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第45話「アーク・セレスター」

蒼銀の翼は、王都の空へ帰ってきた。


白亜の塔群が雲の下に見える。

崩れた橋。

修復中の外壁。

青白い光を放ちながら動く自動機械たち。


かつて滅び、今また静かに息を吹き返しつつある王都アステリア。


その上空を、長い眠りから目覚めた〈アーク・セレスター〉がゆっくりと旋回していた。


「……大きいね、やっぱり」


補助搭乗席の後ろで、ミリアがぽつりと言った。


飛んでいる間は渓谷の興奮もあって気づきにくかった。

けれど、王都の塔群と並ぶと、この翼がただの飛行装置ではないことがよく分かる。


アーク・ギガントの背に接続されるためのもの。

王統機兵を遥かな空へと運ぶ、大いなる翼。


それが今、二人を乗せて王都へ戻ってきている。


「見て、アヴィス・ライナーも付いてきてる」

「本当だ」


ルナの指示だろうか。

アルナ村に置いてきてしまっていたアヴィス・ライナーは自動飛行でアーク・セレスターの後方を飛んでいた。


まもなく王都内の整備区画が見えてきた。


「ルナ、着陸地点は?」


ノアが光板へ問いかけると、すぐにルナの声が返った。


『整備区画上層の大型搬入口を開放しています。アーク・セレスターの自律航行補助に従ってください』

「分かった」


その言葉に答えるかのように、搭乗席内に音声が響く。


――着陸補助機構、稼働開始。

――姿勢制御後、着陸態勢へ移行。


「つまり?」


ミリアが尋ねる。


「今から降りるって」

「自動でやってくれるんだ」


アーク・セレスターは翼を少し畳み、ゆっくりと高度を下げていく。

巨大な翼が王都の発着区画へ影を落とした。


下では、ルナが投影体の姿で待機している。

その隣には、アウレリウスが腕組みして立っていた。


さらに奥では、横たえられたアーク・ギガントの修理が続いている。

青白い光腕が装甲の裂け目をなぞり、損傷した部位を分解し、再構築していく。


傷ついた相棒の姿を見て、ノアは胸の奥が少しだけ痛んだ。

けれど、その痛みは昨日までとは違っていた。


ただ悔やむだけではない。

返すべきものを持ってきた。

そう思えた。


「行こう」

「うん」


アーク・セレスターの下部が発着区画へ近づく。

翼が大きく広がり、蒼白い粒子が風のように舞った。


次の瞬間、ずしん、と重い振動。


「わっ!」


ミリアがノアの肩を掴む。


機体が一度大きく揺れたが、すぐに安定する。

固定具が外れ、補助搭乗席の扉が開いた。


『着陸を確認。二名の生体反応、正常』


ルナの声が届く。


ミリアは深く息を吐いた。


「……生きて着いた」

「大げさじゃない?」

「初めて見る古代のおっきな翼に乗って空飛んだんだもん。大げさにもなるよ」

「それは、そうかも」


二人が外へ降りると、アウレリウスがゆっくりとアーク・セレスターを見上げた。

その紅い瞳が、わずかに細められる。


「……まさか、これが残っていたとはな」


ノアは振り向く。


「知っているんですか?」


アウレリウスはしばらく翼を見上げていた。

その表情には、懐かしさに似たものがあった。


「記録だけだがな。王統機兵〈アーク・ギガント〉には本来、長距離単独飛行を可能にする外部装備が存在していた」


ルナも静かに頷く。


『光翼推進機構〈アーク・セレスター〉。王統機兵の戦域展開能力を拡張するための装備です』


ミリアが目を輝かせる。


「やっぱりアークの翼なんだ」

『はい。形状照合、導光規格、王統認証反応、すべて一致しています』


ノアはアーク・セレスターを見上げた。


渓谷で見た時よりも、その姿ははっきりしている。

崖の土や苔が落ち、折り畳まれていた装甲翼が半ば展開した状態になっている。


アーク・ギガントと同じ蒼銀の装甲。

白に近い縁取り。

内部を流れる青白い導光線。


そして、中央にある巨大な連結基部。


「これが、昔アークに……」


ノアが呟くと、ルナが光板を展開した。

そこには、アーク・ギガントの背部構造図とアーク・セレスターの接続部が並んで表示されている。


『接続規格は一致しています。ただし、アーク・セレスター側にも損傷と多少の劣化が見られます。接続には少し点検が必要です』


ミリアが少し肩を落とす。


「すぐにはくっつかないんだ」

『アーク・ギガント本体の背部推進機構も損傷していますから、そのまま接続できるかは確認が必要です』


アウレリウスはアーク・セレスターの基部へ歩み寄り、片手で装甲表面に触れた。


「おそらく、王都を脱出した時に分離したのだろう」

「脱出……」


ノアの胸が微かに疼く。


燃える王都。

父の声。

空へ逃げるアーク・ギガント。

背後から迫る紅い光。


渓谷で見た断片が、また脳裏をかすめる。


「僕は、これを使って王都から逃げたんでしょうか」


アウレリウスは答えなかった。

いや、答えられないのかもしれない。


少しの沈黙の後、ルナが静かに言った。


『可能性は高いと思われます。王都崩壊時、アーク・ギガントは王統継承者を保護し、緊急離脱を行った記録があります。ただし、詳細な航行記録は失われています』


「そして、アルナ村に落ちた」


ノアが言う。


『はい。アーク・ギガント本体は現在の旧アルナ村地下へ。アーク・セレスターは、そこから西方の渓谷へ落着したと考えられます』


ミリアが翼を見上げる。


「じゃあ、アークもこの翼も、ずっと近くにいたんだね」


その言葉に、ノアははっとした。


アーク・ギガントは村の地下で眠っていた。

アーク・セレスターは、西の渓谷で眠っていた。


自分は、その近くで目を覚ました。


千八百年の時を越えて。

失われたものたちは、アルナ村の周りに眠っていた。


まるで、いつか再び出会う時を待っていたかのように。


「……帰ってきたんだな」


ノアは小さく呟いた。


「アークも、この翼も」


ミリアが隣で頷く。


「じゃあ、ちゃんと返してあげなきゃね」

「うん」


ノアは整備区画の奥に横たわるアーク・ギガントを見る。


「返そう、アークに」



整備区画では、作業が一気に慌ただしくなった。


ルナが王都中枢と接続し、修理工程を組み替える。

自動機械たちがアーク・セレスターへ群がり、外装の汚れや劣化した部位を解析していく。


巨大な翼の装甲が一部開かれ、内部の導光路が露出する。

そこには、細く複雑な光の筋が無数に走っていた。


ミリアは手すりの向こうから、その作業を見つめている。


「すごい……中、光の川みたい」

『アーク・セレスターは単なる推進装置ではありません』


ルナが説明する。


『アーク・ギガント本体の炉心出力を分散し、姿勢制御、長距離航行、空中戦闘補助を行う複合外装です。接続後はアーク・ギガントの機動性能が大きく向上します』

「……つまり?」


毎度のごとく、ミリアが疑問符を頭に浮かべる。


「平たく言うと、アークが飛べるようになるってことでいいかな」

『はい。ただし、飛行には高い同調安定性が必要です』


ノアはその言葉に反応した。


「同調安定性……」


リヴァリアでの敗北。

王統同調率の低下。

自分の精神の揺らぎが、アークの動きを鈍らせた。


その記憶が蘇る。


ルナはノアを見た。


『ノア。アーク・セレスター接続後のアーク・ギガントは、これまで以上に搭乗者の意志の状態が重要になります』

「……うん」

『恐怖や迷いをすべて消せ、という意味ではありません』


ノアは少し驚いてルナを見る。

ルナは穏やかに続けた。


『恐怖があること自体は異常ではありません。迷いがあることも、人間として自然な反応です。重要なのは、それらに飲み込まれないことです』


ノアは黙って聞いていた。


『あなたが帰ると決めたこと。それは、同調の安定に寄与する可能性があります』


ミリアが少しだけ笑う。


「約束の効果、すごいね」


ノアも小さく笑った。


「そうかもしれない」


帰るために戦う。

その言葉を思い出す。


まだ怖さはある。

失う恐怖も、敗北の記憶も消えていない。


けれど、それでも帰ると決めた。

その決意が、アークの力になるのなら。


ノアは、もう逃げたくなかった。

その時、アウレリウスが整備区画の奥を見た。


「ルナ。装甲補強の素材は足りるのか」

『王都内に残存していた王国守護機兵の残骸を利用します。アーク・ギガントの規格に近い高純度の星冠合金を選別済みです』


ミリアが目を丸くする。


「残骸って……他の機兵の?」

『はい。王都防衛戦で破壊された有人機兵たちの残存装甲です。一般の防衛機兵よりも高純度の装甲が使われていたので、補強には最適です』


ノアはその言葉に少しだけ胸が詰まった。


かつて王都を守ろうとした機兵たち。

戦いの中で破壊され、残骸となっていたもの。


その一部が、今アーク・ギガントを守る装甲になる。


「みんなの力を借りるんだね」


ミリアが静かに言った。

ノアは頷く。


「うん」


ルナが光板を操作する。

アーク・ギガントの構造図に、新たな装甲配置が表示された。


胸部には厚みを増した白銀の装甲。

肩部には翼を思わせる補助装甲。

脚部には飛行時の姿勢制御を補助する追加板。

背部には、アーク・セレスターとの接続基部。


そして右腕には、新たな武装の図面が浮かび上がっていた。


「これは?」


ノアが尋ねる。


アウレリウスが答えた。


「リヴァリアで回収しておいた港湾施設制圧型統治機兵の武装を加工したものだ。」

「敵の武器を?」

「使えるものは使う。あれらの刃は強度が高い。加工すれば、アーク・ギガントの切断刃に代わる主兵装になる」


光板に映し出されたのは、幅広の大剣だった。


通常の剣というより、機兵の装甲を断つための重い刃。

だが、アーク・ギガントの意匠に合わせ、王都合金の外装と青白い導光線が組み込まれている。


荒々しい武器でありながら、どこか気品があった。


『兵装名称は、機装大剣〈セレスティアル・ブレード〉です』


ルナが告げた名前に、ミリアが目を輝かせる。


「かっこいい」


ノアも思わず頷く。


「うん」


アウレリウスは淡々と言う。


「扱えるかどうかは、王子の意志次第だ」

「……はい」


ノアは背筋を伸ばした。

ミリアが小声で言う。


「言い方」

「必要な言い方だ」


アウレリウスは即答した。

ミリアは頬を膨らませるが、以前よりは少しだけ角が取れているように見えた。


ノアはそのやり取りを見て、少しだけ安心した。


まだ信じきれたわけではない。

それでも、会話ができている。

それはきっと、前に進むための小さな一歩だった。



修理と接続作業は、夜まで続いた。

王都の整備区画に、青白い光が満ちる。


自動機械たちが無数の腕を伸ばし、破損した装甲を外し、新たな装甲を取り付けていく。

アーク・セレスターの導光路が修復され、出力調整が行われる。

背部推進機構の潰れた部分は取り外され、巨大な接続基部へと置き換えられた。


ノアとミリアは途中で何度も休むよう言われたが、結局最後まで見届けていた。


ルナも、止めなかった。

たぶん、分かっていたのだ。


これはただの修理ではない。

敗北からもう一度立ち上がるための時間なのだと。


やがて、整備区画の中央でアーク・ギガントがゆっくりと起こされた。

その背後に、アーク・セレスターが移動する。


巨大な翼が広がる。

接続基部が、アーク・ギガントの背へ近づいていく。


ルナの声が響いた。


『接続工程、開始』


重い金属音が鳴る。

基部が噛み合い、青白い光が走った。


アーク・ギガントの全身の導光線が一斉に輝く。

胸部中枢の蒼い光が強くなる。


翼へ光が流れ込む。

折り畳まれていたアーク・セレスターの装甲翼が、一枚ずつ展開した。


白銀と蒼銀。

青白い光。

星冠の紋章。


それは、以前のアーク・ギガントとは違っていた。


胸部装甲は厚く、より精悍な騎士の鎧のように整えられている。

肩部には翼状の補助装甲が重なり、全体の輪郭はより力強く、より高貴になった。

脚部の追加装甲は空中姿勢制御用の小さな翼を備え、背には巨大な蒼銀の翼。


そして右側には、新たに組み上げられた機装大剣〈セレスティアル・ブレード〉が装着されている。


ミリアが息を呑んだ。


「……アーク、すごい」


ノアは言葉を失った。


かつて地中から目覚めた蒼き巨人。

何度も自分を守り、傷つき、それでも立ち上がった相棒。


その姿が、今、もう一度変わった。


ただ強くなっただけではない。

失われていたものを取り戻したのだ。


『アーク・セレスター接続、完了』


ルナの声が静かに響く。


『王統機兵〈アーク・ギガント〉、強化外装形態への移行を確認』


アーク・ギガントの双眸に、蒼い光が灯った。


――システム再起動。

――アーク・セレスター接続確認。

――飛行支援機構、限定稼働可能。

――セレスティアル・ブレード、装備確認。


ノアの頭の奥に、懐かしい声が響く。


――ノア。


「アーク……」


――帰還を確認。

――再接続を確認。


ノアは胸が熱くなった。


「翼、返せたよ」


一拍置いて、アーク・ギガントが答えた。


――感謝します。


それは相変わらず淡々とした声だった。

けれど、ノアには確かに聞こえた。


どこか安堵したように。

ミリアが隣で目元をぬぐう。


「なんか、いいね」

「うん」


ノアも頷いた。


「すごく、いい」


アウレリウスは腕を組んだまま、強化されたアーク・ギガントを見上げていた。

その紅い瞳には、冷静な評価と、ほんのわずかな感慨が浮かんでいる。


「形は整ったな」


ノアはアウレリウスを見る。

そして、アーク・ギガントを見上げる。


強くなった。

アークは修復され、翼を取り戻した。

新たな剣も得た。


けれど、自分はどうだ。


リヴァリアで敗れた自分。

迷い、恐れ、同調を乱した自分。

戻れなくてもいいと思いかけた自分。


機体だけが強くなっても、同じことを繰り返すかもしれない。

ノアは拳を握った。


「アウレリウス」

「なんだ」

「模擬戦に付き合ってほしい」


ミリアが驚いたように振り向く。


「ノア?」


ノアはアウレリウスをまっすぐ見た。


「今のアーク・ギガントを扱えるようになりたい。統治機兵と戦うために。もう、あんな負け方をしないために」


アウレリウスはしばらく黙っていた。


ルナも、ミリアも、何も言わない。


整備区画の青白い光の中で、ノアの声だけが静かに響く。


「僕は、帰るって約束しました」


ミリアの表情が少し変わる。


「だから、帰るために強くなりたい」


アウレリウスの紅い瞳が、ノアを見据える。


やがて、彼は小さく頷いた。


「いいだろう」


その声に、甘さはなかった。

だが、拒絶でもなかった。


「ソル・ヴィルトゥスで相手をする」


ルナがすぐに反応する。


『現在のアーク・ギガントは修復直後です。全力戦闘は推奨できません』

「制限付きで構わない」


アウレリウスは答える。


「だが、手加減はしない」


ノアは頷いた。


「お願いします」


ミリアは少し不安そうにノアを見る。

だが、止めなかった。


ノアは戦う。

ミリアは支える。

そして、必ず帰る。


だからこそ、今ここで立ち止まるわけにはいかない。


ミリアは小さく息を吸い、ノアに言った。


「無茶はだめだからね」

「うん」

「本当にだめだからね」

「分かってる」

「怪しくなったら、私が止めるから」


ノアは少しだけ笑った。


「頼りにしてる」


ミリアは一瞬だけ目を丸くした。

それから、照れたように顔を背ける。


「……なら、よし」


アーク・ギガントが整備台の上で静かに立ち上がる。

背の翼が折り畳まれ、青白い光がゆっくりと流れる。


蒼き王統機兵。

失われた翼を取り戻した巨人。


その姿を見上げながら、ノアは深く息を吸った。


敗北は、終わりではない。

傷は、ただ残るだけではない。

失ったものは、もう一度繋ぎ直せる。


アーク・セレスター。


王都から逃げるために失われた翼は、今度は前へ進むための翼になる。


ノアは静かに目を閉じ、そして開いた。


次に戦う時は、帰るために勝つ。


その決意を胸に、蒼い巨人の光が王都の夜を照らしていた。



――第46話へつづく

※おことわり

本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。

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