第21話「王都より来た者たち」
視界を遮っていた砂塵が、ゆっくりと晴れていく。
先ほどまで死闘が繰り広げられていた砂海は、今は元の静けさを取り戻しつつあった。
無数に転がる蠍型暴走機獣〈スコルピオ級〉の残骸。
その中心に、蒼き巨人――アーク・ギガントは静かに立っている。
右腕の白銀の切断刃は既に格納され、背部推進機構の青白い光も消えていた。
ノアは胸部装甲を開き、深く息を吐く。
「……終わった」
全身から力が抜けそうになる。
どうにか自分もミリアも、そしてアーク・ギガントも生き残ることができた。
――もしアークの助けがなかったら、危なかったかもしれない。
そう思いながら佇んでいると、サンドランナーを操るミリアが近づいてきた。
「ノア、さっきは……ありがとね」
「え、なにが?」
ノアがきょとんとしていると、ミリアが続けた。
「助けてくれたでしょ? あの青い光がばーん!ってなるやつで」
「あぁ、あれも“ばーん”の仲間扱いなんだ……」
アーク・ギガントの掌から放たれた光学兵器〈アーク・ディパルサー〉のことだ。
確かに、間一髪のところだった。
だが――
「あれは、アークが助けてくれたんだよ」
「えっ、アークが私を?」
「そう。“優先護衛対象”だってさ」
ゆうせんごえいたいしょう……とミリアが分かっていないような声で繰り返す。
無事に変換ができたのか、はっと真剣な顔になる。
「…………つまり私のこと好きってこと!?」
「うん、わかんないけど多分違うんじゃないかな」
何か誤変換したのだろうか。
心配になっていると、ミリアは満面の笑みでアーク・ギガントを見上げた。
「そっかー、やっぱりアークはいい子だね。えらいえらい」
近くにいれば頭でも撫でていそうな声で、ミリアが言った。
アーク・ギガントからの反応は特になかったが、なんとなくちゃんと言葉を聞いていそうな気がした。
「ふふ、照れてる照れてる」
「そうかな……そうかも……」
自分には聞こえない何かが、ミリアには聞こえているのかもしれない。
戦闘が終わり、ノアがアーク・ギガントからサンドランナーへ乗り換えていると、複数の足音がこちらに近づく気配があった。
視線を上げる。
目の前には、先ほど自分たちを援護した白き機兵たちが整然と並んでいた。
その数、五機。
白銀の装甲は砂塵にまみれながらも輝きを失わず、その立ち姿には不思議な威厳がある。
その背後には、砂海を航る白亜の船――浮航艇。
ノアの胸が、どくりと鳴る。
――知っている。
記憶が、微かに疼く。
「……あの船……」
その時だった。
五機の白き機兵が、一斉に片膝をついた。
砂上へ剣を立て、頭を垂れる。
まるで――
忠誠を誓う騎士の礼。
「……え?」
ミリアがぽかんと口を開ける。
「な、なにこれ……私たち、なんかすごい偉い人になった?」
ノアにも答えられなかった。
そこに、アーク・ギガントの外部音声が静かに響く。
――識別照合、完了。
――王国防衛機兵〈エクイテス級〉および〈センチュリオ級〉を確認。
ノアが息を呑む。
「防衛……機兵……?」
次の瞬間。
片膝をついていた白き機兵のうち、一機がゆっくり立ち上がった。
他の個体より頭ひとつ大きい。
肩部装甲には蒼い紋様が走り、胸部中央には星冠の紋章が刻まれている。
その機兵が一歩前へ出る。
そして、澄んだ機械音声が響いた。
――長き眠りより目覚めし、王の御子よ。
――我らは、王都防衛機兵団。
――王統守護の誓約に従い、あなたをお迎えに参りました。
ミリアが目を丸くする。
「迎えに……?」
ノアは呆然と呟く。
「……僕を……?」
――肯定。
短く答える声。
――我らは千八百年もの間、この時を待ち続けました。
――王都アステリアは今も、王統を継ぐ御方の帰還を待っています。
王都。
その言葉に、胸の奥で何かが震える。
白い塔。
青い空。
高くそびえる王城。
誰かの笑顔。
断片のような景色が、脳裏を掠めた。
「っ……!」
頭を押さえるノア。
「ノア!?」
ミリアが駆け寄る。
「大丈夫!?」
「……うん……少し、記憶が……」
額に汗が滲む。
だが不思議と、不快な痛みではない。
遠く忘れていた故郷が、呼びかけてくるような感覚だった。
その時。
白き機兵の後方から、白亜の浮航艇が静かに近づいてくる。
近くで見ると、その大きさは圧巻だった。
流線型の船体。
白金の装甲。
船腹に刻まれた蒼の紋章。
船尾から漏れる柔らかな蒼白光。
明らかにフェルグラードの技術とは違う。
もっと洗練された、より高度な技術で造られたもの。
失われた時代の遺産。
浮航艇の甲板へ続く昇降板が、静かに降ろされた。
――どうかご搭乗ください。
――王都まで、我らがご案内いたします。
「……これ、実は罠で『かかったな!』みたいなのはないよね?」
おそるおそるミリアがこちらを見る。
「……わからない」
ノアはかぶりを振った。
罠である可能性ももちろんある。
だが今は、先に進む以外の選択肢はないだろう。
そのために、ここに来たのだ。
それに――。
「わからないけど、たぶん大丈夫だと思う」
根拠はないけれど、そんな気がした。
隣を見る。
ミリアが、いつもの明るい笑顔で頷いた。
「それなら行こう、ノア」
その一言で、迷いは消えた。
ノアは小さく笑い返す。
「……うん」
蒼き巨人が歩き出す。
その後ろを、サンドランナーに乗る二人が進む。
白き機兵たちが左右へ整列し、その道を開ける。
まるで王の凱旋を迎えるように。
ノアたちは、白亜の浮航艇へと足を踏み入れた。
甲板に上がると、船体の内部から低い駆動音が響く。
けれどそれは、フェルグラードの機械のような賑やかな音ではなかった。
静かで、深く、眠りについた者の呼吸のような振動音だった。
ミリアが船縁から砂海を見下ろす。
「この船、ずっと王都ってところにいたのかな」
「……そうなのかも」
ノアにも確かな答えは持ち合わせていなかった。
だが、白き機兵たちの装甲に刻まれた砂の痕や、長い時間の経過を思わせる傷跡が、その問いに沈黙のまま答えているようだった。
彼らは待っていたのだ。
永遠とも思える長い長い時の中で。
ただ一人の帰還を。
そう思った瞬間、ノアの胸に小さな痛みが走る。
自分を待っていた者たちがいる。
自分の帰りを信じていた者がいる。
それは嬉しいことのはずなのに、なぜかひどく重くも感じられた。
白亜の浮航艇が、ゆっくりと砂上を滑り出す。
砂海に、白と蒼の影が伸びていく。
その遥か先――
熱に揺らぐ地平線の向こうに、白い影がぼんやりと浮かんでいた。
塔。
空へ届かんばかりに高く伸びる、純白の塔。
忘れられた王都の中心。
そこは、すべての始まりの地。
そして、その先にあるもの。
白き船が進むそのさらに遠く。
砂と時に覆われた世界の奥底で、何かが微かに反応していた。
王統の帰還を告げる、細い光。
それを待っていたもの。
そして、それを拒むもの。
二つの意志が、まだ見えない場所で静かに交差し始めていた。
――第22話へ続く。
※おことわり
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