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三浦亮太の後輩

 十二月。三浦亮太が、瀬々良木駅まで来た。高校三年生である。三月に卒業する。彼は、一人連れてきていた。

「引き継ぎです」


 吉住くんだった。

 三年前、文化祭の記録映像を全部横向きで撮った、あの一年生である。

 いまは二年生になっていた。背が伸びていた。私は、その背丈で一度誰かわからなくなった。三年前は、私の肩より下だった。いまは目の高さが同じである。顔つきは変わっていない。変わっていないのに身長だけが十五センチ動くと、人は別人に見える。私はその十五センチのぶんだけ、自分が高校を離れた時間を測った。

「風紀委員、やるの?」

 私が聞くと、彼はうなずいた。私はもう風紀委員ではない。ではないのに、この役職の話を聞くと背筋が伸びる。伸びたことに気づいて、私は自分で少し嫌になった。

「生徒会もです。……三浦先輩と同じです」


「ノート、渡します」

 三浦亮太は、鞄から三冊出した。私が三年間書いた、あのノートである。

 彼が二年間、預かっていた。彼自身も、その続きを書いていた。四冊目である。表紙の色が、私の三冊と違った。

「先輩、返しますか」

「あなたが持ってて」

「僕、卒業するんで」

「じゃあ、吉住くんに」


 吉住くんは、四冊を受け取った。そして、その場で読みはじめた。

「いま読むの?」

「はい」

 彼は、一冊目を膝に開いた。

「僕、遅いんで。……先に読んどかないと、間に合わないんで」


 彼は、一時間読んだ。

 私たちは、駅前のベンチで待っていた。十二月の駅前は、風が改札のほうから吹いてくる。吉住くんは、その風の中で一時間、膝の上のノートを読んでいた。指が赤くなっていて、ページをめくる手が途中から遅くなった。それでも閉じなかった。私は、自分の三年ぶんが誰かに一時間で読まれているところを、初めて外から見ていた。

 ドパガキは、その隣でスマホを縦にしていた。三浦亮太は、そのあいだ、私に高校の話をした。

 裏アカが六代目になったこと。堤くんの後継が三人目になったこと。相原景が三年生で、いま週に四回来ていること。

「四回?」

「四回です」

 彼は、少し笑った。

「三年前は、ゼロでした」


 吉住くんが、顔を上げた。

「読みました」

「一時間で?」

「飛ばしながらです」

 彼は、四冊を膝の上で揃えた。

「あの」

「はい」

「これ、質問していいですか」


「どうぞ」

 彼は、四冊のノートを膝の上に置いていた。手を、その上に置いた。そして、こう言った。

「これ、探偵の話じゃないですよね」


 私は、その言葉の意味が、最初わからなかった。二秒くらい、意味が入ってこなかった。

「え?」

「土場先輩の話じゃないです。……百件くらい入ってますけど、土場先輩、毎回、同じことしてます」

 彼は、四つを指で折った。

「手がかりを四つ言って、一言言って、猫の話をして、帰ります」

 彼は、その四本の指を開いた。

「三年間、一回も変わってないです」


 ドパガキは、画面から目を離さなかった。

「そうだな」

 彼は、初めて画面を少しだけ倒した。

「変わってねえ」

 私は、そのとき初めて、三年間で彼の手順が一度も変わらなかったことを数えた。手がかりが四つ。一言。猫。九十九回、全部そうだった。


「で」

 吉住くんは続けた。

「はい」

「書いてる人が、毎回変わってます」


 私は、少し息を止めた。

「一冊目の最初のほう、鎮目先輩、事件のことしか書いてないです」

 彼は、一冊目を開いて見せた。

「日付と、依頼人と、手がかりと、結果です」

 彼は、二冊目の途中を開いた。

「二冊目の途中から、自分のことが入ってきます」

 彼は、三冊目をめくった。

「三冊目は、半分が先輩自身のことです」

 彼は、四冊目を持ち上げた。

「で、四冊目」

 彼は三浦亮太を見た。

「三浦先輩のは、最初から自分のことしか書いてないです」


 三浦亮太が、少し赤くなった。

「書きすぎですかね」

「いや」

 吉住くんは、その四冊を揃え直した。

「そういうもんだと思います。……記録って、書いた人の話になるんで」


「これ、探偵の記録じゃなくて」

 彼は、その四冊を膝に置き直した。

「記録した人の記録です」


 私は、何も言えなかった。

 三年間書いてきて、そう言われるまで気づかなかった。私は自分のノートを、三年間で一度も読み返していない。書いた側は、読み返さない。読み返すのは、次に書く人である。一冊目の私と三冊目の私が違うということを、一時間で四冊読んだ十七歳が先に見つけた。見つけられて初めて、私は自分が三年で何を変えたのかを知った。

 私は、彼を書いていたつもりだった。九十九件、全部である。


 ドパガキが、初めて顔を上げた。

「吉住」

「はい」

「あんた、まだ横で撮ってんの」

「縦も撮ります。……でも、大事なやつは横です」

「なんで」

「あとで見返すからです」

 彼は、その四冊を軽く叩いた。

「縦は、その日で終わるんで」


「そうか」

 ドパガキが、初めてスマホを伏せた。そして、こう付け足した。

「書いとけよ、それも」


 吉住くんは、五冊目を始めた。一行目は、こうだったそうである。

『三浦先輩から四冊もらった。読んだ。ノートは五冊目になる。』


 三浦亮太は、三月に卒業した。進路は、県内の大学である。

「先輩」

 彼は最後にそう言った。

「なに」

「僕、四冊目に、九十四件書きました」

「そんなに?」

「そんなにです。二年で九十四件です。……先輩より多いです」

 彼は、少し照れた。

「僕、事件じゃないのも書いてるんで」


「たとえば?」

 彼は、また少し照れた。

「『今日、相原先輩が来た』とか。……二十一回、書いてます」


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