第47話「蒼き翼、赫き剣」
第二戦は、第一戦よりも静かに始まった。
訓練場の中央で、蒼き巨人と赫き機兵が向かい合う。
アーク・ギガントの背には、蒼銀の翼。
ソル・ヴィルトゥスの手には、赫く輝く剣。
風はない。
それでも、二機の間に張り詰めた空気が流れていた。
操縦席の中で、ノアは深く息を吸った。
焦るな。
勝とうとするな。
けれど、逃げるな。
アウレリウスの言葉。
ミリアの言葉。
アークの静かな声。
それらを胸の奥でひとつずつ確かめる。
――王統同調率、安定。
――アーク・セレスター、限定稼働可能。
――セレスティアル・ブレード、保持状態良好。
「ありがとう、アーク」
――はい。
ノアは視線を前へ向ける。
ソル・ヴィルトゥスは動かない。
ただ剣を構え、こちらを見ている。
それだけで圧があった。
以前なら、その圧に押されて先に動いていたかもしれない。
とにかく攻めなければ。
何かしなければ。
そう焦って、無理に踏み込んでいた。
けれど今は違う。
ノアは大剣を低く構え、アーク・ギガントの重心をわずかに落とした。
背部のアーク・セレスターが小さく展開する。
翼状装甲が開き、青白い導光が走った。
訓練場の端で、ミリアが息を呑む。
「……今度は、最初から落ち着いてる」
隣でルナが光板を確認する。
『はい。王統同調率は第一戦開始時より安定しています』
「いい感じ?」
『現時点では』
「現時点では、ってつけるのやめて」
『戦闘中の状態は常に変動します』
「正論だけども!」
ミリアはそう言いながらも、視線を二機から離さなかった。
アウレリウスの声が響く。
「来ないのか」
ノアは答える。
「見ています」
「何をだ」
「あなたの呼吸を」
わずかな沈黙。
ソル・ヴィルトゥスの剣先が、ほんの少しだけ下がる。
「機人に呼吸はない」
「でも、間はあります」
ノアは静かに言った。
「踏み込む前の重心。剣を振る前の肩の角度。狙う場所を決めた時の、ほんの少しの変化」
アウレリウスはしばらく黙っていた。
そして、低く言った。
「ならば、見切ってみせろ」
次の瞬間、ソル・ヴィルトゥスが動いた。
地を蹴る。
赫い光が尾を引く。
速い。
だが、ノアは正面から受けなかった。
アーク・ギガントの翼が微かに開く。
青白い粒子が噴き、巨体が横へ滑るように動いた。
赫い剣が胸部装甲のすぐ横を通過する。
「避けた!」
ミリアが声を上げる。
ノアはすぐに反撃へ移らない。
ソル・ヴィルトゥスが斬り返してくることを読んでいた。
赫い刃が下から跳ね上がる。
アーク・ギガントは左腕の盾を斜めに構え、衝撃を受け流した。
火花が散る。
だが、姿勢は崩れない。
――姿勢制御、安定。
――アーク・セレスター補助、有効。
「このまま……!」
ノアは大剣を振る。
だが、第一戦のように力任せには振らなかった。
一撃で倒そうとしない。
刃を置く。
相手の動く先を塞ぐ。
セレスティアル・ブレードの巨大な刃が、ソル・ヴィルトゥスの進路を断つように振り下ろされる。
アウレリウスはそれを横へかわす。
その瞬間、ノアは剣を止めず、重さを利用して機体を回転させた。
翼が補助し、アーク・ギガントの巨体が大きく弧を描く。
大剣の柄が、ソル・ヴィルトゥスの脇腹を狙う。
だが、アウレリウスはさらに速かった。
赫い機体が低く沈み、柄の打撃を潜る。
そのままアーク・ギガントの膝へ剣の背を打ち込んだ。
衝撃。
アーク・ギガントの姿勢が揺らぐ。
「っ……!」
――左脚部、負荷増大。
――転倒危険。
ノアは慌てない。
倒れまいと踏ん張るのではなく、倒れかけた方向へあえて体を流す。
アーク・セレスターの片翼が展開し、青い光が噴く。
巨体が地面すれすれで回転し、滑るように距離を取った。
石畳を削りながらも、アーク・ギガントは倒れなかった。
ミリアが思わず拳を握る。
「踏ん張らなかった……!」
ルナが頷く。
『転倒回避としては正しい判断です。無理に姿勢を戻そうとすれば、関節部に過負荷が生じていました』
「つまり、ノアすごい?」
『良い判断です』
「すごいでいいじゃん」
ルナは少し考えた。
『ノアは、良い判断をしました』
「よし」
ミリアは満足げに頷いた。
訓練場の中央で、ソル・ヴィルトゥスが振り返る。
アウレリウスの声が響いた。
「今のは適切な判断だ」
「ありがとうございます」
「だが、逃げただけだ」
その言葉に、ノアは小さく息を吐く。
「はい」
その通りだった。
避けた。
受け流した。
倒れなかった。
けれど、まだ届いていない。
戦場では、守るだけでは終わらない。
生き残るためには、退く判断と同じだけ、踏み込む判断がいる。
ノアは大剣を構え直した。
「アーク、翼の補助をもう少し前に」
――推力補助、前方加速へ配分。
――急加速時、搭乗者負荷が増大します。
「分かってる」
――推奨負荷範囲内で補助します。
「ありがとう」
ソル・ヴィルトゥスが再び構える。
アウレリウスは静かに言った。
「王子。お前の剣には、まだ迷いがある」
「迷い……」
「相手を斬る迷いではない。踏み込む迷いだ」
ノアは黙る。
「帰ると決めた者は、逃げる場所を持つ。だが同時に、帰るために越えねばならぬ場所も知る」
赫い導光が、剣に強く灯る。
「進むべき時に進めぬ者は、帰る道すら失う」
その言葉は、ノアの胸へ静かに落ちた。
帰るために戦う。
それは、ただ逃げ延びることではない。
生きて帰るために、必要なら踏み込む。
守るために前へ出る。
怖くても、道を切り開く。
ノアは両手を握り直した。
「アーク」
――はい。
「次は、踏み込もう」
――了解。
ソル・ヴィルトゥスが動く。
真正面。
速い。
赫い刃が一直線に迫る。
ノアは避けなかった。
左腕にアイギス・シェルを展開。
盾を斜めに出す。
赫い剣が盾に当たる瞬間、アーク・セレスターの翼を開く。
青白い推力が爆ぜた。
アーク・ギガントは衝撃を後ろへ逃がすのではなく、斜め前へ流した。
盾と剣が擦れ、火花が長く散る。
ソル・ヴィルトゥスの剣筋がわずかに逸れる。
その一瞬。
ノアは踏み込んだ。
「今!」
セレスティアル・ブレードを振り上げる。
重い。
だが、その重さはもう敵ではない。
足。
腰。
肩。
腕。
そして翼。
機体全体がひとつの流れになる。
蒼い大剣が、下から弧を描いた。
アウレリウスは剣を引き戻し、防御に移ろうとする。
だが、ノアは途中で刃の角度を変えた。
狙いは胴ではない。
ソル・ヴィルトゥスの剣。
蒼い刃が赫い剣の根元へぶつかる。
甲高い音。
導光が弾ける。
ソル・ヴィルトゥスの剣が、大きく跳ね上がった。
「武器を……!」
ミリアが声を上げる。
ノアはさらに前へ出る。
ここで止まれば、また取り返される。
大剣の勢いを殺さず、柄を引き寄せ、刃の腹でソル・ヴィルトゥスの胸部装甲を押す。
斬るのではない。
崩す。
赫い機体が半歩、後退した。
訓練場に、重い音が響く。
ソル・ヴィルトゥスの足が、石畳を削った。
アウレリウスが初めて、明確に押された。
沈黙。
ノアの息が荒くなる。
「……届いた」
だが、次の瞬間。
ソル・ヴィルトゥスの空いた左腕が、アーク・ギガントの大剣の柄を掴んだ。
「え」
赫い機体が、そのまま身体をひねる。
ノアはすぐに剣を手放そうとしたが、わずかに遅い。
アーク・ギガントの巨体が引き込まれる。
ソル・ヴィルトゥスの膝が、アークの腹部へ入った。
続けて肩へ剣の柄が打ち込まれ、最後に足を払われる。
視界が回る。
轟音。
アーク・ギガントが背中から訓練場に倒れ込んだ。
安全制限の光が走り、衝撃を抑える。
それでも、操縦席の中でノアは大きく揺さぶられた。
ソル・ヴィルトゥスの剣先が、再び胸部中枢の前で止まる。
「終了だ」
アウレリウスの声。
ノアは荒い息をつく。
負けた。
また負けた。
けれど――
ソル・ヴィルトゥスの胸部装甲には、蒼い刃で押された跡が残っていた。
小さな傷。
模擬戦闘用の安全制限越しの、わずかな接触痕。
確かに、届いた。
ノアは操縦席の中で目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。
「……ありがとうございました」
ソル・ヴィルトゥスが剣を下ろす。
「今の踏み込みは、先ほどより良い」
アウレリウスが言った。
「ただし、その後が甘い。武器を当てた瞬間に勝ったと思ったな」
「……はい」
その通りだった。
押した。
届いた。
その喜びで、一瞬だけ次を忘れた。
戦場では、その一瞬で死ぬ。
「一撃は始まりにすぎん。敵が止まるまで、状況は終わらない」
「はい」
「だが」
アウレリウスの声が少しだけ低くなる。
「進むべき時に進んだ。それは覚えておけ」
ノアは顔を上げた。
「はい」
訓練場の端で、ミリアが大きく息を吐いた。
「負けたけど……今の、すごかった」
ルナも光板を見つめながら頷く。
『第二戦における王統同調率は、第一戦終盤より十三パーセント上昇しています。アーク・セレスターとの連動も安定傾向です』
「つまり?」
『成長しています』
ミリアはぱっと顔を輝かせた。
「だよね!」
アーク・ギガントがゆっくりと起き上がる。
背の翼が畳まれ、蒼い導光が静かに流れる。
ノアは操縦席の中で、胸に手を当てた。
怖さはある。
悔しさもある。
けれど、それ以上に、次はもっと上手くやれるという感覚があった。
自分だけではない。
アークと一緒に。
ミリアとの約束と一緒に。
ルナの支援と、アウレリウスの教えと共に。
戦い方が、少しだけ見え始めていた。
*
模擬戦は、その後も続いた。
三戦目。
ノアは無理に大剣を振らず、盾と翼を使って距離を保つことを覚えた。
結果は敗北。
だが、ソル・ヴィルトゥスの連撃を初めて十秒以上凌いだ。
四戦目。
アーク・セレスターの短距離加速を使い、背後を取ろうとした。
途中までは成功した。
だが、アウレリウスに読まれ、逆に空中で姿勢を崩された。
結果は敗北。
それでも、ノアは空中機動の感覚を掴み始めた。
五戦目。
ノアは最初から勝ちを狙わず、ソル・ヴィルトゥスの剣筋を観察することに徹した。
三度打たれ、二度崩され、一度倒された。
それでも最後に、赫い剣の軌道を半歩ずらし、反撃の起点を作った。
負け続けた。
けれど、同じ負けではなかった。
「もう一度お願いします」
倒れるたびに、ノアはそう言った。
そのたびに、ミリアが叫ぶ。
「休憩!」
そしてルナが確認する。
『疲労反応、上昇。休息を推奨します』
アウレリウスは淡々と頷く。
「休め」
「はい」
ノアは素直に従った。
以前なら、もっとできると言っていたかもしれない。
無理に立ち上がり、焦りで自分を追い込んでいたかもしれない。
けれど今は違う。
休むことも、帰るために必要な行動だ。
そう思えるようになっていた。
ミリアは水と携帯食を持ってきて、ノアに渡す。
「はい。食べる」
「今は水だけで」
「食べる」
「……はい」
ノアが素直に受け取ると、ミリアは満足そうに頷く。
「よし」
「監督みたいだね」
「監督だよ。ノア生存監督」
「すごく限定的な役職だ」
「一番大事」
その言葉に、ノアは何も言い返せなかった。
代わりに、少しだけ笑った。
アウレリウスは離れた場所で、ソル・ヴィルトゥスの状態を確認していた。
その姿を、ミリアがちらりと見る。
「ねえ、ノア」
「うん?」
「あの人、強いね」
「うん。すごく」
「むかつくくらい強い」
「それは……うん」
ミリアは少しだけ悔しそうに頬を膨らませる。
「でも、ちゃんと教えてる」
ノアは頷いた。
「うん」
「だから、まだちょっと複雑だけど」
ミリアは水筒を抱えたまま、ぽつりと言う。
「少しだけ、見方が変わったかも」
ノアはミリアを見る。
ミリアは慌てて言い足した。
「許したとかじゃないよ。まだ聞きたいこといっぱいあるし。ノアのお父さんのことも、王都のことも、ちゃんと話してもらわないと困るし」
「うん」
「でも……今のあの人は、ノアを殺そうとしてる人じゃない」
ノアは静かに頷いた。
「そうだね」
それだけでも、大きな変化だった。
*
日が傾くころ、最後の模擬戦が行われた。
ルナは当初、これ以上の戦闘を推奨しなかった。
だが、ノアの生体反応は安定しており、アーク・ギガントの負荷も許容範囲内だった。
何より、ノアの目が違っていた。
焦りではない。
無理でもない。
ただ、確かめたいという意志。
ルナは少し考えた末に、制限時間を設けた。
『最終戦は三分以内。損傷予測値が規定を超えた場合、即時停止します』
「分かりました」
ノアが答える。
ミリアは少し心配そうだったが、何も言わなかった。
ただ、通信越しに一言だけ送った。
『帰ってきて』
「うん」
ノアは答える。
「帰ってくる」
最終戦。
ソル・ヴィルトゥスが構える。
アーク・ギガントも大剣を構える。
風が訓練場を抜けた。
先に動いたのは、ノアだった。
アーク・セレスターの翼が開く。
青白い粒子が噴き上がり、アーク・ギガントが低く加速する。
正面からではない。
わずかに斜め。
ソル・ヴィルトゥスの剣の間合いを外す角度。
アウレリウスはすぐに対応する。
赫い剣が横へ走る。
ノアは盾で受ける。
だが止まらない。
盾で受けた衝撃を、翼の推力で流す。
機体を回転させ、大剣を後ろから振る。
ソル・ヴィルトゥスが避ける。
読んでいた。
ノアは剣を途中で止めない。
むしろ、その空振りを使って機体をさらに旋回させる。
重い大剣が、今度は遠心力を得て横から迫る。
アウレリウスは一歩引く。
その一歩分を、ノアは翼で詰めた。
「っ!」
初めて、アウレリウスの声にわずかな変化が混じる。
だが、動きに迷いが生じることなくソル・ヴィルトゥスの剣が振り下ろされる。
「ここだ!」
アーク・ギガントの左腕が剣先に沿うように繰り出される。
装甲を掠めた剣先から激しい火花が散る。
危険な動きだが、それで僅かに剣先の軌道が逸れた。
その瞬間、セレスティアル・ブレードを下から振り上げる。
狙いは胸部ではない。
ソル・ヴィルトゥスの右肩。
武器を振るう基点。
蒼い刃が、赫い装甲へ迫る。
アウレリウスは回避する。
だが完全には避けきれない。
刃が、肩部の白銀副装甲を削った。
火花。
赫い導光の粒。
『接触判定。ソル・ヴィルトゥス右肩部副装甲、損傷』
ルナの声が響く。
だがノアは止まらない。
当たった。
そこで喜ばない。
敵はまだ動く。
ソル・ヴィルトゥスが反撃に出る。
剣を持ち替え、左から突きを放つ。
ノアは読んでいた。
アーク・セレスターの翼を片側だけ開き、機体を強引に横へ滑らせる。
突きが胸部をかすめる。
そのまま、アーク・ギガントはソル・ヴィルトゥスの背後へ回った。
「取った!」
ミリアが叫ぶ。
ノアは大剣を振り上げる。
しかし、アウレリウスは背を向けたまま動いた。
ソル・ヴィルトゥスの脚が、後ろへ跳ねる。
蹴り。
それがアーク・ギガントの膝へ入る。
姿勢が崩れる。
だが、ノアは倒れなかった。
「っ……まだだっ!」
翼が開く。
青白い推力が噴き、崩れた姿勢を逆に前進へ変える。
アーク・ギガントは大剣を手放した。
巨大な剣が地面へ突き刺さる。
「剣を捨てたか」
「武器は……まだある!」
叫ぶと同時にアーク・セレスターの推力を全開にし、一気に懐へ飛び込む。
飛び込む寸前、姿勢を大きく下げる。
体を屈め、足先からソル・ヴィルトゥスへ滑り込む。
「アーク! 僕の動きに合わせてくれ!」
ギア・コンチェルトで学んだ、姿勢制御の動き。
敢えて重心を崩し、次の動作へつなげる。
ノアのイメージする次の動作が、アーク・ギガントへ共有される。
――了解。
――アーク・セレスター、最大出力。
ソル・ヴィルトゥスが攻撃に対する構えを取る。
眼前まで滑り込んできたアーク・ギガントが、地面を擦る寸前の位置からアークセレスターの噴流を地面に向けて放つ。
強烈な噴射に押し出された蒼き巨人の体が錐揉み状に回転するとともに、真上に脚が繰り出される。
「!!」
想定外の動きにアウレリウスの反応が一瞬遅れる。
大推力を受けて放たれた上方への蹴りが、アウレリウスの顎部に直撃する。
轟音。
衝撃。
激しい振動が操縦席を揺さぶり、ソル・ヴィルトゥスが態勢を大きく崩す。
回転する勢いのまま強引に着地したアーク・ギガントがさらに肉薄する。
「アーク・スライサー!」
――〈アーク・スライサー〉、展開。
ノアとアーク・ギガントが同時に声を発する。
右腕から展開した白銀の切断刃が、仰け反りながら転倒を防いだソル・ヴィルトゥスの胸元へ突きつけられた。
一瞬の静寂。
そしてルナの声が響く。
『模擬戦闘、終了。勝者――アーク・ギガント』
ノアは、しばらく言葉を失った。
勝った。
アウレリウスに。
ソル・ヴィルトゥスに。
完全に打ち倒したわけではない。
模擬戦で、制限ありの条件下で勝っただけだ。
それでも。
勝った。
操縦席の中で、ノアの手が震える。
今度の震えは、恐怖だけではなかった。
ミリアが叫ぶ。
「ノア!」
ノアは通信を開く。
「……勝った」
「うん! 勝った!」
ミリアの声が弾んでいる。
けれど、少し泣きそうでもあった。
アーク・ギガントの胸の奥で、蒼い光が静かに脈打つ。
――模擬戦闘終了。
――王統同調率、安定。
一拍置いて、アーク・ギガントの音声が響く。
――ノア。
「うん?」
――今の挙動は、私の戦術提案に存在しない動きでした。
――あの状況と態勢で、攻撃が成功する確率は二割を下回っていたはずです。
もし姿勢を下げ過ぎれば、アーク・セレスターが地面を擦りバランスを崩していた。
低い姿勢からの噴射による勢いは、思わぬ挙動を生み転倒していた恐れもあった。
咄嗟の判断で行うには、無謀といっても良い攻め方だった。
しかしだからこそ、アウレリウスの意表を突けたとも言える。
「でも、やれると思ったよ」
――なぜ、それほどの自信が?
アーク・ギガントからノアへ質問をするのは、初めてのことかもしれない。
ノアは少し笑いながら答えた。
「アークと、アーク・セレスターの力を信じてたからね」
――……。
アーク・ギガントが無言になるのも、これが初めてのことに思えた。
しばしの沈黙ののち、アーク・ギガントは答えた。
――私も、まだまだ学ぶことが多い。
――良い戦闘でした。ノア。
ノアは息を呑んだ。
そして、小さく笑った。
「ありがとう、アーク」
ソル・ヴィルトゥスがゆっくりと立ち上がる。
アウレリウスの声が響く。
「あの動き」
ノアは少し身構えた。
「はい」
「王子の判断で行ったのか」
「……はい」
ノアの答えに、しばしアウレリウスが沈黙する。
大剣を手放したアーク・ギガントに対し、拳か切断刃が来ることは予想ができた。
だからこそ、アウレリウスは上段に防御の構えを取ったのだ。
だがアーク・ギガントは自ら態勢を崩し、アーク・セレスターの推力を活かして下段から強烈な垂直蹴りを放ってきた。
アーク・ギガントの王統同調の力と、アーク・セレスターの大推力。
そしてそれを実行するノア自身の強い意思がなければ、到底不可能な動きだった。
アウレリウスは続けた。
「恐らく、アーク・ギガントをあのように動かしたのはお前が初めてだろう」
淡々とした言葉。
だがそこには、率直な驚きと、どこか嬉しそうな響きが込められているように思えた。
「見事だ」
短い言葉。
それだけだった。
だが、それだけで十分だった。
ミリアは訓練場の端で両手を上げる。
「それ、だいぶ褒めてるやつだよね!?」
ルナが頷く。
『アウレリウス様が過去行った訓練の評価では、同様の発言記録はありません』
「やっぱり!」
アウレリウスは何も言わなかった。
ただ、ソル・ヴィルトゥスの剣を収める。
「王子」
「はい」
「今日の感覚を忘れるな」
ノアは静かに頷く。
「はい」
「今お前が証明したように、強い武器で押し切ることだけが勝利ではない。武器を捨てる判断も、退く判断も、守る判断も、すべて戦術だ」
赫い機兵が、蒼き巨人を見る。
「そして、帰るための戦いには、それらすべてが必要になる」
ノアはその言葉を胸に刻んだ。
「覚えておきます」
訓練場に、夕陽が差し込んでいた。
白い石畳が橙色に染まり、アーク・ギガントの蒼銀の翼が淡く輝く。
ソル・ヴィルトゥスの赫い導光も、炎ではなく、静かな灯のように見えた。
蒼き翼。
赫き剣。
かつて交わることのなかった二つの力が、今は同じ未来へ向かって並んでいる。
ノアは操縦席から降りた。
足元が少しふらつく。
だが、倒れる前にミリアが駆け寄ってきた。
「はい、そこまで!」
「まだ何も言ってないよ」
「言わなくても分かる。もう一回とか言う顔してた」
「……少しだけ」
「だめ」
即答だった。
ノアは苦笑する。
「分かった。今日は休む」
「よし」
ミリアは満足げに頷いた。
ルナも近づいてくる。
『ノア、生体反応に疲労蓄積が見られます。休息を強く推奨します』
「はい」
素直に答えると、ミリアがにやりと笑う。
「最近、ちゃんと返事するようになったね」
「監督が厳しいから」
「ノア生存監督だからね」
ノアは笑った。
その笑いは、以前よりも少し軽かった。
アウレリウスが少し離れた場所から見ている。
ノアはその視線に気づき、向き直った。
「アウレリウス」
「なんだ」
「ありがとうございました」
アウレリウスは黙っていた。
ノアは続ける。
「まだ、聞きたいことはたくさんあります。父上のことも、王都のことも、あなた自身のことも」
赫い瞳が、静かにノアを見る。
「でも、今日教えてもらったことは、ちゃんと覚えておきます」
アウレリウスはしばらく何も言わなかった。
やがて、短く答える。
「ならば、それでいい」
その言葉には、やはり余計な感情は乗っていなかった。
けれど、拒絶でもなかった。
ノアはそれを、前に進むための返事として受け取った。
*
その夜。
整備区画に戻ったアーク・ギガントは、静かに待機状態へ入った。
背に接続されたアーク・セレスターは折り畳まれ、翼の導光は穏やかに明滅している。
ノアは少し離れた場所から、その姿を見上げていた。
リヴァリアで傷つき、敗れたアーク。
渓谷で見つけた翼。
王都で繋ぎ直された機体。
そして、今日の模擬戦で得たもの。
すべてが、ひとつの流れになっている気がした。
ミリアが隣に並ぶ。
「今日は、よく頑張りました」
「急に先生みたいだね」
「監督兼先生」
「役職が増えてる」
「大事だから」
ミリアはそう言って笑った。
それから、少し真面目な顔になる。
「ノア」
「うん」
「今日のノアは、ちゃんと帰ってきたね」
ノアは少し驚いた。
ミリアはアーク・ギガントを見上げたまま続ける。
「勝とうとして無理するんじゃなくて、ちゃんと止まった。私の声も聞いた」
「うん」
「だから、よかった」
その言葉が、ノアには何よりも嬉しかった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ミリアは少し照れくさそうに笑う。
そして、ふと王都の遠くを見た。
「次は、リヴァリアの灯台だよね」
ノアの表情が引き締まる。
「うん」
第四避難施設。
灯台地下に残された手がかり。
ステラ・デルミナ。
王国滅亡の真実。
そこには、きっと今まで以上に重い答えがある。
けれど、今のノアは以前とは違う。
一人で抱え込まない。
戻れなくてもいいとは思わない。
帰るために戦う。
ノアは静かに頷いた。
「行こう。今度こそ、ちゃんと確かめに」
ミリアも頷く。
「うん。で、ちゃんと帰ってくる」
「うん」
王都の夜空に、星が瞬いていた。
蒼き翼は眠り、赫き剣は静かに控えている。
そして少年は、次の真実へ向かう準備を整えていた。
――第48話へつづく
※おことわり
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