第17話「受け継がれた光」
街を覆っていた恐怖が、ようやく収まり始めていた。
街の門前では、魔獣や暴走機獣の残骸が次々と運び出され、壊れた防壁や門扉の補修が急ピッチで進められている。
そして再び、元の騒がしい工業都市の音が戻ってきた。
鉄を打つ音。
歯車の回る音。
人々の掛け声。
戦いの傷跡は色濃く残っている。
それでも、この街は止まらない。
止まることなく、前へ進む。
それが工業都市フェルグラードという街だった。
戦いが終わり、ノアとミリアはドヴァンの工房を訪れていた。
工房の奥。
普段は閉ざされているという重厚な鉄扉の先に、二人は思わず息を呑む。
そこには、数え切れないほどの古代の遺物が並んでいた。
見たこともない工具。
用途不明の金属部品。
複雑な紋様が刻まれた装置。
そして、砕け、朽ち、それでもなお微かな光を宿す機械の断片たち。
それはまるで、失われた栄華を偲ぶ墓標のようだった。
「すごい……」
ミリアが目を丸くする。
「こんなにたくさん集めてたなんて……」
ドヴァンは腕を組み、鼻を鳴らした。
「集めたんじゃねぇ」
短く答える。
「受け継いできたんだ」
その一言には、不思議な重みがあった。
ノアが静かに問う。
「……親方たちは、一体何者なんですか?」
ドヴァンは少し黙り込んだ。
やがて近くの古びた作業台に腰を下ろし、ゆっくりと口を開く。
「何者ってほど大層なもんじゃねぇ」
大きな手で、傍らの古びた金属片を撫でる。
「儂らはな、ずっと昔――文明が崩れた後も、遺物の保全と再利用を生業にしてきた工匠の系譜だ」
「工匠の……系譜」
ノアが呟き、ドヴァンは頷く。
「使い方も、仕組みも、全部を知ってるわけじゃねぇ」
それは以前に語った通りだった。
“拾って使ってるだけ”。
けれど、それだけではなかったのだ。
「ただ一つだけ、代々言い伝えられてきたことがある」
ドヴァンの視線が、工房の奥へ向く。
そこには、静かに横たわる巨大な砲――星冠光砲〈アストラ・ノヴァ〉。
「“王の力”を守れ。いつか、星冠を継ぐ者へ託すその日まで――そう代々伝えられてきた」
いつもの怒鳴り声とは違う、どこか厳かな声だった。
その言葉には、途方もない年月を積み重ねられた重みが宿っていた。
ミリアがぽつりと呟く。
「……じゃあ、親方たちはずっと待ってたんだ」
「待ってた、っていうほど気の長い話でもねぇさ」
ドヴァンが肩をすくめる。
「正直、半分はおとぎ話だと思ってたからな」
「でも、半分は信じてたんですね」
ノアが言うと、ドヴァンはにやりと笑った。
「まあな」
そう言うと、不意にドヴァンの表情が真剣なものへ変わった。
「お前さん、探してるんだろう」
「……何を、ですか?」
「自分が何者かを。そして、どこから来たのかを」
ノアは黙って頷いた。
ドヴァンは工房の壁へ歩み寄る。
そこに掛けられていた、一枚の古びた地図を広げた。
大陸の中央部。
その広大な砂漠地帯の奥深く。
何も描かれていない空白地帯を、彼はごつごつした指で示す。
「この先だ」
「ここは……?」
ノアが問う。
ドヴァンは答える。
「かつて栄華を極め、そして滅びた都がそこにある」
その名を告げる。
「王都アステリア」
ノアの胸が強く脈打つ。
記憶の底で、何かが疼く。
金色の光。
白亜の塔。
高く掲げられる、翼を広げた星冠の旗。
遠い記憶の欠片が、一瞬だけ脳裏を過ぎった。
頭を押さえるノアに、ミリアが慌てて駆け寄る。
「ノア!」
「……大丈夫」
浅く息を吐きながら、ノアはゆっくり顔を上げる。
その瞳には、確かな光が宿っていた。
「……行かなきゃいけない」
迷いはない。
そこに、自分の過去がある。
父のことも。
この世界の真実も。
そして、自分が背負うべきものも。
すべて、その先にある気がした。
ミリアが隣に立つ。
「もちろん、私も行くからね」
「危ないかもしれないよ」
「またそれ?」
くすっと笑う。
「ここまで来て置いていかれたら、そこのトンカチでごっつんするから」
「それは困る」
「でしょ?」
二人が顔を見合わせ、小さく笑う。
その様子を見ていたドヴァンが、ふんと鼻を鳴らした。
「砂漠越えは甘くねぇ。水も、食い物も、備えを整えろ」
「はい」
ノアはしっかりと頷いた。
「それで、このでっかいのはどうするんです?」
工房の天井から垂れる鎖に吊られた〈アストラ・ノヴァ〉を眺め、リークスが尋ねる。
「本来の持ち主がノアさんなら、持っていってもらうのが筋な気もしますけど」
「バカ言え。こんなでけぇの荷物になるだけだろう」
ドヴァンがまた、ふんと鼻を鳴らして言った。
「だいたい、こいつはさっきの戦闘で壊れちまってる」
「えっ?これ壊れちゃったの?」
ミリアが目を丸くする。
ノアは苦笑気味に答える。
「まぁ、長らく使ってなかったものをいきなりぶっ放したからね」
ノアが少し離れたところに佇んでいるアーク・ギガントに目を向ける。
――識別名:星冠光砲〈アストラ・ノヴァ〉の状態を確認。
――炉心接続部焼損、導光回路断裂、砲身崩壊。
聞かれるまでもなく、アーク・ギガントが答える。
――再起動は現状不可。
――修復には長期間を要すると思われます。
「だってさ」
ノアがミリアに向き直る。
「えー、せっかく強そうな武器が手に入ったのに……」
ミリアは残念そうに呟いた。
ドヴァンはまたフンと鼻を鳴らして言った。
「だが若いの、これを使ったせいで右肩を痛めてるんだろう」
ノアがぴたりと動きを止めた。
図星だった。
「……気付いていたんですか」
「なんとなくな、見ればわかる」
「すごい、お医者さんみたい……じゃなくて!!」
ミリアがずいっとノアに近づき顔を覗き込む。
「肩、痛いの?」
「えっと……うん、まぁ」
なんだか目が怖い。
「どのくらい、痛いの?」
「ちょっと上にあげると痛いくらいで、大したことないよ」
ミリアが無言で睨む。
きっ、とアーク・ギガントへ目を向け、尋ねる。
「巨人さま。今のノアの体の状態を教えて」
――過負荷による右肩への損傷。全治約一週間。
――その他、衝撃に伴う打撲箇所多数。
――両脚にも反動による軽微な損傷あり。
「…………」
ミリアの目がすっと細くなる。
無言の圧力が凄まじい。
「あの……ミリア?」
「……………………」
「だから……その」
「………………………………」
「………………ごめんなさい」
「よろしい」
ミリアはふんっと鼻息を鳴らして言った。
「痛いところがあったら、ちゃんと言うこと。わかった?」
「はい、はい」
「はいは一回!」
ミリアは両手を腰に当てて憤慨していた。
「へー、ちゃんと尻に敷かれてるんすね」
「え、ちゃんとって何?」
そういう力関係が自然に見えるのだろうか。
ノアが首を捻っていると、会話を聞いていたドヴァンが少し笑った気がした。
「まぁ、嬢ちゃんがいれば心配はないだろうが」
ドヴァンが顎の髭をさすりながら言う。
「働き者ってのは、放っとくとすぐ壊れる。人も機械も同じだ」
その言葉に、ノアは静かに頷いた。
窓の外では、沈みゆく夕日が鉄の街を赤く染めていた。
戦いを越え、受け継がれた光がある。
守られてきた想いがある。
それは悠久の時を越えて、確かにノアの手へ渡された。
次なる旅路は、砂の海の向こう。
失われた王都へ。
蒼き巨人と、少年と少女の旅は、さらにその先へ続いていく。
――第二章 了
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




