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鉄と革の沈殿 ~ギルド地下倉庫記録係  作者: Mr.Q
第1章 ギルド地下倉庫記録係

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第5節:遺族の《混乱》と引き渡される靴

地上階の華やかな受付カウンターとは異なり、遺品引き渡しの窓口は、ギルドの裏手から続く目立たない石階段の途中に設けられている。陽の光は届かず、常にカビと古い紙の匂いが沈殿しているその場所は、誰の目にも触れずに「終わり」を処理するための、社会の静かな排泄器官のような空間だった。


倉庫番の本日の業務は、この薄暗い窓口で、戻らなかった者の痕跡を遺族へ返却することである。

使い込まれたオーク材のカウンターの上に、倉庫番は一足の「替えの靴」を置いた。

寒冷地用の厚手の革で覆われたブーツだ。表面には念入りに防水の蜜蝋が塗り込まれていた形跡があるが、長期間、未帰還者区画の乾燥した棚に置かれていたため、今では細かいひび割れが無数に浮き出ている。靴底は右の外側だけが極端に擦り減り、靴紐は何度も千切れては結び直された瘤ができていた。内側を覗き込めば、持ち主の足の形――親指の付け根と踵の骨の形――に合わせて中敷きが黒く沈み込んでいるのがわかる。

それは、かつてそこに一つの肉体が存在し、確かに体重をかけて大地を踏みしめていたという、生々しいまでの物質的証明だった。


窓口の前に立っているのは、三日前に「死亡扱い」の認定を受けた冒険者の妻だった。

黒いショールを羽織った彼女の顔は、地下の冷気にあてられたようにひどく青白かった。彼女は泣き叫ぶことも、取り乱すこともなかった。ただ、極端に口数が少なく、自身の指先が細かく震えていることにすら気づいていないようだった。彼女の視線は、カウンターの上の靴と、倉庫番の顔と、自身の手に握られた引換証の間を、あてどなく、そして意味もなく彷徨い続けている。


彼女の内面は、激しい悲嘆に暮れるという段階にすら至っていない。配偶者がもう永遠に戻らないという情報と、眼の前に置かれた「彼の一部であった物質」のギャップ。それらが彼女の精神の処理能力を完全に超え、何が正しくて、自分が今ここで何をすべきなのかを見失わせているのだ。

かつて地下迷宮で、幻覚作用のある胞子を吸い込んだ若い盗賊が陥った状態異常――自我の輪郭が溶け出し、正気を装う努力すらできなくなる《混乱》と、彼女の今の状態はひどく似ていた。悲しみという感情すら形成されないほどの、静かで決定的な心理的パニック。彼女の心は、事実を受け入れることを拒絶し、真空の中でただあえいでいる。


「……確認の署名を、こちらへ」


倉庫番は極力感情の波を排した、ひどく平坦な声で告げた。彼自身の《石化》した内面は、彼女の悲劇的な《混乱》の波長に直接当てられることはない。倉庫番はただの記録官として、羊皮紙の台帳と、インクを含ませた羽ペンを彼女の前に差し出した。

彼女は震える手で羽ペンを握り、インクをわずかに紙へ零しながら、歪んだ筆跡で自らの名を記した。


そして彼女は、カウンターの上の靴を両手で引き寄せ、まるで壊れ物を扱うように胸に抱き込んだ。

その瞬間、彼女の輪郭が微かに揺らいだのを、倉庫番は見た。


ギルドという巨大な機構は、魔物の巣食う未踏領域から完全な遺体を回収し、遺族に返すことなどほとんどしない。コストに見合わないからだ。彼らが遺族に返却するのは、こうしたひび割れた靴や、汗の染みた手袋、あるいは誰にも読まれることのなかった宛名のない手紙だけである。


未帰還者区画の暗い棚の奥で、持ち主がいつか迎えに来ると信じたまま、無防備な《睡眠》状態に置かれていた遺品たち。それらがこの窓口で遺族の手に渡り、持ち主の死という決定的な文脈を与えられた瞬間、保留されていた時間は唐突に終わりを迎える。靴に宿っていた微かな《マナ》の残滓は完全に霧散し、ただの「死者の遺した物質」へとその性質を変容させるのだ。


それは、ひどく残酷な儀式だった。

人間がこの世界から完全に消え去り、「物質として終わる」のは、暗い森の奥で獣の牙にかかって息絶えた瞬間ではないのだろう。

遺された者が、その不在の証明である物質を自らの腕で受け取り、自身の人生にその重みを決して抜けないアンカーとして打ち込まれた時。その儀式を経て初めて、人間は一個の「確定した痕跡」として、静かに世界から退場していくのだ。


彼女は靴を胸に抱きしめたまま、足元をふらつかせ、一度も振り返ることなく石階段を上っていった。

倉庫番には、彼女の《混乱》を瞬時に鎮め、絶望から引き上げるような《回復魔法:ヒール》の言葉もなければ、彼女の先の人生を明るく照らす《オラクル》を授ける力もない。彼は英雄ではなく、ただ地下倉庫で物を整頓し続けるだけの男だ。

彼女が抱えていったあの靴の重さは、やがて彼女の長い人生の底で少しずつ摩擦し、形を変え、沈殿していくのだろう。それがいつか彼女の中で別の名前を持つ状態へと落ち着くことを、倉庫番はただ遠くから推測することしかできない。


カウンターの上に残された数滴のインクの染みを、倉庫番は乾いた布で静かに拭き取った。

窓口の木戸を閉めると、再び地下特有の重たい静寂が降りてきた。彼は台帳を小脇に抱え、また次の誰かの痕跡が眠る薄暗い棚の間へと、ひきずるような足取りで戻っていった。

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