第二章サイドストーリー2「悠久の旅人」
ノアとミリアが宿探し――正確には、ミリアが「ちゃんとした宿にも一度は泊まってみたい」と言い出して街へ出かけている間のことだった。
ドヴァン工房の奥。
工作機械が並ぶ広い整備区画の中央に、静かに膝をつく蒼き巨人の姿があった。
蒼き巨人、アーク・ギガント。
今は待機状態にあり、胸部中央の炉心だけが淡く蒼白い光を明滅させている。
巨体の表面には、先の戦いで負った傷がまだ残っていた。
左腕装甲の損耗。
各部駆動骨格の微細な歪み。
そして、高負荷接続による右腕出力の大幅低下。
だが、それでもなお。
その姿には、他のどんな機械とも違う気高さがあった。
工房の足場から巨体を仰ぎながら、リークスがぽつりと呟く。
「……何度見ても、すごいっすねぇ」
「まあな」
ドヴァンが短く答える。
大きな腕を組みながら、蒼き巨人をじっと見つめていた。
リークスが首を傾げる。
「しかし親方、よくみんな納得してくれましたね」
「何がだ」
「あの巨人のこと」
リークスは声を潜める。
「もっと大騒ぎになると思ったけど……」
思い返せば、統治機兵との戦いで多くの市民が蒼き巨人の姿を目撃していた。
そして、空を貫いた蒼白い一閃――星冠光砲〈アストラ・ノヴァ〉まで飛び出したのだから、普通に考えれば街中大騒ぎになっていてもおかしくはない。
だが街の反応は驚くほど薄かった。
理由は単純。
ドヴァンがこう説明したからだ。
「こいつはうちで試作してた大型重機だ、文句あるか」
それだけ言うと、街の連中は皆、口を揃えてこう言った。
「なんだ、またドヴァン工房の妙な機械か……」
で、納得した。
「納得するんだ……」
リークスが遠い目になる。
ドヴァンは鼻を鳴らす。
「普段からいろいろやっとるからな。こういう時のために」
「いや、単に親方の趣味でしょそれは」
「お前だって人のことは言えんだろうが」
工房にはそうした「妙な機械」が山ほど鎮座している。
中には人の生活に大いに役立つ発明品もあるのだが、大抵は煙を噴いたり暴れたり、たまに爆発したりする。
そんなものを日々見慣れていれば、蒼く光る鋼鉄の巨人がいても不思議にはならない……のかもしれない。
しばし沈黙。
やがてリークスが、アーク・ギガントを見上げながらぽつりと問う。
「……調べなくていいんですか?」
「何をだ」
「あの巨人の中身」
リークスの瞳は真剣だった。
職人として知りたい、そんな眼差しだった。
どうやって動いているのか。
明らかに蒸気機関ではないその炉心は何なのか。
誰がいつ、造ったものなのか。
それは未知の知識への純粋な興味と憧れだった。
だがドヴァンは、静かに首を横に振る。
「あれは、今の儂らが易々と触れていいもんじゃねぇ」
「でも――」
「触っちまえば、もっと知りたくなる」
短い言葉だった。
けれど重い。
「知れば知るほど、使う。使えば使うほど、やがてそれを手放せなくなる」
ドヴァンの目が細くなる。
「技術ってのはな、積み上げるから意味がある」
一足飛びに手に入れた力は、身の丈に合わない。
そして往々にして、その力は人を狂わせ、やがて破滅へと向かうだろう。
なぜそんな考えが浮かぶのか、ドヴァン自身にも分からなかった。
理屈ではない。
ただ、頭の中で何かが告げている。
それは触れてはならない光だと。
先祖から受け継がれた、名もなき畏れ。
失われた歴史の記憶が、そうさせるのか。
リークスは黙ってその言葉を聞いていた。
そして、少しだけ視線を落とす。
「……ノアさんって何者なんですかね。こんな巨人を操って」
ドヴァンは答えない。
答えられない。
だが、なんとなく察していた。
あの少年の佇まい。
時折見せる、遠いものを見るような目。
そして、アーク・ギガントが意思を持っているかのように付き従う姿。
普通ではない。
それどころではない。
にわかには信じられない話だが、もし本当に――
「……もし本当に、あの若いのが遠い昔の人間だっていうなら」
リークスが目を丸くする。
「え?」
ドヴァンは巨人を見上げたまま呟く。
「そいつぁ、とんでもなく独りぼっちだ」
国も。
家族も。
仲間も。
知るものすべてを失った時の向こうで、ただ一人この世界を生きる少年。
その身を襲うであろう孤独は、想像もできない。
「もしそうなら――」
ドヴァンが小さく呟く。
「誰かが、あいつの旅を見届けてやらんとな」
その時だった。
工房の扉が勢いよく開く。
「ただいまー!」
ミリアの明るい声。
その後ろから、菓子袋や小物ばかりを両手に抱えたノアが疲れた顔で入ってくる。
「だから多いって言ったのに……」
「必需品ばっかりだよ?」
「ほぼお菓子だったよね?」
「お菓子も必需品!」
「言い切った……」
呆れながらも、ノアは笑っていた。
自然な笑顔だった。
それは、悠久の時を越えてきた孤独な少年の顔ではなく、この時代を生きるごく普通の少年の顔だった。
その隣で、ミリアが楽しそうに笑っている。
その光景を見て、ドヴァンはふっと口元を緩めた。
「……まあ」
腕を組み直す。
「心配はいらねぇか」
「え?」
リークスが首を傾げる。
ドヴァンは鼻を鳴らした。
「旅は道連れってやつさ」
その視線の先。
ミリアに振り回されながらも、どこか嬉しそうに笑うノア。
「独りじゃねぇなら、人は案外、前を向いて歩けるもんさ」
悠久の時を越えて歩き出した旅人の傍らには、確かに寄り添う誰かの足音があった。
工房の奥で眠る蒼き巨人の炉心がそれを祝福するかのように、ひときわ強く瞬いた気がした。
――本編第三章へつづく
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




