第41話「帰還と修復」
王都は、緩やかな目覚めを迎えていた。
かつて滅びた王国の中枢。
ノアの過去が眠る場所。
そして今は、彼らが戻る場所のひとつでもある。
浮航艇が王都外縁の発着区画へ降り立つと、待機していた自動機械たちが一斉に動き出した。
まず運び出されたのは、傷ついた蒼き巨人だった。
アーク・ギガントの受けた損傷は、見るからに深刻だった。
胸部装甲は深く裂け、左肩部の装甲は大きく欠けている。
右脚部には焼け焦げたような跡が走り、背部推進機構は完全に潰れてしまっていた。
かつて神話の巨人のようにそびえ立っていたその姿は、今は痛々しいほどに傷ついている。
「……アーク」
ノアは発着区画の床に立ち、運ばれていく巨人を見上げた。
アーク・ギガントに刻まれた傷を見るたびに、ノアの胸は痛んだ。
港町リヴァリアでの戦いの時、明らかにアーク・ギガントの動きは鈍かった。
だがそれは、アーク・ギガントのせいではなかった。
問題は、ノア自身にあったのだ。
『――王統同調率、さらに低下。』
あの時。
戦闘中のアーク・ギガントの声が脳裏に過ぎる。
ノアの精神面での不調が、アーク・ギガントの動作に影響を与えてしまったのだ。
もっと上手くやりたかった。
でも、できなかった。
その事実がさらに焦りを生み、悪循環がやがて敗北をもたらした。
受け止めなければならなかった。
その敗北を。
自分自身の心の弱さを。
ノアがじっと黙っている横で、ミリアもまた黙ってノアを見つめていた。
言いたいことが山ほどある。
だが今はまだ、どう言っていいのかわからない。
そんな表情だった。
二人の沈黙を破ったのは、ルナの声だった。
『アーク・ギガントの整備区画への搬入を開始します』
発着区画の床面が開き、巨大な搬送台がせり上がる。
アーク・ギガントの機体が慎重に固定され、青白い光腕が各部の損傷をなぞっていく。
空中に光板が浮かび、機体の損傷図が表示された。
『胸部装甲大破。左肩部装甲損傷。右脚部駆動系に重大負荷。背部推進機構、応答なし。主炉心および補助炉心に過負荷履歴を確認』
ルナの声は冷静だった。
『自己修復のみでの復旧は不可能です。王都整備区画での修理を開始します』
アーク・ギガントが静かに応じる。
――了解。
――非戦闘行動状態へ移行。
そう言うとアーク・ギガントの双眸から光が消え、沈黙する。
その様子を見届けたノアが尋ねる。
「修理には、どれくらいかかる?」
ルナは少しだけ間を置いて答えた。
『正確な時間は解析後に算出しますが、少なくとも数日は必要です』
「数日……」
ノアは無意識に拳を握った。
つまりその間、アーク・ギガントには乗れないということだ。
リヴァリアにはまだ、灯台の地下施設が残されている。
もし、また襲撃を受けたら――
「その心配は杞憂だ」
背後から聞こえた静かな声に振り向くと、
少し離れた場所に、アウレリウスがこちらに向かって歩いてきていた。
「灯台周辺には監視網を敷いている。また敵が来ればすぐにわかるし、そのときは私が出るだけのことだ」
「アウレリウス……」
淡々としているが、つまり余計な心配をするなと言っているのだ。
どう受け止めて良いのかわからず、ノアはしばし黙ってしまった。
その沈黙をどう捉えたのか、アウレリウスが続ける。
「どのみち、今の王子に防衛行動は不可能だ」
ばっさり切り捨てるような物言いに、隣にいたミリアがむっ!と声をあげた。
「そんな言い方しなくてもいいでしょ!」
「必要な言い方だ」
きっぱりとアウレリウスが言った。
それが正論だと分かるからこそ、ノアには何も言えなかった。
ミリアは納得がいかないのか、隣で頬を膨らませている。
「王子。アーク・ギガント、つまり王を守護するその力は、搭乗者の意志の力と同義だ」
ノアには、説明されずともよくわかった。
焦り、恐れ、不安。
ノアのその心の不安定さが、アーク・ギガントの力に制限をかけたのだ。
「あれは王たる意志を持つものだけが扱える特別な機兵だ。だが今の王子では、並の統治機兵にすら遅れを取るだろう」
もう一度、むっ!と声がした方を見ると、ミリアの頬は、今にも破裂せんばかりの膨れようだった。
その頬が破裂する前に、アウレリウスが続けた。
「だからこそ、今は休め」
「……え?」
ミリアの頬が一気にしぼむ。
ノアもぽかんとした顔でアウレリウスを見た。
「アーク・ギガントは修理中。敵の動きも現状はない」
アウレリウスは搬送台に横たわるアーク・ギガントを眺めた後、
こちらに向き直った。
「ならば、やるべきことは一つだろう」
ミリアが先に答えた。
「お休みしろってこと?」
「そういうことだ」
整備区画へと運ばれていくアーク・ギガントを見つめながら、ノアは黙り込む。
そんなノアを見て、ミリアがふと口を開いた。
「じゃあさ」
「うん?」
「一度アルナ村に戻ろうよ」
ノアは瞬きをした。
「アルナ村に?」
「うん。正確には、今のみんなが居るちょっと西の方だけど」
ミリアは少しだけ笑った。
「みんなにも無事だって顔見せたいし。ノアも、ちゃんと休める場所が必要でしょ」
「でも……」
傷ついたアーク・ギガントを置いて、この場を離れていいのか。
ノアには踏ん切りがつかなかった。
そこにルナの声が届く。
『ノア、心配は無用です』
「ルナ……」
『今ここにいる全員が、あなたが休息を取ることを望んでいます。それにアークがこの件について何と言うかは、聞くまでもないでしょう』
「きっと『――休息を推奨。』だね」
ミリアがアークの機械音声を真似て言う。
その似ているような似ていないような声に、ようやく、少しだけ笑うことができた。
「……それじゃ、少し休ませてもらおうか」
「うん、そうしよ」
ミリアが嬉しそうに笑った。
*
ノアとミリア、そしてルナとアウレリウスは再び発着区画に来ていた。
「アルナ村までの移動手段は用意できるのだろう、ルナ」
『はい。鳥型機獣〈アヴィス・ライナー〉を手配します』
何やら光板を操作しているルナが答えた。
「鳥型?」
ミリアが身を乗り出した。
「それって、乗れるの?」
「はい」
「飛ぶの?」
「はい」
それを聞くや否や、ミリアの目がきらりと輝いた。
「ノア、早く行こう」
「決断が早い」
ミリアは胸を張る。
「だって鳥に乗って村に帰るんだよ? 行くでしょ」
「なんか目的が変わってるような……」
「ちゃんとノアを休ませる理由もあるよ。半分くらい」
「もう半分は?」
「鳥」
ノアは思わず苦笑した。
その笑みを見て、ミリアも少しだけ安心したようだった。
ルナは淡々と続ける。
『〈アヴィス・ライナー〉の用意には一時間ほど必要です。それまで、ノアとミリアは王都内で休息を取ってください』
それを聞いたミリアが「あ、じゃあさ」とノアの方を見た。
「ゴルドさんが持ってきてた焼き菓子、港を出る時に少し分けてもらったんだ。一緒に食べよ」
*
「はい、食べて」
「ありがとう」
ノアはミリアから受け取った焼き菓子を口に含む。
「……甘い」
「ね、おいしいでしょ」
ノアは疲労した身体に甘みが染み渡るのを感じた。
ミリアはしばらく様子を見て、それから自分の焼き菓子をかじった。
「美味しいものを食べるのもさ、大事なことだよ」
「……そうかもね」
しばし無言で食事を続ける二人。
焼き菓子を半分ほど食べたところで、ミリアがぽつりと言った。
「……ねえ、ルナ」
『はい、なんでしょう』
「アウレリウスって、本当にもう大丈夫なの?」
ノアも顔を上げた。
ミリアは焼き菓子を見つめたまま、続ける。
「助けてくれたのは分かってる。感謝もしてる。でも……前は、ノアを殺そうとした。アークも、私たちも、追い詰めた」
言葉にしてから、ミリアは少しだけ眉を寄せる。
「だから、ちゃんと知っておきたい。あの人に何があったのか」
ルナはしばらく沈黙した。
それは答えを探している沈黙ではなく、どこから話すべきかを選んでいる沈黙だった。
『分かりました。今、分かっている範囲で説明します』
ルナは佇まいを直して続けた。
『王都での決戦後、アウレリウス様は完全に消滅したわけではありませんでした』
「消えて……いなかった?」
ノアが思わず聞き返す。
『はい。〈クラウン・コア〉の緊急保全機構が、人格核と機体構成情報の一部を回収していました』
「人格核……」
『機人にとっての中枢記録です。記憶、判断傾向、人格の核となる情報が含まれます』
ミリアは少しだけ身を固くした。
「じゃあ、あの人は……死んじゃう前に助けられたってこと?」
『はい。ですが、人格核には深い汚染痕が残っていました。統治機兵や暴走機獣と同じく、王統に関わる存在を排除する命令系統に侵されていたのです』
ノアの胸が冷たくなる。
「じゃあ、王都で僕たちを襲ったのは……」
『はい。おそらく本来のアウレリウス様の意思ではありません。少なくとも、今のアウレリウス様に王国の滅亡やノアの死を望む意思は確認されていません』
ミリアは黙っていた。
怒りが消えたわけではない。
けれど、少しだけその形が変わったようだった。
「つまり操られてた、ってこと?」
『正確には、より上位の指令に従うよう統制されていた状態です。本人の意識が完全に消えていたわけではありません。だからこそ、揺らぎが生じました』
ノアは、王都で聞いた途切れた声を思い出す。
――王を……。
あの言葉の意味は、まだ分からない。
「父上のことは?」
ノアが静かに尋ねる。
ルナは目を伏せた。
『申し訳ありません。私はレオニス王が崩御された時の詳細を認識していません。その少し前、異変に気づいたレオニス王の手によって休眠状態に移行していました』
「……そうなんだ」
『ですので、その経緯については、いずれアウレリウス様ご本人から聞くべきだと思います』
ミリアはしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言う。
「じゃあ、ちゃんと話さないとだね」
ノアは頷いた。
「うん」
ノアは小さく頷き、残っていた焼き菓子を口に放り込んで立ち上がった。
まだ許したわけではない。
まだ信じきれたわけでもない。
けれど、聞かなければならないことがある。
向き合わなければならない相手がいる。
それだけは、はっきりしていた。
――第42話へ続く
※おことわり
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