十四人目の不在
十四行の、十四行目。五月の終わりで、夜になっても寒くない。
日付が入っていない。
英数字が、六文字だけ。他の十三個より、明らかに短い。
私たちは、これに二週間かけた。そして、何も出なかった。
一つめ、検索。
出ない。消えている。痕跡も、一件もない。引用も、コメントも、返信も、フォロー欄の残骸も。
完全にゼロである。
私は、十三行目までのやり方を、全部この一行に試した。十三通りである。十三通りとも、何も出なかった。検索して、引用を辿って、フォロー欄の残骸を探して、同姓同名を当たって、卒業アルバムの名簿と照合する。三年間で覚えたやり方を、二週間かけて全部使い切った。使い切ってから、私は、出ないこと自体が答えなのかもしれないと思った。
「変だ」
「変?」
「十三人は、全員、何かしら残ってた」
彼は、その十三行を指でなぞった。
「消えてても、誰かのフォロー欄に名前が残ってたり、コメントの返信元に残ってたりする」
彼は、十四行目で指を止めた。
「これだけ、何もない」
二つめ、日付。
私は、そこに戻った。
「日付、なんで無いの」
「写し忘れたのかもしれん」
「三年前ね」
「三年前だ」
彼は、その紙を持ち上げた。
「でも」
彼は、その十三行を上から下まで指で押さえた。
「十三行は写してる」
「一行だけ写し忘れるかしら」
「しねえと思う」
「じゃあ」
「あのとき、出てなかった」
三つめ、仕様。
私は、そこを調べた。
三日かかった。三日目の夜に、古い仕様の説明ページが出てきた。寮の廊下で、自販機が低く鳴っていた。四年前に書かれたものである。
そして、わかった。
「フォロワーの一覧に、日付が出ない場合が一つだけあるの」
「なんだ」
私は、それを見せた。彼は、画面を三十秒見た。そして、こう言った。
「……自分のか」
自分でフォローしたアカウントには、フォロー日が表示されない。
正確には、別アカウントから自分をフォローした場合、その表示が特殊になる。仕様である。三年前も、いまも変わっていない。
「乙川くん自身ってこと?」
「そうだ。……別のアカウントを作って、自分をフォローしてる」
「なんで」
彼は、少し黙った。そして、こう言った。
「数を増やすためだろ」
私は、しばらく動けなかった。十四という数から、一人が本人で、一人が隣にいる人である。残る十二人が、三年間、毎日流れてくるものを見て、次に行っていた。十四という表示は、この二年半、私にとってただの数字だった。数字の内訳を一人ずつ開けていって、最後に二人が中から出てきた。出てきた二人とも、いま私のすぐ近くにいる。
「十四人のうち」
「うん」
「一人が本人で」
「うん」
「一人があなたで」
「うん」
彼は、十四から二を引いた。紙の上で、二行に線を引いた。
「残り十二人だ」
「そのうち」
私は、その十二行を上から数えた。
「覚えてたのが十人。覚えてなかったのが二人」
私は、その二行に印を付けた。
「押したことがあるのが一人。それも猫のほう」
私は、もう一つ印を付けた。
「面白いって言った人が一人。それも一回だけ」
「十二人だ」
「十二人ね」
「あいつ、三年間」
「うん」
「十四人って表示を、毎日見てたんだよな」
私は、口を押さえた。十四という数字を、あの人は毎日見ていた。私も三年間見ていた。同じ数字を見ていて、私はそれを十四人だと読み、あの人は十四のうち二人が本物でないことを知っていた。同じ画面が、二人には違うふうに見えていた。
「自分で一人足して、十四人にして」
彼は、その一行を指した。
「毎日、それを見てた。……で、いいねはゼロだ」
彼は、その紙を裏返した。
「十四人いて、ゼロだ」
「本当は十二人よ」
「十二人だ」
彼は、言い直した。
「あいつは十四だと思ってた」
彼は、また言い直した。
「いや。……十四にしたのは、あいつだ」
私たちは、その日、駅前の日陰に、たぶん二時間いた。五月の日陰である。
暑くも寒くもなかった。二時間、私は一度も座り直さなかった。日陰の境目が、そのあいだに一メートル近く動いた。動いても、この人は同じところに座っている。三月からここに十三回来て、私はこの人が座る位置を一度も変えないのを見てきた。今日は、私も動かなかった。
「あのさ」
「うん」
「三年前、河内に来た連絡な」
「『おれ、なんも作ってなかったわ』ね」
「それだ。……あれ、意味わかんなかっただろ」
「わからなかったわ」
「いま、わかった」
「え?」
「四年前の十月から、あいつ、猫を貼ってただけだ」
彼は、二つの数を並べた。
「一年で、自分で撮ったのが十一件だ。……その前の一年は、百六十件だ」
彼は、その二つのあいだに線を引いた。
「で、消える前に、こう書いてる。……『おれ、なんも作ってなかったわ』」
「作ってたわ」
「作ってた」
「百六十件作ってたわ」
「作ってた」
彼は、指を一本立ててから、下ろした。
「でも、それに誰も反応してねえんだよ」
「反応があったのは」
「猫のほうね」
「猫のほうだ」
彼は、三つを順に数えた。
「沼尻が押してたのは、猫だ。……牧田が『面白かった』って言ったのは、たぶん自分のやつだ。四年前の十月だからな」
彼は、その三本目を折った。
「で、それで止まった」
私は、全部が見えた気がした。四年前の十月に、一言だけ届いた。届いた本人が怖くなって、三日止まった。四日目から、自分で撮ったものをやめて、他人のものを貼りはじめた。貼ったほうには反応が来て、自分のほうには来なかった。それが一年続いて、三年目の一月に、全部消えた。順番に並べると、どこにも無理が無い。無理が無いことのほうが、こたえた。
一言褒められて、怖くなって、三日止まって。そして、四日目から、他人のものを貼るようになって。
貼ったほうには、反応が来て。自分のには、来なくて。三年間、それが続いて。
「他人の十五秒で稼いだ数字、あれ、あんたの数字じゃねえよ」
私は、思わずそう言った。
三年前、彼が佐倉ひかりに言った言葉である。私はそれを、ノートの一冊目に書いている。
彼は、動きを止めた。
そして、たぶん三分くらい、何も言わなかった。日陰の中で、三分である。私は、自分が言った言葉を頭の中でもう一度再生していた。あれは三年前に、この人が佐倉ひかりに向けて言ったものである。言われた側が家に帰って吐いた、という話を、私は去年聞いている。同じ文を、私はいま、この人に向けて使った。
「そうだな」
彼は、その紙をもう一度表に返した。
「あいつ、それを自分でやってたんだよ。……他人の十五秒で、数字を稼いでた」
彼は、一度言葉を切った。
「で、それがあいつの数字じゃないのも、知ってた」
彼は、立ち上がった。
「猫を調べる」
「え?」
「猫の動画を、最初から調べる」
彼は、日陰から出た。
「全部だ」




