第39話「赫き親衛」
黒赫の機兵が、倒れたアーク・ギガントの前に立っていた。
王統親衛機兵〈ソル・ヴィルトゥス〉。
背部には、騎士の外套を思わせる赫い光翼。
それは、かつてノアを圧倒した皇帝級統治機兵〈ヴァル・レガリア〉とは違っていた。
あの機兵が纏っていたのは、侵食するような紅。
王の系譜を滅せんとする、冷たい支配の色。
だが、目の前の赫き機兵は違う。
戦旗のように誇り高く。
夕陽のように熱を帯び。
誰かを守るために焔を灯す色だった。
操縦席の中で、ノアは掠れた声を漏らす。
「……アウレリウス……?」
聞き間違いではなかった。
ソル・ヴィルトゥスの中から響いた声は、間違いなくアウレリウスのものだった。
かつて、王都でノアの前に立ちはだかった機人。
父であるレオニス王を殺したと告げた敵。
ヴァル・レガリアと共に消えたはずの存在。
その彼が、今。
ノアとアーク・ギガントを守るように、統治機兵の前に立っている。
「遅れたな、王子」
アウレリウスは静かに言った。
「今度こそ、王を護る」
その言葉が終わるより早く。
統治機兵たちが動いた。
三機が同時に、ソル・ヴィルトゥスへ襲いかかる。
杭打ち機を備える腕部装備。
砂浜を走る紅い拘束光。
背後から回り込む港湾制圧用の脚部機構。
だが、ソル・ヴィルトゥスは一歩も退かなかった。
赫い光翼が、静かに開く。
次の瞬間。
消えた。
ノアにはそのように見えた。
黒赫の機体が、残像を残して横へ滑る。
一機目の杭が空を切る。
ソル・ヴィルトゥスの白銀の刃が、赫い導光を纏って振り抜かれた。
一閃。
統治機兵の腕部が、音もなく切断される。
続けざまに、二機目。
ソル・ヴィルトゥスは敵の拘束光が地面へ走るより早く、足元を蹴った。
空中で機体をひねり、背部光翼で姿勢を制御。
落下と同時に、膝蹴りのような一撃を敵の胸部へ叩き込む。
鈍い轟音。
統治機兵が砂浜へ沈む。
三機目が背後から光槍を突き出す。
アウレリウスは振り向かない。
ソル・ヴィルトゥスの左腕から、赫い光盾が展開された。
光槍が盾にぶつかり、火花のような粒子を散らす。
「遅い」
アウレリウスの声。
光盾が弾く。
同時に、右腕の騎士剣が逆袈裟に跳ね上がった。
三機目の胴体に、深い傷が走る。
統治機兵が後方へ吹き飛ぶ。
ノアは息を呑んだ。
強い。
ヴァル・レガリアが放つ圧倒的な威圧感とは違う。
だが、一挙手一投足に無駄がない。
守るべきものの前に立ち、最短で敵の刃を折る。
それは、親衛機兵という名に相応しい動きだった。
――王統親衛機兵〈ソル・ヴィルトゥス〉。
――高位機人直結操縦方式を確認。
アーク・ギガントの声が、途切れ途切れに響く。
――皇帝級機兵〈ヴァル・レガリア〉とは異なる系統。
――護衛戦闘、迎撃戦に特化した機体と推定。
「アーク……大丈夫?」
――戦闘継続は困難。
――生命維持と機体保全を優先します。
ノアは唇を噛む。
自分は立てない。
今、戦場に立っているのはアウレリウスだ。
その事実が、安堵と悔しさを同時に連れてきた。
*
高台。
ミリアは、目の前の光景を呆然と見つめていた。
「アウレリウス……」
その名を口にするだけで、胸の奥がざわつく。
ノアを追い詰めた敵。
王都でミリアを落下させるきっかけとなった存在。
ヴァル・レガリアと共に、ノアを殺しかけた相手。
その彼が、今はノアを救っている。
頭では分かる。
今、あの機兵が来なければ、ノアは危なかった。
アークも、リヴァリアも、きっと守れなかった。
――……ごめん、ミリア。
通信が阻害されるなか、微かに聞こえたノアの声。
それは、生きて帰る意思を手放してしまった、諦めの声だった。
あの赫い機兵は、それを救ったのだ。
味方だと思って良いのだろうか。
かつて自分たちを抹殺すると宣言し、襲いかかってきた相手を。
携帯導光端末はまだ沈黙している。
ルナの投影は戻らない。
ミリアは端末を強く握った。
「ルナ……見えてるの……?」
返事はない。
その代わり、背後から大きな声が響いた。
「な、なんだありゃあああ!?」
ゴルドだった。
港町の避難誘導を終え、息を切らしながら高台へ駆け上がってきている。
その後ろには、レピオスとハルトもいた。
「おっちゃん、あれ何!? めちゃくちゃかっこいい!」
ハルトが目を輝かせる。
レピオスの後ろには、シーニャもいた。
セーラのそばを離れることをためらっていたが、診療所の扉から見える戦場の光に、どうしても足が止まらなかったのだろう。
レピオスの外套の端を握りしめ、青ざめた顔で黒赫の機兵を見つめている。
「……ノアお兄ちゃんを、助けてるの?」
シーニャが小さく呟く。
ミリアは少しだけ振り向き、頷いた。
「うん……助けてくれてる」
ゴルドは口を開けたまま、戦場を見た。
「ギアじゃねぇ……もっとでかい巨人だ。しかも、なんつう動きだ……!」
レピオスは眼鏡を押し上げ、細い目をさらに細める。
「なるほど。昨日までの港町名物が、急に子どもの玩具に見えてきたねえ」
「先生、あれ見て冷静なのか!?」
ハルトが叫ぶ。
「冷静ではないよ。だいぶ驚いている」
「顔が変わってない!」
「医者は驚いても手元を震わせない訓練をしているんだ」
「今、手元に何も持ってないだろ!」
ゴルドが豪快に笑いかけたが、すぐに表情を引き締めた。
「嬢ちゃん、あれは味方なのか?」
ミリアは答えに詰まる。
味方。
今は、そうだ。
けれど、簡単には言えない。
「……今は、そうだと思う」
ゴルドはミリアの顔を見た。
それ以上は聞かなかった。
ただ、大きな手で自分の胸をどんと叩く。
「なら今は、それでいい。助けてくれるなら、まず礼を言う。事情はあとで聞きゃいい」
ミリアは小さく頷いた。
「……うん」
レピオスは静かに言う。
「感情の処置は、命が助かったあとでもできるからねえ」
その言い方は軽かった。
けれど、言葉の芯はまっすぐだった。
ミリアは海岸線を見つめる。
「ノア……」
*
砂浜では、戦況が変わり始めていた。
ソル・ヴィルトゥスの参戦によって、統治機兵の包囲は崩れた。
三機の統治機兵のうち、一機は腕部を失い、もう一機は胸部を損傷。
だが、残り一機。
指揮個体と思われる機兵は、まだ健在だった。
「あれを叩く」
深紅の中枢が大きく脈打つ。
背部の湾曲翼が開き、海風を巻き込むように紅い粒子を散らす。
砂浜に、再び幾何学的な導光紋が走り始めた。
港湾制圧用の陣地形成。
アーク・ギガントを追い詰めた拘束機構。
それを見て、ノアの身体が強張る。
「アウレリウス、足元に――!」
「あぁ、視えている」
ソル・ヴィルトゥスは前へ出た。
最後の一機が光弾を放つ。
一発。
二発。
三発。
ソル・ヴィルトゥスは光翼を広げ、紙一重でかわす。
最低限の動きだけで射線を潜り抜ける、人間離れした動きだった。
「すごい……」
ノアは呟いた。
黒赫の機兵が砂浜を駆けるたび、赫い導光が軌跡を描く。
指揮個体の足元から拘束光が立ち上がる。
だが、ソル・ヴィルトゥスはそれを踏まない。
踏む直前に跳ぶ。
跳びながら、光盾を地面へ向けて展開する。
盾が拘束光を受け止め、反発する力で機体がさらに跳ね上がった。
空中から、アウレリウスが刃を振り下ろす。
指揮個体は腕部装甲で受ける。
金属が悲鳴を上げた。
しかし、相手も簡単には崩れない。
肩部光学兵器が近距離で開く。
「危ない!」
ノアが叫ぶ。
光が放たれる。
だが、ソル・ヴィルトゥスは左腕の光盾を畳み、そのまま敵の肩部へ踏み込んだ。
光弾は至近距離で外れる。
次の瞬間、白銀の刃が肩部光学兵器を貫いた。
爆発。
指揮個体の片肩が吹き飛ぶ。
指揮個体は後退しながら、残った腕を振るう。
巨大な刃状光が形成される。
ソル・ヴィルトゥスが受ける。
赫い刃と深紅の刃がぶつかり合い、砂浜を赤く照らした。
だが、その赤は同じではない。
一方は、侵食の深紅。
もう一方は、誇りの赫。
アウレリウスの声が、低く響く。
「今の私は、王を討つ剣ではない」
ソル・ヴィルトゥスの胸部導光が強く輝く。
赫い光が刃へ流れ込む。
刃が押し返す。
「王を護る剣だ」
一閃。
指揮個体の深紅の刃が砕けた。
ソル・ヴィルトゥスはさらに踏み込み、左腕の光盾を敵の胸部へ叩きつける。
指揮個体の姿勢が崩れる。
そこへ、右腕の騎士剣。
胸部中枢へ向けて一直線に突き込まれる。
深紅の中枢が激しく明滅した。
「終わりだ」
赫い刃が、指揮個体の胸を貫いた。
静寂。
そして、轟音。
深紅の光が弾け、指揮個体の巨体が爆炎を上げて屑折れる。
砂浜に倒れた機体は、数度痙攣するように動いた後、沈黙した。
同時に、残っていた統治機兵たちの動きが鈍る。
統制が切れたのだ。
そこから先は、一方的な戦いだった。
ソル・ヴィルトゥスが一息で間合を詰め、頭部から両断。
さらに残る一機の統治機兵に対し、胸部炉心に一撃を加え、沈黙させる。
海岸線に、静寂が戻る。
波の音だけが響いた。
ノアは操縦席の中で、大きく息を吐いた。
勝った。
いや。
助けられた。
その事実が、重く胸に落ちる。
ソル・ヴィルトゥスがゆっくりと振り返る。
黒赫の機体の双眸が、倒れたアーク・ギガントを見た。
アウレリウスの声が響く。
「立てるか、王子」
ノアは答えようとした。
けれど、身体に力が入らない。
視界が揺れる。
「……少し……厳しいかも」
――操縦者負荷、限界値超過。
――機体損傷、深刻。
アーク・ギガントの声。
「そうか」
その言葉と共にソル・ヴィルトゥスが近づく。
その動きに、ノアの心が一瞬だけ強張る。
敵だった。
あの機体の操縦者は、敵だった。
けれど、ソル・ヴィルトゥスは剣を収め、アーク・ギガントの前に膝をついた。
そして、アーク・ギガントの損傷した胸部へ手を添える。
「動くな。これ以上無理をすれば、中枢まで損傷する」
ノアは掠れた声で言った。
「どうして……」
アウレリウスは少し沈黙した。
「語るべきことは多い」
その声は、王都で聞いた冷たいものとは違っていた。
低く、重く、どこか痛みを含んでいる。
「だが今は、王子を生きて帰すことが先だ」
その言葉に、ノアは何も返せなかった。
海岸線には、壊れた統治機兵の残骸が沈黙している。
港町リヴァリアは守られた。
だが、アーク・ギガントは深く傷つき、ノア自身もまた、自分の未熟さを突きつけられた。
そして、消えたはずのアウレリウスが帰ってきた。
黒赫の親衛機兵と共に。
その再会が何をもたらすのか。
まだ誰にも分からなかった。
――第40話へ続く
※おことわり
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