四人目から六人目
四行目、五行目、六行目。
三人とも、五年前の五月十一日にフォローしている。同じ日である。三人とも、中学の同級生だった。
四人目は、覚えていなかった。
一人目と同じである。
「乙川?」
彼は、少し目を伏せた。
「クラス、覚えてないです。……僕、あの学校、二学期から行ってないんで」
私たちは、それ以上聞かなかった。彼は、五分で帰っていった。
四人目のフォロー欄には、乙川の名前が灰色で残っていた。三年間、外していない。この人も、外せなかっただけである。
五人目は、覚えていた。
「よく喋りました」
私は、初めて、そう言う人に会った。ペンが、一度止まった。
「どんな話を?」
「動画の話です」
彼女は、指を三本立てた。
「毎日、何が面白かったかを話してました。……休み時間に、三分くらいずつ」
「乙川くん、自分の投稿の話はしましたか」
彼女は、少し考えた。考えている時間が、長かった。
「してないです」
「一回も?」
「一回もです。……他人の動画の話ばっかりでした」
彼女は、少し笑った。
「『昨日これ見た』『これ面白かった』って」
「乙川くんが上げてたのは、知ってました?」
「知ってました。でも、あいつ、それについては何も言わなかったです」
彼女は、肩をすくめた。
「聞いても、『別に』って」
私は、隣を見た。ドパガキは、下を向いていた。
「別に」というのは、この人が三年間、私に対して使ってきた言葉である。
正確には、二回である。私は数えている。二回とも、彼が自分のことを聞かれたときだった。
六人目は、転校していた。
正確には、五年前に転校している。乙川がアカウントを作った月に、いなくなっていた。だから、彼は乙川のクラスメイトではない。
彼だけが、五年前の五月十一日ではなく、五月十八日にフォローしていた。
一週間後である。十四行のうち、この一行だけが浮いていた。
彼を辿るのに、四日かかった。
四日のうち三日は、彼のアカウントを探すのに使った。六文字の英数字から、住んでいる街まで出すのに、彼は投稿の背景を二百件見た。私は横で、その二百件を一緒に見た。二百件見て、私に見えたのは、コンビニの看板が一つだけだった。
そして、県外にいることがわかった。電車で三時間の街である。
「行くの?」
「行く」
「三分で切れるのに?」
「電車の中は寝る」
私たちは、行った。四月の下りの電車は、暖房が入ったままだった。三時間の切符を二枚買って、私はそのあいだ何を聞けばいいのかを考えていた。考えても、聞くべきことは一つしか出てこない。乙川を覚えているか、それだけである。それ以外に何を聞けばいいのか、私にはわからなかった。
彼は、電車の中で、三時間、一度もスマホを見なかった。寝ていたのではない。
窓の外を見ていた。窓の外は、途中から田んぼになって、それから山になって、また町になった。景色が変わるのに、この人は姿勢を変えなかった。私は三時間のうち、四回この人の横顔を確かめた。四回とも、同じ角度で同じところを見ていた。
「見ないのね」
私が言うと、彼は窓から目を離さずに答えた。
「見ると、着かない気がする」
私は、その言い方の意味を、三時間かけても掴めなかった。
六人目は、河内という人だった。二十歳である。専門学校に通っていた。
彼は、私たちが訪ねてきた理由を聞いて、しばらく黙った。そして、こう言った。
「乙川、元気ですか」
「わからないです。……三年前に、アカウントを消して、転校しました」
「知ってます」
「え?」
彼は、自分のスマホを出した。
「連絡、来ました」
私の隣で、ドパガキが顔を上げた。
「いつ」
「三年前です。一月です」
「一月何日」
彼は、その画面を遡った。遡るのに、しばらくかかった。
「……十八日か、十九日です。……消える前の日ですね」
「なんて」
河内さんは、少し困った顔をした。
「変な連絡でした。一行だけです」
「なんて」
彼は、そのメッセージを探した。三年前のものである。彼は、消していなかった。
そして、読み上げた。読み上げる声が、普通だった。三年前の一行を、普通の声で読める人がここにいた。この人にとって、それは意味のわからなかった一行である。意味がわからないまま三年持っていて、消していない。消さなかったのは、意味がわからなかったからだと思う。わかっていたら、たぶん消していた。
『おれ、なんも作ってなかったわ』
私は、その一行をノートに書き写した。書き写しながら、三年前の一月十九日のことを考えていた。その日、この人は本家を最後に見ている。そして翌日から、三年間探している。
ドパガキは、そのあと二十分、何も言わなかった。
私も、聞かなかった。二十分、河内さんも黙っていてくれた。そして、河内さんが、こう言った。
「返信、してないです。……意味がわからなかったんで」
彼は、その画面を伏せた。
「そのあと、消えました」
帰りの電車で、彼は三時間、窓の外を見ていた。
三時間である。行きも三時間だった。この人は、その日、六時間画面を見なかった。そして、瀬々良木の駅に着いてから、こう言った。
「六人目」
「うん」
「連絡が来てた」
「うん」
彼は、初めてこちらを見た。
「オレには来てない。……一件も来てない」
私は、ノートの百六件目に、こう書いた。
『六人目。河内さん。三年前の一月十八日、乙川から連絡が来ている。』
そして、その下に、こう書いた。
『おれ、なんも作ってなかったわ』




