一人目
十四行の、一行目。
五年前の五月十一日にフォロー。中学の同級生である。
アカウントは、いまも動いていた。
佐久間という人だった。
十四行のうち、一番上の行である。上から順にやることに、特に理由は無かった。ただ、彼が「一人ずつ」と言ったので、私たちは一番上から始めた。
県内の高校の三年生である。三月に卒業したところだった。私たちは、会いに行った。電車で四十分かかった。
彼は、その四十分のあいだ、一度も画面を見なかった。私は、それを二回確かめた。三年見てきて、この人が四十分画面を見ないのは、図書室で私のノートを読んだ日以外に無い。
彼は、バイト先の休憩中に、十五分だけ時間をくれた。制服の上に薄い上着を羽織っていて、名札が少し斜めになっていた。卒業したばかりで、もうここで働いている。三月に高校を出て、四月にはエプロンをつけて裏口から出てくる。私はその切り替わりの速さを、少し眩しく見た。私はまだ学生で、あと二年、切り替わらないままでいられる。
店の裏の、灰皿が置いてある場所だった。四月の風が、まだ冷たい。
「乙川?」
「同じクラスだった人です。……三年C組の」
「……あー」
彼は、少し天井を見た。
「いたかも」
私は、覚悟していたものが来たと思った。覚悟はしていた。それでも、来ると別だった。
「覚えてないですか」
「いや、いたと思います。……でも、あんまり喋ったことないです」
彼は、指を折るかわりに、肩をすくめた。
「クラス、三十六人いたんで」
三十六人、と私は頭の中で繰り返した。私の高校は一クラス四十人だった。三年で、私が名前を言えるのは、そのうち三十人くらいである。残りの十人のことを、私はいま思い出せない。責められる立場ではなかった。
「この人、アカウントやってました」
私は、スマホを見せた。
英数字の羅列である。私は、その六文字を三年前に一度書き写している。書き写したのに、いま見ても何の意味も読み取れない。読めるのは、六文字であることだけだった。
「フォローしてます」
「してます?」
彼は自分のスマホを開いた。
そして、フォロー欄をスクロールした。親指が、四回止まった。
「あー、これですか」
彼は、その一行を指した。
「してますね。……消えてますけど」
そこには、名前だけが残っていた。押しても開かない名前である。私は、その並びを横から見ていた。上にも下にも、生きているアカウントが並んでいて、その一行だけが灰色だった。
「投稿、見てました?」
彼は、少し考えた。
「見てたと思います。……流れてくるんで」
「内容は」
「覚えてないです」
彼は、一度こちらを見た。
「すみません」
ドパガキは、そのあいだ、一言も喋らなかった。
十五分のうち、十四分、黙っていた。彼はその十四分、スマホも見なかった。私は、そのほうが気になった。
そして、最後にこう聞いた。
「あんた、なんでフォロー外さなかったの」
佐久間さんは、その質問に、少し驚いた顔をした。
「え?」
「三年前に消えてる。……三年間、外してない」
「あー」
佐久間さんは、画面を見た。そして、その一行を一度押した。何も起きなかった。
「消えたアカウントって、外せないんですよ」
「え?」
「相手が消すと、こっちのフォロー欄からは名前だけ残るんです」
彼は、もう一度押した。やはり、何も起きなかった。
「押しても、何も出ないです。……気持ち悪いんで、そのままにしてます」
私たちは、それで帰った。十五分ちょうどだった。彼は、休憩が終わる時間を一分も超えなかった。
一人目である。
帰り道、私は何も言えなかった。電車の四十分、私は窓を見ていた。
窓には、私の顔と、その向こうの田んぼが両方映っていた。三年前、彼は写真の中の窓から人の背中を見つけた。冬は外が暗いと窓が鏡になる、と彼は言った。四月の夕方は、その中間である。顔も見えるし、外も見える。どちらもはっきりしない。
「一人目」
「うん」
「覚えてなかったな」
「うん」
彼は、そのあと十分くらい歩いた。駅から彼の家までは、十二分である。彼は、その十二分のあいだも画面を見なかった。
そして、こう言った。
「わかってた。……三年前から、わかってた」
彼は、一度足を止めた。
「だから調べなかった」
「やめる?」
「やめない」
彼は即答した。
「なんで」
「一人目だからだ」
彼は、指を一本立てた。
「十四人いる。一人目が覚えてないってのは、まだ何もわかってない」
彼は、その指を折った。
「二人目に行く」
二行目は、一行目と同じ日にフォローしている。五年前の五月十一日である。同じ日に十一人がフォローして、その全員が、三年間そのままにしていた。外していないのではない。外せないのである。
私は、ノートの百三件目に、こう書いた。
『一人目。佐久間さん。覚えていない。フォローは外していない。』
そして、その下に、一行足した。
『外せないから。』
書いてから、私は自分のフォロー欄を開いた。十一人いる。全員、高校の同級生である。消えている人は、一人もいなかった。
その夜、彼から一件だけ連絡が来た。
『さっきの、消えたアカウントのフォロー欄の話な』
『うん』
『あれ、オレのフォロー欄にはねえんだよ』
私は、その意味が、そのときはわからなかった。わからないまま、その一行をノートの余白に書き写した。
意味がわかったのは、ずっとあとである。ここでは、まだ書かない。




