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鉄と革の沈殿 ~ギルド地下倉庫記録係  作者: Mr.Q
第1章 ギルド地下倉庫記録係

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第4節:新人の登録証と《オラクル》の不在

地上階の受付・依頼管理部から回されてくる「新規登録者」の証には、決まってひどく青臭い匂いが付着している。


羊皮紙に押された真新しいギルドの蜜蝋印。まだ一度も雨や泥を吸っていない、硬く張ったままの支給品の革袋。そして、柄に手汗ひとつ染み込んでいない安価な鉄の剣。

地下倉庫の入り口に立つその若者は、薄暗いこの空間の重たい湿度に場違いなほど、声が大きく、目に熱を帯びていた。


「今日からギルドに登録した。上の受付係から、まずはここで当面の野営に要らない私物を預けて、自分の荷棚を作れって言われてね」


彼は得意げに笑い、登録証と、母親が編んだという厚手の予備の外套をカウンターに置いた。倉庫番は無言でそれらを引き寄せ、手擦れで黒ずんだ羊皮紙の台帳の空白ページを開く。

外套の布地からは、羊毛の脂の匂いとともに、彼自身の過剰なほどの熱量が立ち上ってくる。それは、死線を潜り抜けた者が放つ恐怖や生存本能に裏打ちされた粘着質な《マナ》の残滓ではない。自分が特別な物語の主人公であり、輝かしい未来が約束されていると信じて疑わない、無防備で暴力的なまでの希望の熱だった。


若者たちは皆、何かに導かれるようにしてこのギルドの門を叩き、地下へ降りてくる。

彼らの内面を支配しているのは、未来予知への畏怖と導きであり、運命を告げる存在に寄り添うような現世とは異質な知恵への憧憬である。彼らは自らが特別な星の下に生まれ、神託所で予言を受けるような、ある種の《信託:オラクル》を与えられた存在なのだと無意識に信じ込んでいる。自分の人生の先には壮大な物語が用意されており、いずれ目に見えない大いなる意志が自分を英雄へと引き上げてくれるはずだ、と。


だが、長年この地下で無数の痕跡を整頓し続けてきた倉庫番の眼には、別の景色が静かに重なって見えてしまう。

真新しい外套に触れた瞬間、倉庫番の内側にある極端に処理速度の遅滞した《石化》のフィルターを通して、数年後の彼らの姿が明確な幻視となって現れるのだ。


右足を引きずりながら、この外套を二束三文で質屋へ流すために引き取りに来る、安酒の匂いを纏わせた顔。

過酷な現実に耐えきれず、自尊心だけを肥大させて街の路地裏で泥にまみれる姿。

あるいは、持ち主が戻らないまま未帰還者区画へ移され、ただ埃を被ってカビていく色褪せた布の塊。

そして運が良ければ、早々に己の才能の限界に気づき、剣を預けたまま農村へ帰っていく諦念の背中。


彼がこれから向かうのは、英雄譚の舞台などではない。国家が処理コストの高さを理由に丸投げした、魔物被害や未踏領域の調査という、ひどく泥臭く、死と隣り合わせの危険な肉体労働にすぎない。

この巨大な社会機構の底には、彼らが夢想するような《オラクル》など最初から存在しないのだ。


彼らの耳に囁きかける導きの声は、ただの若さという名の錯覚にすぎない。彼らが大切に預けていく私物に宿るその無邪気な希望こそが、この冷徹なギルドという機構を回し、人間を絶え間なく未踏領域の泥濘へと送り込み続けるための、残酷な潤滑油となっていることを倉庫番は知っている。若き冒険者たちは、その見えないシステムに自ら進んで身を投じ、やがて摩耗し、静かに変質していく。自分がかつて持っていた《オラクル》の不在に気づく頃には、彼らの内面はすでに別の状態へと置き換わってしまっている。


「……百十二番だ」


倉庫番は木札に番号を刻み、若者に差し出した。彼が告げた名前を台帳に記すことはしない。ただ「百十二番」という棚の区画だけが、彼がこの世界に確かに存在しているという物理的なアンカーとなる。


「百十二番だな。よし、俺が竜を狩って凱旋する日まで、その外套は頼んだぜ。あんたも長生きしろよ」


彼は屈託なく笑い、重い石階段を軽やかに駆け上がっていった。彼の足音が地上階の喧騒に吸い込まれて完全に消えるまで、倉庫番はただ薄暗いカウンターの奥からその背中を見送っていた。


彼に真実を告げることはしない。倉庫番には彼を絶望から救済する義務もなければ、その思い上がりを説教して正す権利もない。倉庫番は賢者でも導き手でもなく、ただの記録官にすぎない。

彼が今ここに遺していった過剰な希望の痕跡が、いつかどのような形で摩耗し、沈殿していくのか。それを静かに観測し、いつか訪れる終わりに名前を貼り付けるのが倉庫番の仕事である。


倉庫番は真新しい外套を百十二番の空っぽの棚に収めた。

誰もいない地下倉庫の薄暗い空間に漂っていた青臭い匂いは、やがて圧倒的な鉄と革の匂いに飲み込まれ、静かに霧散していった。


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