「あいつの、他の投稿、見た?」
寺沢さんは、少し困った顔をした。
「見てないです」
「見てない?」
「フォローされてたけど、私からはフォローしてなかったんで」
彼女は、手をドアから離した。
「向こうが、教えてくれなかったんです。……アカウント名は教えてもらったんですけど」
彼女は、少し困った顔のまま続けた。
「『こっちは見なくていい』って言われました」




