第二章サイドストーリー1「技術の行先」
フェルグラードへ滞在して三日。
工房の住み込みで働く工員向けの一室を借りて静養していたノアは、窓の外を眺めながら小さくため息をついた。
「……もう大丈夫なんだけどな」
右肩の痛みもかなり引いた。
両脚の張りもほとんどない。
歩くだけなら問題ないし、軽く体を動かすくらいなら十分できる。
にもかかわらず――
「だーめ」
ぴしゃり。
机を挟んで向かいに座るミリアが、人差し指を立てて言い放つ。
「巨人さまと一緒に無茶をした人は、おとなしくしてないとダメです」
「そんなまるで僕とアーク・ギガントがやんちゃしたみたいな」
「違うの?」
「……違わないかもしれない」
思い返せば、空中で巨大砲を受け止めてそのまま撃ち放つなど、冷静に考えれば無茶にもほどがあった。
それを言うなら、〈アストラ・ノヴァ〉をあんな無茶な形で投げてよこした親方も同罪だが……。
ノアが素直に引き下がると、ミリアは満足そうにうなずく。
「よろしい」
完全に保護者の顔だった。
ここ三日間ずっとこんな感じだ。
そんな二人のもとへ、部屋の扉を開けてリークスがやってくる。
「ふたりとも、親方が呼んでるよ」
「何かあったの?」
リークスはなぜか真顔で言った。
「二人とも、いま無一文なんだって?」
「…………」
「…………」
ノアとミリアが揃って目を逸らす。
図星だった。
工房の奥では、腕を組んだドヴァンが深々とため息をついていた。
「……お前さんら、旅の間どうやって暮らしてた?」
ノアが少し考える。
「野営して」
「うむ」
「食べ物は狩ったり採ったりして」
「うむ」
「服は川で洗って乾かして」
「うむ」
「火を起こして料理してましたね」
「……つまり、野生暮らしか」
ドヴァンが呆れたように言う。
ミリアが胸を張る。
「アルナ村とそんなに変わらなかったよ!」
「胸張って言うことじゃねぇ!」
ごもっともだった。
考えてみれば、アルナ村でも貨幣を日常的に使う暮らしではなかった。
畑を耕し、狩りをし、必要なものは村の中で融通し合う。
貨幣なんてものを村人たちはほとんど持っていないし、必要とすることもない。
せいぜい、行商として出向く村人が他の街へ売りに行く時や、珍しい道具を買いつけてくる時くらいしか貨幣は使われていない。
旅の生活が自然と野営中心になったのも、その延長線だった。
だが街に滞在するとなれば話は別だ。
寝床にも、食事にも金がかかる。
ノアがふと思いつく。
「そうだ、冒険者ギルドで依頼を受ければ――」
「却下!」
即答だった。
「療養中!」
「はい……」
ミリアの圧が強い。
ドヴァンが鼻を鳴らす。
「なら工房を手伝え。寝床と飯、それに小遣いくらいは出してやる」
「本当ですか!?」
ミリアの目が輝く。
「その代わり、こき使うぞ」
「やります!」
ミリアが元気よく答えた。
ノアも隣で頭を下げる。
「よろしくお願いします」
はっと思い出したようにミリアがこちらを見る。
「でも、ノアは重たいものとか持っちゃダメだからね」
「わかってるってば」
こうして二人のフェルグラード滞在は、思わぬ形で始まった。
工房の仕事は、思っていた以上に忙しかった。
鉱石の運搬。
部品の仕分け。
蒸気炉への燃料くべ。
工具の整頓。
街の各所から持ち込まれる修理依頼の対応。
そして、その合間には工房の様々な機械たちが目に入った。
機兵の残骸から削り出された頑丈な剣。
古い機獣の装甲板を加工した盾や鎧。
巨大な機獣の胴体を土台に、吊り紐や掘削具を取り付けた大型作業機。
古代文明の遺物を土台にしながらも、そこに今の人々の知恵が積み重なっている。
ミリアが目を輝かせる。
「こうしてみると、世の中って結構いろんな機械があるんだねぇ」
「そうだね」
ノアも静かにうなずく。
自分の記憶の奥底にある文明とは違う。
もっと洗練され、もっと高度で、万能だったはずだ。
けれど――
目の前の技術には、それとは別の力強さがあった。
限られたものを工夫し、知恵を重ね、生きるために前へ進む力。
それは人が本来持っている、確かな進歩の力だった。
ノアは、ふと工房の窓の外を見る。
煙突から立ちのぼる白い煙。
行き交う職人たち。
人々の暮らしの音。
この時代の人々は、ちゃんと前へと進んでいる。
たとえ失われた文明の続きをなぞらなくても。
違う道を選んでも。
きっと、人は進める。
そんな確信があった。
ふと横を見ると、ミリアが大きな荷袋を抱えてふらふらしていた。
「……ミリア、それ何?」
「お給料の前借りで買ったお菓子」
「前借りしたの!?」
「お土産屋さんで売ってた。ご当地限定品なんだって!」
「観光してる場合じゃないでしょ!」
「働いた後の甘いものは大事なんだよ!」
胸を張る。
理屈になっているようで、なっていない。
ノアは呆れながら、ふっと笑った。
この時代は、不思議だ。
知らないものばかりで、けれど、どこか温かい。
そして――
「一個あげる」
「……ありがとう」
「甘いもの好きでしょ?」
「なんで分かったの」
「なんとなく!」
根拠はないらしい。
けれど、不思議と外れてはいなかった。
ノアは受け取った菓子をひと口かじる。
素朴で、ほんのり甘い味が口に広がった。
窓の外では、今日も鉄と歯車の街が力強く動いている。
人は、生きるために工夫する。
生きるために作る。
生きるために進む。
その歩みは、誰にも止められない。
そんな当たり前のことが、ノアには少しだけ眩しく見えた。
――本編第三章へつづく
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




