炎上の耐用年数
二月の終わり、南くんから連絡が来た。
二月の終わりの寮は、暖房の効きが悪い。私は上着を着たまま電話に出る。一年で、上着を着たまま人の話を聞く癖がついた。聞く姿勢としては、たぶん良くない。
三年前、「炎上を待つ人」だった生徒である。燃えるものを先に見抜いて、投稿者に「消したほうがいい」と送り続けていた人だった。
いまは、県外の大学の二年生である。
「知りたいことがあります」
彼は、一度言葉を切った。
「いつ消えるんですか」
彼が燃えたのは、五年前である。高校一年のときだった。
「いまも、名前で検索すると出るんです。……五年です」
彼は、少し声を落とした。
「就活、再来年なんですけど」
「一つめ、順位」
ドパガキは、その検索結果を調べた。
「五年前、あんたの名前で検索したら、一ページ目に八件出てた」
「はい」
「三年前、一ページ目に三件」
彼は、その三つの数を縦に並べた。
「今年」
彼は、その一番下に線を引いた。
「一ページ目に一件、三ページ目に四件」
「減ってるんですね」
「減ってる」
ドパガキは、その三つを線でつないだ。線は、下がっていた。だが、地面に触れなかった。
「で、消えてはいない」
「二つめ、減り方」
彼はグラフを出した。
「一年で四割減る。次の一年で三割減る。次で二割」
彼は、その線の先を指でなぞった。指は、紙の端まで行っても、下の線に触れなかった。近づいてはいる。四割、三割、二割と減って、あと何年か経てば、たぶん一件になる。一件が〇件になる年は、この紙の上には出てこない。学校で習った曲線がこういうところで出てくるとは、私は思っていなかった。
「これ、指数だ」
「意味があるの?」
「ある。……ゼロにならない」
彼は、その指を離した。
「半分ずつ減るのは、いつまでも半分残るってことだ」
「三つめ、転載」
「元の投稿は消えてる。……で、まとめサイトが十一件ある」
彼は、その十一を二つに分けた。私は、その十一件を上から順に開いてみた。九件は、五年前で更新が止まっている。止まっているページは、色が古い。書式が古くて、文字が小さくて、広告だけが新しい。読めるのに、誰も読んでいないページというものを、私はそのとき初めて見た。
「そのうち九件は、更新が止まってる。……放置されてるページだ」
「消せますか」
「消せる。申請すれば消える」
彼は、手を止めた。
「でも、消したら、消したことが記事になることがある」
「決定打」
「あんたの名前、同姓同名が四人いる」
「四人?」
「四人だ。……で、そのうち一人が、三年前から活発に投稿してる」
彼は、その人の投稿数を出した。三年で、六百件以上あった。私は、その一覧を少し送ってみた。同じ名前で、まったく関係のない人の日常が並んでいる。名前が同じというだけで、この人の五年前を下に押している。押している側は、そのことに気づいてもいない。
「その人の情報が、あんたの情報を押し下げてる」
彼はスマホを置いた。
「三年前に一ページ目が三件だったのが、いま一件なのは、その人のおかげだ」
「じゃあ、いつ消えるんですか」
南くんが、もう一度聞いた。ドパガキは、少し黙った。
「十年だな」
「十年」
「十年で、たぶん検索結果から消える」
私は、その十年を数えた。彼が燃えたとき、私は中学生だった。十年目に、私は二十七歳になっている。この人は二十六である。二十六まで、高校一年のときの一件が検索結果に残る。残るあいだ、この人は自分の名前を打ち込むたびにそれを見ることになる。私は自分の名前を検索したことが、たぶん三回くらいしかない。三回で済むのは、何も出てこないからだった。
「あと五年です」
「あと五年だ」
彼は、初めて顔を上げた。
「待てるか」
「待てないです」
南くんは即答した。
「だろうな」
彼は、さっきのグラフを裏返した。
「じゃあ、上書きしろ」
「上書き?」
「検索結果ってのは、新しくて、よく見られてるもんが上に来る」
彼は、その裏に縦の線を引いた。
「あんた、いま、自分の名前で何も出してないだろ」
「出してないです。……怖いんで」
「うん」
彼は、その線の一番上を指した。
「で、出さないから、五年前のが一番上にある」
「何を出せばいいんですか」
「なんでもいい。……大学の研究でも、バイトでも、趣味でもいい。本名で、月に一回」
彼は、その線の上に点を十二個打った。
「一年で十二件だ。三年で三十六件」
彼は、その点を三段ぶん足した。五年前の一件が、下に押し出された。
「三十六件あれば、五年前の一件は三ページ目に落ちる」
「三年ですか」
「三年だ。……五年より短いだろ」
南くんは、それを始めた。四月から、月に一本、本名で投稿している。
内容は、大学で勉強していることの記録である。地味で、短くて、誰も見ていない。今週読んだ本の名前と、講義で出た用語と、わからなかったところ。それだけを二百字くらい書いて、月に一度上げる。五年前に燃えた人の名前で検索すると、いまはそれが最初に出る。
再生数は、平均で三十回である。
「三十回でいいの?」
「いい」
彼は、歩幅を変えずに続けた。
「検索結果は、再生数じゃなくて、存在で決まる」
彼は、一度だけこちらを見た。
「三十回でも、あるだけでいい」
「あと、これも言った」
「なに」
「燃えたことを、いつか自分で書けって」
「え」
「五年前の話だ。……いつか、あいつが自分で書いたら、それが一番上に来る」
彼は、少し間を置いた。
「他人が書いた記事より、本人が書いたやつのほうが強い」
「いつ書くの?」
「知らね。……十年後かもな」
彼は、言い直した。
「そのときは、消したくないと思う」
「うわ」
「今度は」
「猫が燃えてる」
「炎上?」
「炎上だ。……三年前のやつだ」
「まだ出てくるの?」
「出てくる」
彼は、次の画面を出した。
「で、その猫、いま普通に元気に暮らしてる。……新しい動画が上がってる。毎日だ」
彼は、その日付を上から下まで送った。日付が、途切れなかった。
「上書きしてんだよ、あの飼い主」
彼は十三分動かなかった。私は、上書きという言葉を二年前にも聞いたことを思い出していた。寒河江さんの祖母の件である。あのときは、四本の枝を二本にする話だった。消せないものを消そうとするな、というのが、この人の一貫した言い方である。二年で二度、同じ言い方をした。忘れる人が、同じ言い方を二度したことになる。




