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手がかりが多すぎる

 四月十九日、依頼が来た。生徒会室は、朝だけまだ寒い。

 吉住くんからである。高校三年になっていた。ノートは六冊目に入っていた。

「一年の子が、困ってます」


 四月の生徒会室は、朝いちばんに入ると、まだ前の日の埃の匂いがする。内容は、単純だった。一年生の女子が、自分の写真を勝手に使われている。使っているのは、同じ学年の別の生徒である。

 三年間で、二十回は見た型の事件だった。私は、話を聞きながら、途中で結論を書いてしまった。写真を勝手に使う人間には、だいたい三つの動機しかない。自分のものにしたいか、相手を装いたいか、単に数字が欲しいかである。三つのどれであっても、やることは同じで、消させれば終わる。書いてしまってから、私は自分がもう驚かなくなっているのに気づいた。


「一つめ、画質」

 ドパガキは、二枚を並べた。

「使われてる写真、三世代目の圧縮だ。……で、元は一年生本人のアカウントにある」

「はい」

「二つめ、トリミング」

 彼は、その右端を指した。

「右端が切られてる。……元の写真には、もう一人写ってる」

「三つめ、投稿時刻」

 彼は、二つの時刻を並べた。

「使ってるほうの投稿、毎回二十三時台だ。……で、元の投稿から平均四十分後だ」

 彼は、その四十分という数を紙に書いた。


 ここまでは、いつも通りだった。三十分で、いつもの型が出た。私は、ペンを置きかけた。


「で、四つめ」

 彼は、ペンを持ち直した。そして、そこから、様子が変わった。


「この一年生、フォロワーが十四人だ」

 私は顔を上げた。置きかけたペンが、机に当たった。

「え?」

「十四人だ。……で、投稿が毎日ある。いいねがゼロだ」

 彼は、その画面をこちらに向けなかった。自分で見ていた。

「三年前と同じ形だ」


「土場くん」

「五つめ」

 彼は続けた。

「この一年生、窓の外が多い。……二百件中、七十件が窓の外だ」

 彼は、その七十件を数え直した。数え直す必要は、無かった。

「六つめ。……投稿時刻が、二十二時四十七分に近い日がある」


「土場くん」

 私は、もう一度言った。

 彼は、聞いていなかった。画面をめくる速さが、いつもより速かった。


「七つめ。この一年生、去年の一月に一回アカウントを消してる」

「八つめ。猫の動画を、一回だけ引用してる」

「九つめ——」


「やめて」

 私は、机を一度叩いた。叩くつもりはなかった。手のひらの下で、紙が一枚跳ねた。三年間、私はこの人に大きな声を出したことがない。出す必要が無かった。この人は声を上げても速さを変えないので、上げるだけ損である。損だとわかっていて、私はその日、机を叩いた。

 彼は、止まった。


 私は、その紙に手を置いた。

「多すぎる」

「多くねえよ」

「多いわ。……九つよ。あなた、いつも四つでしょう」


 彼は、答えなかった。

「一つめから三つめまでで、この事件は終わってるわ」

 私は、その三つを紙に丸で囲った。

「写真を使ってる子は、割れてる。動機も見当がついてる。……それで終わりよ」


「四つめからは」

 私は、その丸の外を指した。

「全部、乙川の話でしょう」


 彼は、そこで初めて顔を上げた。

 そして、しばらく私を見ていた。三秒くらいである。三秒、目が合った。この人は、人の目をあまり見ない。見るときは、たいてい相手が何かを言い切ったあとである。三年で、正面から三秒見られたことが何度あったかを、私はそのとき数えようとして、数えられなかった。数えられないほど少ない、ということである。

「……そうか」


「フォロワー十四人の高校生は、この学校に何人いると思う?」

「知らね」

「三浦くんが数えたことがあるの」

 私は、そのページを開いた。二年前の四冊目である。

「四百八十人のうち、フォロワーが二十人以下の子は、百六十人いるわ。……十四人ちょうどは、たぶん十人くらいいる」


「窓の外の写真を上げる子は?」

「……多いな」

「多いわ」

 私は、言い直した。言い直しても、声が高いままだった。

「みんな上げるの。他に撮るものがないから」


「二十二時四十七分に近い時刻は」

 私は、続けた。

「深夜に投稿する子は、全員が近いわ」

「猫の動画を引用したことがある子は」

 私は、四百三十四という数を紙に書いた。

「三年前に四百三十件も転載されたのよ。見た子は何万人もいるわ」


 彼は、机に手をついた。手をつくのを、私は初めて見た。

「そうだな」


「あなた、いま」

 私は、その紙を彼のほうへ向けた。

「全部が乙川に見えてるでしょう」

 彼は、答えなかった。

「それ」

 言うべきか、少し迷った。迷ったのは、三秒である。そして、言った。

「蜂谷さんと同じよ」


 彼は、はっきりと動きを止めた。

「同じ材料で、絵を組んでるの」

 私は、一年前のノートを開いた。

「一年前、あなた、川で助けた動画のときに言ったわ。……『あんたは作れる。だから、作られたことにもできる』って」

 私は、そのページを彼のほうに向けた。

「いま、あなた、乙川がいることにしてる」


 長い沈黙があった。彼は、紙を裏返した。

 そして、四つ目から九つ目までに、線を引いた。斜めの線である。

「消す」

「消せる?」

「消せねえ」

 彼は、その線をもう一度なぞった。

「でも、線は引ける」


 事件は、その日のうちに終わった。

 一年生の写真は、削除された。使っていた生徒は、謝った。三つの手がかりで、十分だった。


 私は、ノートの百十一件目に、こう書いた。

『四月十九日。写真の無断使用。三つの手がかりで解決。』

 そして、その下に、こう書いた。

『土場我輝は、九つ挙げた。』

『四つ目から九つ目は、全部、この事件と関係がなかった。』

 書いてから、私はその二行のあいだにもう一行入れようとして、やめた。入れようとしたのは、六つとも本当に見えていた、という一行である。あれは嘘の手がかりではない。フォロワーは本当に十四人で、窓の外は本当に七十件あった。本当のものだけを並べて、いないものを立ち上げることができる。そこが一番怖かった。


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