第34話「ギア・コンチェルト」
翌朝。
港町リヴァリアは、朝から祭りのような熱気に包まれていた。
潮風に混じって、焼き魚の匂い。
露店から立ち上る蒸気。
人々の笑い声。
そして、街の中央にそびえる円形闘技場から響く、低い機械音。
闘技大会『ギア・コンチェルト』。
港町リヴァリア名物。
人型重機〈ギア・ノード〉同士を戦わせる、年に一度の大闘技大会。
ノアは控え区画の片隅で、借り受けたギア・タイタンを見上げていた。
「にいちゃん、緊張してる?」
足元から声がした。
見下ろすと、ハルトが目をきらきらさせながらノアを見上げていた。
今日のハルトは、まるで自分が出場するかのように落ち着きがなかった。
「少しね」
ノアが正直に答えると、ハルトは胸を張った。
「だいじょうぶだって! にいちゃん、昨日の練習でもけっこう動かせてたし!」
「だといいんだけど」
「自信もってくれよ! でなきゃ勝てるもんも勝てないぞ!」
ノアは苦笑した。
ハルトは得意げにギア・ノードの脚部を叩く。
「でもさ、ギアは力だけじゃだめなんだ。足から動かすんだぞ。腕だけぶん回すと、ぐらってなる!」
「うん。昨日、三回ぐらい転びかけたね」
「四回だよ!」
「数えてたんだ……」
「当たり前だろ! ギアは転び方も大事なんだ!」
ハルトは真剣な顔で言う。
その横では、ミリアが腕を組んで頷いていた。
「なるほど。転び方も大事」
「ミリア、感心するところそこ?」
「だって大事そうじゃん。私もサンドランナーで何回か転んだことあるし」
「それは別の話じゃないかな……」
ミリアの首元には、白銀の月盤のような携帯導光端末がかかっている。
そこから蒼白い光が立ち上がり、手のひらサイズのルナが像を結んでいた。
『ノア。以前にもお伝えしましたが、ギア・ノードの操縦系統は、アーク・ギガントとは大きく異なります』
ルナは空中に簡易図面を映しながら、いつもの丁寧な声で言った。
『反応速度は遅く、動作には蒸気圧の蓄積と伝達遅延があります。アーク・ギガントの感覚で操作すると、過動作、姿勢制御不良、ひいては転倒の危険があります』
「えーと……つまり?」
ミリアが頭に疑問符を浮かべながら訊ねる。
ルナは少し考える。
「急ぎすぎると転ぶってこと!」
『はい、急ぎすぎると転びます』
ミリアが笑う。
「ハルト、ルナの通訳できるんだ」
「おれ、ギアのことなら分かる!」
ルナは静かに瞬きした。
『今後、簡易表現への変換を検討します』
「ルナ、けっこう真面目に受け取るよね」
ノアは苦笑する。
その時、控え区画の奥から、豪快な笑い声が響いた。
「がっはっはっは! 朝から元気がいいなあ!」
周囲の選手たちが振り向く。
現れたのは、大柄な男だった。
肩幅が広く、腕は丸太のように太い。
日焼けした顔には濃い髭。
革の作業ベストの胸元には、ギア油の染みがいくつもついている。
見るからに荒っぽい。
けれど、その表情は明るく、人懐っこかった。
ハルトがぱっと顔を輝かせる。
「ゴルドのおっちゃん!」
「おう、ハルト坊! 今日も整備場から抜け出してきたのか?」
「抜け出してない! 今日はにいちゃんの応援!」
「ほう!」
ゴルドと呼ばれた大男は、ノアを見た。
「お前さんが噂の旅のにいちゃんか。昨日、急に出場登録したって聞いたぜ」
「ノアです。よろしくお願いします」
ノアが頭を下げると、ゴルドは豪快に笑った。
「固い固い! 闘技場じゃ、礼儀より足腰だ! がっはっは!」
そう言って、ゴルドはノアの借りたギア・ノードを見上げる。
「こいつに乗るのか。いいギアだ。ちょいと古いが、関節は素直だな」
「分かるんですか?」
「そりゃあな。ギアは相棒だ。見りゃだいたい機嫌が分かる」
ゴルドはギアの膝を軽く叩く。
「ギアは力任せじゃいけねぇ。相棒みたいに扱わねぇとな。まあ、それが難しいんだが」
ノアはその言葉を、静かに胸に留めた。
相棒。
アークのことが、自然と頭に浮かぶ。
自分はアークを、ちゃんと相棒として扱えているのだろうか。
それとも、ただ力に頼っているだけなのか。
「ノア?」
ミリアが声をかける。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫」
ノアは頷いた。
『ミリア、私の携帯導光端末をノアに預けてください。私が戦闘中のサポートを行います』
「うん、わかった」
ミリアが首にかけていた携帯導光端末をノアに手渡す。
「えっとその……」
「どうしたの?」
「なんか、ズルじゃないかなって」
ノアが少し戸惑いながら答えた。
ミリアはやれやれと嘆息する。
「もう。昨日初めてギア・ノードに乗ったんだから、そのくらいのお助けあったっていいでしょ」
「う、うん……」
『ノア。今回の目的は大会に優勝し、セーラの薬代を手に入れることです。それに私のサポートがあって尚、優勝できる保証があるわけでもないのですよ』
姉がいじっぱりな弟を諭すかのような声でルナが言った。
ミリアもうんうんと頷いている。
確かに、ルナの言う通りだった。
なぜ自分はこんなことを言ったのか、ノア自身にもよくわからなかった。
なんとなく、自分の力で勝つべきだと、そう思ったのだ。
あるいは自分の力で勝ってみたい、という意地だったのかもしれない。
「ありがとうミリア。ルナ、サポートをよろしく」
『はい、お任せください』
「がんばってね!」
*
円形闘技場は、すでに満員だった。
石造りの観客席には、港の労働者、商人、船乗り、子どもたち、旅人たちがひしめいている。
上空には色鮮やかな旗がはためき、中央の砂地には円形の闘技場が広がっている。
その両側に、ギア・ノードが立つ。
ノアの乗る機体は、青灰色の装甲を持つ旧式ギア。
対する相手は、港湾組合所属の黄色い作業機を改造したものだった。
「第一回戦、〈ギア・タイタン〉VS〈ポート・ワーカー三号〉!両者、構え!」
「……よし」
ノアは息を吸う。
観客席からミリアの声が聞こえた。
「ノアー! がんばれー!」
続いてハルト。
「にいちゃん! 足からだぞー! 腕だけでいくなよー!」
さらに、ルナの声が携帯導光端末越しに届く。
『ノア。蒸気圧は安定しています。初動は抑えてください』
「分かった」
試合開始の旗が振り下ろされる。
「第一回戦、開始!」
闘技場全体に鐘が鳴り響くと同時に、相手のギアが突進してきた。
ノアは咄嗟に右へ避けようと操縦桿を倒す。
だが、機体は思ったより遅れて動いた。
「っ!」
相手の肩がぶつかる。
衝撃。
機体が大きく揺れる。
アーク・ギガントなら、今のは難なく回避できたはずだ。
そう思った瞬間、足元が滑る。
「にいちゃん、踏み込み強すぎ!」
ハルトの叫び。
ノアは慌てて左ペダルを戻し、姿勢を立て直す。
黄色いギアが腕を振るう。
ノアは腕で受けようとするが、動きが遅れる。
金属同士がぶつかり、鈍い音が響いた。
「くっ……!」
重い。
反応が遅い。
動かしたいと思ってから、実際に動くまでに間がある。
命令を伝え、蒸気圧が動き、歯車が噛み合い、機体がようやく応える。
その遅れを読まなければならない。
「……あの右脚」
ノアは態勢を整える中、相手のギア・ノードの右脚の動きに注目した。
『ノア、相手機体の右脚部に圧力低下を確認しました』
ルナの声。
「やっぱり……!」
ノアは相手の動きを見る。
突進後の戻りがわずかに遅い。
ノアは深く息を吸った。
無理に速く動かさない。
一拍待つ。
相手が踏み込む。
その瞬間、ノアは左へ重心を逃がし、右腕を相手の肩へ押し込んだ。
今度は機体が応えた。
相手のギアの姿勢が崩れる。
「今だ!」
ハルトが叫ぶ。
ノアは足を踏み込み、相手を押し出した。
黄色いギアが場外線を越える。
鐘が鳴った。
観客席から歓声が上がる。
「勝った!」
ミリアが飛び跳ねる。
ハルトも両手を上げた。
「にいちゃん、やったー!」
ノアは操縦席で深く息を吐いた。
初戦突破。
けれど、まったく余裕はなかった。
*
そこからノアは、少しずつ勝ち進んでいった。
第二試合。
相手は小柄な高速型ギア。
機体の動きは速かったが、軽い。
ノアは何度も翻弄されながらも、相手が旋回時に蒸気を大きく吐く癖を見抜き、その瞬間に足を引っかけて倒した。
第三試合。
相手は重装甲型ギア。
真正面からの押し合いではまったく勝てなかった。
ノアは何度も押し込まれ、場外寸前まで追い詰められる。
観客席からミリアが叫ぶ。
歓声にかき消されてノアには聞こえなかったが。
「ノアー! 後ろ後ろ!」
そこへルナの声。
『相手機体は右腕部の戻りが遅れています。連続打撃後、左側面に隙が生じます』
ノアは相手の大振りを待った。
巨大な腕が振り下ろされる。
その直後、ノアは機体を半歩横へ滑らせる。
右腕で相手の肘を押し上げ、脚部で重心を崩す。
重装ギアがゆっくりと傾き、砂地に倒れ込んだ。
鐘が鳴る。
歓声。
ノアはまた勝った。
だが、勝つたびに思い知らされる。
ルナの言う通り、アーク・ギガントとは全く違う。
この勝利は、反応速度だけでは取れない。
機体の癖を読み、遅れを受け入れ、相手の重みを利用しなければならない。
それは、思っていた以上に難しかった。
控え区画に戻るたび、ハルトが駆け寄ってくる。
「にいちゃん、すげえ! でもさっきの二歩目、遅かった!」
「見てたんだ」
「見てた! あと左の圧、抜くの早い!」
「うん……次は気をつける」
「でもすげえ! ほんとに初めてか!?」
ミリアは水筒を差し出す。
「おつかれ、ノア。すごいじゃん、勝ってるよ!」
「うん。でも……」
ノアは少しだけ目を伏せる。
「勝ててるのは、ルナが見てくれてるからだよ」
「それも含めて勝ちじゃない?」
ミリアが言う。
「一人で何でもできる必要ないでしょ」
その言葉に、ノアは小さく頷いた。
けれど、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
アークに乗っている時、自分はどれほどアークに支えられていたのか。
アークの判断に、どれほど助けられていたのか。
今さら、その重さが分かってきた。
そんなノアの様子を、ルナは静かに見つめていた。
『ノア。次は準決勝です』
「うん」
『あなたは、私よりも早く相手の特性や弱点を見抜いています。私は本来戦闘用の補助人格ではありませんから、あなた自身の実戦経験の方が上回っているのです。』
淡々としているが、緊張が解けていく優しい声色だとノアは思った。
「うん、ありがとう」
『ただし、操縦安定性には改善の余地があります』
「……はい」
やはり、ルナは淡々としている。
だがこれも、的確な助言だとノアは思った。
*
準決勝の相手は、港の荷揚げ組合に所属する熟練者だった。
機体は古く、見た目は地味。
しかし動きに無駄がなかった。
「準決勝、〈ロック・ラム〉VS〈ギア・タイタン〉、試合開始!」
開始と同時にノアは何度も攻め込むが、すべていなされる。
観客席からの歓声が遠くなる。
ギアの視界板越しに、相手の機体が見える。
派手さはない。
速くもない。
力任せでもない。
ただ、立ち位置がうまい。
こちらの踏み込みたい場所に、いつも先にいる。
「……強い」
ノアは呟いた。
アーク・ギガントなら、出力で押し切る選択もあったかもしれない。
けれど、このギアではできない。
だから考える。
相手の呼吸。
機体の音。
蒸気の吐き方。
重心の揺れ。
ノアは攻めるふりをして、一歩引いた。
相手が追ってくる。
その瞬間、ノアは機体を低く沈め、相手の脚部へ肩を入れた。
鈍い衝撃。
相手のギアが大きく揺らぐ。
ノアは全力で押す。
蒸気圧が悲鳴を上げる。
圧力計が赤に近づく。
『ノア、出力過多です』
「もう少し……!」
相手の足が場外線を踏む。
鐘が鳴った。
勝利。
闘技場が大きく沸いた。
ミリアが叫ぶ。
「決勝だー!」
ハルトは飛び跳ねた。
「にいちゃん、決勝! 決勝だぞ!」
ノアは操縦席の中で、汗を拭った。
やった。
決勝まで来た。
けれど、喜びよりも先に、疲労が押し寄せてきた。
ギア・ノードの操縦は、想像以上に神経を使う。
自分の一つ一つの操作が、そのまま機体の癖として返ってくる。
それでも、ここまで来た。
セーラのために。
ハルトたちのために。
あと一つ。
あと一つ勝てば、賞金に手が届く。
決勝戦が、始まろうとしていた。
——第35話へ続く
※おことわり
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