表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/57

第38話「焦燥の蒼」

海鳴りが、低く唸っていた。


岩礁地帯に押し寄せる波が白く砕け、飛沫となって宙へ散る。

その向こうで、三機の統治機兵が赤い光を灯していた。


岩礁の下に広がった赤い導光線が、網のようにアーク・ギガントを囲んでいる。


赤い線。

赤い光。

赤い包囲。


それは、王都で見た深紅の侵食を思わせた。


けれど、ここは王都ではない。

港町リヴァリアの外れ。

海と岩と古い港湾施設の残骸が残る、忘れられた沿岸区画。


その中心で、アーク・ギガントは剣を構えていた。


左肩部装甲損傷。

駆動系に軽微な遅延。

ルナとの通信は不安定。


それでも、まだ戦える。


「……ここで止めよう」


声は、思ったより静かだった。


怒りではない。

焦りでもない。

ただ、胸の奥に沈む何かを押し込めるような声。


アーク・ギガントが告げる。


――敵機、包囲陣形を形成。

――岩礁下部の旧港湾導光設備と同期している可能性があります。


「分かった」


――離脱経路、三方向中二方向が封鎖。

――推奨行動、上空離脱後、灯台外縁部への移動。


ノアは一瞬、視線を上げた。


灯台。

第四避難施設の手がかり。


そして、その先にはリヴァリアの街がある。


避難は進んでいるはずだ。

ゴルドが声を張り上げ、ギアを動かせる者たちが道を開き、ハルトも必死に走り回っている。

ミリアとルナも、レピオスの診療所周辺で人々を誘導しているはずだった。


街に戻せない。

それだけは、できない。


「上には逃げない。ここで引きつける」


――長期戦は不利です。


「うん」


ノアは小さく頷いた。


アークの言うことは正しい。

きっと、いつだって正しい。


それでも。


ここで自分が退けば、統治機兵は灯台へ向かうだろう。

港湾施設が壊される。

避難途中の人々が巻き込まれる。

セーラの眠る診療所にまで、危険が及ぶかもしれない。


そんなことはさせられない。


「街を守れるなら、それでいい」


言ってから、ノアは自分の言葉にかすかな違和感を覚えた。


それでいい。

本当に?


考える間もなく、右側の統治機兵が動いた。

杭打ち機を備えた巨大な腕が岩礁を砕きながら迫る。


「くっ!」


アーク・ギガントは踏み込み、切断刃でその一撃を受け流す。


火花が散った。

衝撃が操縦席を震わせる。


いつもなら、ここで即座に反撃へ移れる。

敵の腕を弾き、懐へ踏み込み、核に近い駆動部を狙う。


だが、アーク・ギガントの動きは半拍遅れた。


重い。


蒼き巨人が、本来の軽やかさを失っている。

ノアの背筋に冷たいものが走った。


自分が、動かせていない。


――王統同調率、さらに低下。

――機体反応精度、八十二%。


「……ごめん」


――謝罪は不要です。

――ノア、精神波形の安定を優先してください。


「分かってる」


分かっている。

呼吸を整えればいい。

視野を広く持てばいい。

アークを信じればいい。


ゴルドも言っていた。


ギアは力任せじゃいけない。

相棒みたいに扱わなければならない。


あれはギア・ノードの話だった。

でも、きっとアークだって同じだ。


アークは道具じゃない。

自分を守り続けてくれた相棒だ。


分かっている。

分かっているのに。


胸の奥のもやは、消えなかった。


昨日の決勝。

ゴルドのギアに崩され、膝をついた瞬間。

観客の拍手。

ハルトの泣きそうな笑顔。

ミリアの「負けたけど、ちゃんと助けたじゃん」という言葉。


すべてが温かかった。

だから、悔しいなんて思ってはいけない気がした。


負けたことより、セーラを助けられたことを喜ぶべきだった。

実際、そう思った。


なのに。


「……なんで」


ノアの呟きは、波音に消えた。


正面の統治機兵が単眼を光らせる。


――抹殺対象の王統同調低下を確認。


「っ……!」


赤い光弾が放たれる。


アーク・ギガントは左腕の防御機構で防ぐ。

光弾が盾の縁をかすめ、胸部装甲に衝撃が走る。


――胸部装甲損耗。

――中枢防壁、軽微低下。


操縦席が揺れ、ノアの身体が座席へ叩きつけられた。


「ぐっ……!」


痛みが走る。

だが、それよりも強く胸を締めつけたのは、別の感覚だった。


まただ。

また、足りない。


アークに乗っているのに。

アークが力を貸してくれているのに。

自分は、まだ届かない。


もしアークがいなかったら。

もしミリアが危険に晒された時、自分一人で戦わなければならなかったら。


自分は、誰かを守れるのか。


――ノア。


アークの声が響く。


いつもと同じ静かな声。

けれど、そこにはわずかな強さがあった。


――街への直接被害予測は、避難進行により低下しています。

――今なら、後退しても街への被害は軽微と推測されます。


「でも、まだ避難は終わってない」


――ノア。

――現在のあなたの生存率は、急速に低下しています。


「大丈夫」


また、その言葉を口にした。


大丈夫。

大丈夫じゃないことくらい、自分でも分かっていた。


けれど、他に何と言えばいいのか分からなかった。


ミリアに心配をかけたくない。

アークに無理をさせたくない。

ルナに不安定だと言わせたくない。


だから、大丈夫と言う。

大丈夫ではない自分を、隠すように。


三機の統治機兵が同時に動いた。


一機が正面から圧力をかける。

一機が左側の岩礁を砕き、退路を塞ぐ。

最後の一機が海面に腕を沈め、赤い導光線をさらに強く脈動させた。


足元が揺れる。


「何を――」


――旧港湾固定機構、敵性同期。

――足場が制御されています。


次の瞬間、アーク・ギガントの足元の岩礁が沈んだ。

バランスが崩れる。


「しまっ……!」


アーク・ギガントは背部推進を吹かせて体勢を立て直そうとする。

だが、そこへ正面の統治機兵が突進した。


巨大な腕が、アーク・ギガントの腹部へ叩き込まれる。


轟音。


視界が跳ねた。


――腹部装甲損傷。

――姿勢制御、不安定。


ノアは息を詰めた。


「まだ……!」


アーク・ギガントは右腕の切断刃を振るう。


蒼い刃が統治機兵の肩部装甲を裂いた。

だが、浅い。


敵は止まらない。


背後から赤い光弾。

左から杭打ち腕。

正面から重装の体当たり。


アークは受け、避け、弾いた。


だが、そのたびに損傷が増えていく。


――右脚部駆動系、負荷上昇。

――背部推進機構、出力低下。

――王統同調率、危険域突入。


光板の警告が赤く染まる。


ノアは荒い息を吐いた。


どうして。

どうして、動かない。


いや、違う。

アークが悪いんじゃない。


動かせていないのは、自分だ。


「ごめん、アーク……僕が……」


――否定します。


アーク・ギガントの声が、いつもより強く響いた。


――ノア。

――あなたの精神状態が乱れていることは事実です。

――しかし、それは弱さではありません。


ノアは目を見開く。


「弱さじゃ……ない?」


――はい。

――あなたは街を、人々を守ることを最優先としています。

――その意思は、当機の戦闘目的と一致しています。


「でも、同調率は下がってる」


――原因は、守る意思ではありません。


アーク・ギガントは一拍置いた。


――あなたが、自身の生存を戦闘条件から除外し始めているためです。


ノアは言葉を失った。


自分の生存。

その言葉だけが、操縦席の中でやけに大きく響いた。


「……そんなこと」


ない。


そう言おうとした。

けれど、言えなかった。


港は遠い。

人々は逃げている。

統治機兵は自分を狙っている。


なら、自分がここで倒れても、街は助かるかもしれない。


統治機兵たちが次の目標へ向かったとしても、その頃には避難は終わっている。

港湾施設への被害も、最小限で済むかもしれない。


昨日のギア・コンチェルトと同じだ。


勝てなくても。

負けても。

目的を果たせるなら。


それでいい。

そう思ってしまった。

思ってしまっていた。


アーク・ギガントの中枢光が、さらに揺らいだ。


――ノア。

――その判断は承認できません。


「……分かってる」


声が震えた。


「分かってるよ、アーク」


分かっている。


ミリアと約束した。


死なずに戻ってくる。

一緒に帰る。

そのためにミリアが全力で支えると、そう言ってくれた。


分かっている。


でも。


もし、自分が戻ることと、街を守ることが両立できないなら。

選ばなければならないなら。


きっと。


「……僕は」


その先は言葉にならなかった。


統治機兵の一機が、背部の湾曲翼を展開した。

赤い導光線が岩礁全体を走り、三機の間に巨大な拘束陣のような光が形成される。


アーク・ギガントの足元に赤い輪が浮かび上がった。


――拘束場、発生。

――炉心出力、急速に低下。


「動け……!」


ノアは両足に力を込める。


アーク・ギガントの脚部が軋む。

蒼い粒子光が噴き上がる。


だが、赤い拘束場がそれを押さえ込む。


――拘束解除、不可。

――王統同調率、限界域。


「アーク……!」


――ノア。

――緊急脱出を推奨します。


「だめだ」


即答だった。


けれど、それは苛立ちではなかった。

静かな、痛いほど穏やかな拒絶。


「僕が出たら、アークはここに残る」


――当機は王統機兵です。

――ノアの生存を最優先します。


「僕も、君を置いていけない」


アーク・ギガントは沈黙した。


ノアは操縦席の光板越しに、前方を見据える。

三機の統治機兵が、同時に武装を構えた。


赤い光が一点へ集束する。


とどめ。

それが来ると、分かった。


アーク・ギガントは拘束され、出力は上がらない。

自分の身体も、痛みと疲労で重い。


ノアは不思議と、恐怖を感じなかった。

ただ、ひどく静かだった。


街は守れた。


港からは十分に離した。

人々の避難も進んだ。

セーラも、ハルトも、シーニャも、レピオスも、きっと無事だ。


ミリアも、ルナも。


なら。


目的は、果たせた。


昨日と同じように。


負けても。


目的は。


その時だった。

胸の奥で、沈んでいたものが浮かび上がった。


違う。


昨日と同じじゃない。

昨日、自分は負けた。


セーラは助かった。

皆が笑ってくれた。

ゴルドも賞金を渡してくれた。


それで良かった。

本当に良かった。


でも。


悔しかった。

勝ちたかった。

負けたくなかった。


誰かを助けられたから、それでいい。

そう思う一方で、心の奥では、ちゃんと悔しかったのだ。


そして今も。

街を守れたから、それでいい。


そんなはずがない。


本当は。

本当は――。


「……負けたく、ない」


唇が、かすかに動いた。

小さすぎる声だった。


誰にも届かない声。

アーク・ギガントだけが、それを聞いていた。


統治機兵の赤い光が臨界に達する。

ノアは目を閉じた。


「……ごめん、ミリア」


約束、守れないかもしれない。

その声は、ノア自身にも届いたか分からないほど小さかった。



次の瞬間。


空が、赫く裂けた。

遥か上空から飛来する、眩く鮮烈な赫い光。


深紅ではない。

統治機兵の放つ、あの妖しい紅ではない。


陰る大地を照らす太陽のように鮮烈な、誇り高き赫。


一閃。


統治機兵の放とうとしていた赤い光が、空中で断ち切られた。


轟音。


衝撃波が岩礁を砕き、海水が柱のように跳ね上がる。


ノアは目を開いた。


アーク・ギガントの前に、ひとつの機影が降り立っていた。


黒を主体とした装甲。

その全身を走る、赫い導光。

金の紋様が肩と胸部を縁取り、白銀の副装甲が関節と刃のような輪郭を輝かせている。


蒼き王の巨人と対をなすような、赫き親衛の巨人。


背部に広がる光翼。

それは騎士の外套のように、静かに、力強く、戦場の風を受けていた。


アーク・ギガントの声が、ノアの耳に響く。


――機兵反応、識別。

――王統親衛機兵〈ソル・ヴィルトゥス〉。


ノアは息を呑んだ。


「ソル……ヴィルトゥス……?」


その時、静かな声が響いた。


「遅れたな、王子」


低く、澄んだ声。


かつて敵として聞いた声。

王都の白い塔で、自分を追い詰めた声。


けれど今は、その響きがまるで違っていた。

ノアは、ただその名を呟いた。


「……アウレリウス……?」


赫い光が、海鳴りの中で燃えていた。



――第39話へ続く

※おことわり

本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ