乙川の名前
三月五日。彼は「まだ確かめてない」と言って、電話を切った。それきり、三日、連絡が来なかった。
だから、私が調べた。
一つめ、リスト。
私は、三年前のスクリーンショットを持っていた。
高校二年の十月、佐倉ひかりが「気持ち悪いアカウントがある」と言って持ってきた、あのアカウントである。
窓の外。電柱が一本。毎日二十二時四十七分。
そのとき、私はフォロワー十四人の一覧を、スクリーンショットで撮っていた。
風紀委員の癖である。記録しておかないと落ち着かない。三年前の私は、それを癖だとも思っていなかった。あの日、私は十四人の一覧を三枚に分けて撮った。画面に一度に八人しか入らないので、スクロールしながら三回撮る。撮ったものを、三年間一度も開いていない。開かないものを撮っておく人間を、私は自分以外に知らない。
二つめ、差分。
三年前の十四人と、いまの十二人を比べた。
紙に二列に書いて、上から順に消していった。三十分かかった。消えていたのは、二人だった。
一人は、二年前に消えている。理由はわからない。痕跡もない。
もう一人が、一月十四日に消えて、また作って、三月三日にまた消えていた。
三つめ、引用。
その二人目のアカウント名で、私は検索した。三年前の一月十七日に、一件だけ引用投稿があった。
引用元は消えている。だが、サムネイルだけが残っていた。九十六ピクセルの、粗い画像である。
私は、それを拡大した。粒が四角くなるまで拡大して、それでも見た。
猫が、寿司を握っていた。
四つめ、名前。
ここからが、私が三日かけたところである。
そのアカウント名は、意味のない英数字だった。三年前も、いまも、である。だから、名前は出ない。
私は、別のところから行った。
私は、彼の家に行った。彼は、いなかった。彼のお母さんが出てきた。私は、その人に初めて会った。
「静香さんね」
「知ってるんですか」
「知ってるわよ」
彼女は、玄関のドアを大きく開けた。
「三年間、ずっと聞いてるもの」
私は、少し驚いた。彼は、家では何も喋らないと思っていた。
「中学の卒業アルバム、ありますか」
「あるわよ」
彼女は、それを取りに行った。二分で戻ってきた。どこにあるか、知っている速さだった。
「あの子、一回も開いてないけど」
私は、それを借りた。五年前の、市立の中学校の卒業アルバムである。一クラス三十六人、三クラス。百八人。
私は、名簿を見た。
そして、あ行から順に、指でなぞった。三段組の名簿である。一段に三十六人ずつ入っている。私は一人ずつ指を当てて読んだ。読んでいるあいだ、私はこの百八人のうち何人がいまも市内にいるのかを考えていた。考えても、私にはわからなかった。百八人の名前が、三段に組んである。私は彼の名前を先に見つけた。三年の欄のどこかに、土場我輝と印刷してある。その二つ隣に、私の知らない名前が並んでいた。中学の名簿というのは、こういうふうに、知っている名前と知らない名前が同じ大きさで並んでいるものだった。
乙川。
三年C組。下の名前は、書かない。彼は、いまも私に、その名前を言わないからである。
写真は、載っていなかった。
正確には、個人写真は載っていた。だが、行事の写真には一枚も写っていなかった。
四百二十枚あるうちの、ゼロである。私は、四百二十枚を二時間かけて見た。二時間、一度も鉛筆を置かなかった。三年前、私は同じことを四十人分の正の字でやっている。あのときは四十分だった。今回は百八人で、四百二十枚である。数え終わって、一人だけ〇の欄があった。三年前と同じ形の空欄が、五年前のアルバムにもあった。同じ形のものを二度見つけると、それが偶然かどうかを考えたくなる。
私は、三年前の駒井くんのことを思い出した。
写真部で、三年間撮る側にいて、一枚も写っていなかった生徒である。だが、乙川は写真部ではなかった。
部活動の欄が、空白だった。
私は、その夜、彼に電話をかけた。彼は、二コール目で出た。
「乙川くん、ね」
長い沈黙があった。
「……調べたのか」
「調べた」
「そうか」
電話の向こうで、椅子が鳴った。それだけだった。
「いつから知ってたの」
彼は、答えるのに、たぶん一分かかった。
「三年前だ」
「三年前って」
「あんたが十四人のアカウントを持ってきた日」
私は、その日のことを覚えている。高校二年の十月である。彼は、そのアカウントを一時間、等倍で見た。
三倍速でも、〇.五倍速でもなかった。
そして、正体を「わかった」と言って、「言わない」と言った。そして、私が指を伸ばしたとき、こう言った。
「押すなよ」
「押すなら毎日押せ。三年分、毎日押せ。……一回だけ押すのが、一番きついんだよ」
「フォロワーの中に、いたのね」
「いた。……一人だけ、知ってる名前があった」
彼は、電話の向こうで一度黙った。
「三年前、そいつが消えたアカウントと、同じ英数字だった」
「言わなかったのは」
「言えねえだろ」
「なんで」
「確かめてねえからだ」
彼は、少し声を落とした。
「あのアカウント、二千件近く投稿してる。窓の外だけだ。……オレ、あれが乙川のだと思った時期がある」
彼は、言い切った。
「違った。……あれは、隣町の中学生のだ」
「じゃあ、乙川は」
「フォロワーの一人だ」
彼は、その数を言った。
「十四人のうちの一人だ。……三年前に自分のアカウントを消して、転校して」
彼は、一度言葉を切った。
「で、誰にも見られてないアカウントを見つけて、フォローしてた」
私は、うまく言葉を出せなかった。
「三年前、あいつのアカウントも、フォロワー十四人だった」
「え?」
「毎日投稿してた。いいねはゼロだった。……オレ、毎日見てた」
彼は、間を置いた。
「で、消えた」
彼は、また言葉を切った。
「消えて、同じ形のアカウントの、フォロワーになってた」
「なんで」
彼は、少し黙った。
「知らね。……でも、たぶん」
彼は、言い直した。
「自分と同じのを、探したんだと思う」
三月八日。私は、寮のノートに、百一件目を書いた。一行目は、こうである。
『乙川。土場我輝の中学の同級生。三年C組。部活動の欄は空白。』
そして、二行目に、こう書いた。
『下の名前は、まだ書かない。』
名簿には印刷してある。読めば読める。読んで、書かないでおくというのは、三年前に彼が「言わない」と言ったのと同じことである。私はあのとき、それを不親切だと思った。同じことを自分でやってみると、不親切ではなかった。確かめていないものを紙に固定するのが、怖いだけである。




