↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
101/138

百万の内訳

 七月の終わり、丸尾さんから連絡が来た。

 七月の終わりの乾物屋は、店の奥だけが涼しい。鰹節は湿気に弱いので、この店は夏でも除湿を切らない。四年前に一度そう聞いて、私はそれをノートの余白に書いている。事件と関係のないことばかり、私はよく覚えている。

 乾物屋の主人である。七十六歳になっていた。

「山内さんの店、行列が減ってきました」

 彼は、一度咳をした。私は、その咳を去年も聞いている。去年の秋、篠田くんの行列が三日で消えたときである。

「三週間で終わるって、去年言ってましたね」

「言った」

 ドパガキは、その通話をスピーカーにした。

「今回は、五週間もちました。……で、聞きたいんですけど」

 彼は、少し声を落とした。

「あの百二十万回って、なんだったんですか」


「数える」

 ドパガキは、紙を一枚もらって、机に置いた。

「え?」

「百二十万を、一人ずつ数える」


「一つめ、再生」

「百二十万回だ。……で、これは再生された回数だ。人数じゃない」

「違うの?」

「違う。同じ人が三回見たら、三回だ」

 彼は、その内訳を出した。同じ人が三回見たら三回と数える、という説明を、私はそのとき初めて聞いた。それまで私は、再生数を人数だと思っていた。三年間、私はノートに再生数を書き写してきて、一度もそこを疑っていない。疑わなかったのは、疑う言葉を持っていなかったからである。

「重複を引くと、九十一万人だ」


「二つめ、視聴時間」

「動画は四十秒ある。……で、最後まで見た人の割合が出る」

 彼は数字を出した。

「七.四%」

「七%」

「九十一万の七.四%だ」

 彼は計算した。指を折らずに、暗算で出した。

「六万七千人」


「三つめ、行動」

「そこから、何かをした人を数える」

 彼は、四つを縦に並べた。書くたびに、数が一桁ずつ落ちた。私は、その落ち方を目で追った。一万四千、九千、三千二百、千百。四行で百分の一になる。落ちる理由は一行ずつ違うはずなのに、並べて見ると、同じ速さで落ちているようにしか見えなかった。

「いいねを押した人、一万四千人。コメントした人、九千人。保存した人、三千二百人」

 彼はスマホを置いた。

「で、店の名前を検索した人」

 彼は、その最後を書いた。

「千百人」


「四つめ、来た人」

「丸尾さん。山内さんの店、五週間で何人来ました?」

「数えてます。三千四百人です。……あ、いや、正確にはレジを通った人が三千四百です」

「じゃあ、三千四百人だ。……で、そのうち、二度目に来た人は」

 丸尾さんは、少し黙った。

「山内さん、覚えてないんで。……でも、僕が見てました。隣なんで」

 彼は、鰹節の袋を横にずらした。

「十一人です」


 私は、その数字の並びを、紙に書いた。書き写すのに、五分かかった。


再生 1,200,000

実人数 910,000

最後まで見た 67,000

いいね 14,000

コメント 9,000

保存 3,200

検索 1,100

来店 3,400

二度来た 11


 書いていて、上から下まで書き終わるころには、桁が四つ減っていた。百二十万から十一まで、九行である。一行下がるたびに、その行から落ちた人がいる。落ちた人は、何も悪いことをしていない。見て、次に行っただけである。私も毎日、何十行ぶんも落ちる側にいる。落ちる側にいることを、九行に並べられて初めて数として見た。


「来店が検索より多いのはなぜ?」

「地元の人だ」

 彼は、その二つの行を線で結んだ。

「行列を見て入った人が、二千三百人いる。……動画を見てない人だ」

 彼は、その線を消した。

「動画を見て来たのは、千百人だ」


「で、二度目が十一人」

「十一人だ」

「百二十万回のうち」

「百二十万分の十一だ」

 彼は、その割り算をした。

「十万分の一だ」


 丸尾さんは、その紙をしばらく見ていた。指で、一番下の行をなぞった。指が太くて、爪が短い。六十年、乾物の袋を折ってきた手である。その指が、十一という二文字の上を二度往復した。百二十万のほうは、一度もなぞらなかった。

「十一人ですか」

「十一人です」

 ドパガキが、珍しく敬語を使った。

「少ないですね」

「少ないです」

 彼は、顔を上げた。

「でも」

 彼は、その紙をこちらに向けた。

「去年、うちの店は何人でした?」

 丸尾さんは、少し考えた。

「去年ですか」

「あの子が仕掛けたやつです。三日で行列。……あのあと、二度来た人」

 丸尾さんは、その場で指を折って答えた。

「九人です」


「九人と十一人だ」

「はい」

「去年のあんたの店の九人は、いまも来てますか」

 丸尾さんは、少し黙った。

「来てます」

「九人とも?」

「七人です。……二人は、引っ越しました」


「七人か」

「七人です」

「じゃあ」

 彼は、紙の余白に七と書いた。

「去年の百八十万回の答えは、七人です」

 彼は、その七を丸で囲った。

「山内さんの百二十万回の答えは、たぶん、来年になれば出ます。……十一人のうち、何人が残るかです」


 丸尾さんは、その紙を持って帰った。

「もらっていいですか」

「いいですよ」

「これ、店に貼ります」

「貼るんですか」

「貼ります」

 彼は、その紙を胸のポケットに入れた。

「十一って書いてあるんで」


 紙は、乾物屋のレジの横に貼られた。私は、翌年その前を通って、それがまだ貼ってあるのを見た。日に焼けて、上の桁のほうから読めなくなっていた。一番下の行だけが、まだはっきりしていた。

 和菓子屋は、翌年の三月に閉まった。閉店の日、店の前に人が並んだ。

 十四人だった。

 十一人より、三人多かった。


「十四人か」

「多いの?」

「多くねえ」

 彼は、歩幅を変えずに続けた。

「でも」

 彼は、一度だけこちらを見た。

「あの人、その日も驚いてた」


「うわ」

「今度は」

「猫が百万回いってる」

「かわいいから?」

「かわいい。……で、最後まで見たの、六%だ」

「わかるの?」

「わかる。平均だ」

「じゃあ、六万人ね」

「六万人だ」

 彼は、その数字を画面に出した。

「その六万人が、この猫の名前を知ってるかは、別だけどな」

 彼は十二分動かなかった。私は、一番下の行だけを、そのあいだ思い出していた。十一人が誰なのかを、丸尾さんは顔で覚えている。山内さんは覚えていない。覚えていない人のところに、覚えている人が十一人通っていた。数として並べれば十万分の一である。並べ方が悪いのだと思うが、正しい並べ方を私はまだ知らない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。