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第18話「砂の海と旅の仲間」

朝の陽光が、鉄と煙の街並みを柔らかく照らしていた。


高く伸びる煙突からは白い蒸気が立ち上り、石畳の路地にはいつもと変わらない槌音と歯車の駆動音が響いている。


鉄と蒸気と人の手によって紡がれる、確かな営みの音。

その街門の前に、旅支度を整えた二人の姿があった。


灰青の旅装に身を包んだノア。

赤茶の旅装を纏ったミリア。


そして二人の傍らには、蒼き巨人――アーク・ギガントが静かに佇んでいる。


「よしっ。準備万端!」


胸を張った瞬間、ミリアの背負い袋が重みに引かれ、ぐらりと身体が傾く。


「わっ、とと……!」

「……荷物多すぎじゃない?」


ノアが慌てて支える。


「だって必要なものばっかりだもん」

「鍋が二つ入ってる」

「深いのは煮る用、浅いのは焼く用!」

「用途が細かい……」

「旅は食が大事なのです!」


えっへん、と鼻を鳴らすミリアに、ノアは思わず笑った。

その時、後ろから低い声が飛ぶ。


「砂漠を舐めとるな、若いの」


振り返ると、腕を組んだドヴァンが立っていた。

横には、少年弟子のリークスが胸を張って控えている。


「歩いて越えるつもりだったら、三日で音を上げるぞ。まず水と体力が保たん」


そう言ってドヴァンが工房の大布を引き剥がす。


現れたのは、長く滑らかな船底を思わせる滑走板を備えた小型の機械だった。


両脇には機獣の外殻を加工した装甲板。

後部には、蒸気式の補助推進機構。

荷台には簡易の幌と座席。


工房製らしい無骨さと、どこか浪漫を感じさせる機能美があった。


「わあ……!」


ミリアの目が輝く。


「かっこいい……!」


リークスが待ってました、と言わんばかりに前へ出る。


「我が工房が開発した発明品、その名も『サンドランナー』です!」

「……そのままだね」


ノアが素直な感想を漏らす。

どちらも子どもでも知っているような、ごくありふれた言葉だった。


リークスが少し詰まる。


「い、いいじゃないですか! 何に使うか一発で分かる良い名前でしょ!」


するとドヴァンが鼻を鳴らした。


「名前なんぞはな、分かりやすくて、ついでに格好良ければそれでいい」

「親方もそこなんですね……」

「当たり前だ。機械に格好良さを求めんで他に何を求める」


真顔で言い切る姿に、ミリアはくすっと笑った。


「私は好きだよ『サンドランナー』。速そう!」

「でしょ!?」


リークスが嬉しそうに身を乗り出す。


「構造もすごいんですよ! 低摩擦滑走板で砂に沈みにくくして、後部の噴進補助で加速もできるんです。しかも機獣外殻の装甲で砂塵対策もばっちり!」

「……砂漠って、そんなに機械に悪いの?」


ノアが尋ねると、ドヴァンが頷いた。


「砂は厄介だ。細かい砂塵が軸受けや機関に入り込めば、あっという間に機械を削る。だが、こいつはその辺も諸々考えてある」


そう言って、ドヴァンはサンドランナーの側面を軽く叩いた。


「へえ……」


ノアは感心したようにサンドランナーを見る。


今の時代に生まれた新しい機械。

旧文明の遺物そのままではない、人の手で組み上げられた道具。


形は違う。

力も違う。

だが、人々は確かに、自分たちの知恵で前へ進んでいる。


「燃料はこっちです」


リークスが小さな金属缶を掲げる。


「うちで精製した特製の燃料です。高温で安定して燃えるので、砂漠越えにはぴったりなんです!」

「燃料まで特製なんだ……」


ミリアが目を丸くする。


「でもこれ、大丈夫? 乗ったそばからどーん!って爆発したりしない?」

「大丈夫っすよ!」


リークスがどんと胸を叩いて宣言した後、小声で呟く。


「まだ一度も乗ったことないけど」

「全然大丈夫じゃなかった!」


ミリアが叫び、ノアが唖然としていたところにドヴァンが助け舟を出す。


「そいつに関しては心配いらん。言うほど目新しい技術は使っとらんしな」


ドヴァンはぶっきらぼうに言ったが、その声にはどこか誇りがあった。


「ならいいんだけど……」

「そもそも砂漠で使うもんをこの街で試運転できるわけなかろう」

「だから不安にさせないでってば!」


ミリアの悲痛な叫びを無視し、ドヴァンはさらに二つの品を差し出した。


「こっちは砂旅外套。日差しも夜の冷えも防ぐ。それからこっちは保冷水筒。中の冷たさを長く保つ」


受け取った水筒から、ひんやりとした感触が手に伝わる。


「それと『サンドランナー』は自力で走行もできるが――」


ドヴァンは親指でアーク・ギガントを示した。


「そこの蒼いのに曳かせた方が良いだろう。砂漠じゃ離れる方が危険だし、長旅ならその方が燃料を食わん」


ノアはアーク・ギガントを見上げる。

確かに、あの巨体と出力なら荷を引くことなど造作もない。


「……ありがとうございます」


何から何まで、至れり尽くせりだ。

さすがに申し訳なくなったノアは、ドヴァンに尋ねた。


「ここまでしてもらって、本当に良いんですか? そもそもこれって工房の商品なんじゃ……」

「ふん、若いのにそんなこと心配される筋合いはないわ」


突き放すような言葉だったが、どこか温かみのある言葉だった。

腕組みしながらドヴァンは続けた。


「さっきはリークスが冗談で言ったが、こいつの実地試験ができるまたとない機会だからな。うちの工房にとっても利のある話だってことだ」


リークスもうんうんと横で頷く。


「親方に『ちょっと砂漠行って来い』って言われたときは青ざめたもんですよ。多分本気で言ってたしあれ」

「当たり前だ。本当なら製造者責任でお前が行くべきなんだぞ」

「親方だって製造者じゃないっすか!」

「儂は暑いのが苦手だ」

「俺だって苦手っすよ!」


ひとしきり言い争いを終えると、リークスがノアの方へ向き直った。


「……とまぁ、こんな感じなんで気にすることはないっすよ。もし気になるっていうなら、そいつはうちの工房製だって宣伝でもしてやってください」

「わかった、ありがとうリークス」


親方も、とノアが深く頭を下げる。

ドヴァンはぶっきらぼうに答えた。


「礼は戻ってきてから言え。壊したら直して返せ」

「はい!」


ミリアが元気よく返事をした。


「壊したらノアが頑張って直します!」

「びっくりするほど丸投げするね」

「ダメだったら一緒に謝ってあげるよ?」

「さりげなく主犯を僕にしようとしてない?」


ミリアは聞こえないフリをしながらいそいそと荷台に荷物を載せる。

ノアがため息をついて後に続く。


ドヴァンは最後まで大げさな見送りはしなかった。

ただ、二人の背中へ短く告げる。


「無理はするな。危ないと思ったら引き返せ」


ノアは振り返り、頷いた。


「はい。必ず」


ミリアも笑顔で手を振る。


「行ってきます!」


サンドランナーに荷を積み、アーク・ギガントが綱を握る。

蒼き巨人が橇を牽き、その後ろにノアとミリアが乗る。


フェルグラードの街門が、少しずつ遠ざかっていく。


煙突。

石畳。

蒸気の白い柱。

槌音の響く工房街。


それらが背後へ流れていった。


新しい旅の始まりだった。



最初のうちの景色は、フェルグラード周辺と変わらない乾いた風が吹く荒野だった。


背の低い草。

まばらに生える灌木。

ところどころ露出した赤茶けた岩肌。


サンドランナーは、アーク・ギガントに曳かれながら滑らかに進む。

時折、後部の蒸気噴進が短く白い煙を吐き、砂混じりの地面を軽く押し出した。


「思ったより揺れないね」


ミリアが幌の下で感心したように言う。


「これなら料理もできるかも」

「走りながらはやめようね」

「えー」

「えーじゃないよ」


そんなやり取りをしながら、二人は砂漠を目指して進んでいく。

そして一日進むごとに、世界は少しずつ色を失っていった。


緑が減る。

土が乾く。

地面に砂が混じり始める。


風が吹くたび、さらさらと足元を砂が流れる。


「……なんだか」


サンドランナーの上で、ミリアが遠くを見つめる。


「世界の色が変わっていくみたい」


ノアも静かに頷いた。


「……緑が、消えていく」


二日目には草木はほとんど姿を消し、見渡す限り黄土色の荒地になった。

低い岩丘の向こうには、風に削られた砂丘がぽつぽつと現れ始める。


乾いた熱気が肌を撫でる。

空気そのものが違っていた。


昼は肌を焼くように熱く、夜は外套がなければ凍えるほど冷える。

ドヴァンの用意した砂旅外套と保冷水筒がなければ、今よりもずっと厳しい旅となっていただろう。


「ドヴァンさんたち、すごいね」


夜、外套にくるまりながらミリアが言った。


「こんなの作っちゃうんだもん」

「うん」


ノアはサンドランナーを見た。

無骨で、油と金属の匂いがして、ところどころ荒削りで。

それでも確かに、この時代の人々が生きるために生み出した機械だった。


「昔のものとは違うけど……ちゃんと進んでるんだと思う」

「昔?」


ミリアが首を傾げる。


「あ……ううん。なんでもない」


ノアは小さく首を振った。


自分の記憶はまだ曖昧だ。

けれど、旧文明の巨大な機兵や王都の姿を知る自分だからこそ、今の時代に生きる人々の技術が未熟だとは思わなかった。


違う道を進んでいるだけだ。

きっと人は、同じ形を繰り返すだけではない。


そのことを、ノアは少しだけ信じたいと思った。


そして三日目――


最後の一本と思える枯れ木を越えた、その先で。


「……わぁ……」


ミリアが息を呑む。


そこには、果てしない黄金の海が広がっていた。


一面の砂。

波のように連なる砂丘。

遠く揺らめく蜃気楼。


静かなのに、圧倒される。

まさしく、砂の海だった。


「すごい……」


ミリアが目を輝かせる。

その横顔を見て、ノアも微かに笑う。


風が吹く。


砂丘の稜線が、光を受けて淡く輝いた。

陽光の中で、アーク・ギガントの装甲が静かに反射する。


その日の夜。

食事を摂り終えたミリアが、ふとアーク・ギガントを見上げて言った。


「ねえ、ノア。ずっと考えてたんだけどさ」

「ん?」


「巨人さまの『アーク・ギガント』って名前、ちょっと長いよね」

「……まあ、長いかな」


あまり気にしたことはなかったが、確かに呼ぶには少し長い名前かもしれない。


「だからさ」


ミリアはにこっと笑う。


「これからは――『アーク』って呼ぼうよ」

「アーク?」

「うん。その方が呼びやすいし、仲間って感じがする」


仲間。


その言葉が、胸の奥へ静かに落ちる。


王を守るために作られた機兵。

遥かな時を越え、自分を守り続けてきた存在。


けれど今は――


共に旅をする、大切な仲間。

ノアは蒼き巨人を見上げ、静かに頷いた。


「……うん。いい名前だね」

「でしょ?」


ミリアが満面の笑みを浮かべる。


「よろしくね、アーク!」


その呼びかけに応えるように、蒼い双眸が淡く明滅した。


「わっ、今光った!」

「……ちゃんと分かってるのかもしれない」


ノアは少しだけ笑う。


アーク。

その名が、静かに胸へ馴染んでいく。


そうして旅の仲間たちは、黄金の海へ進んでいく。


失われた王都へ。

記憶の果てへ。

まだ知らぬ真実へ。


そして――


その砂の下で。


無数の赤い複眼が、蒼き機兵の反応を捉えていた。



――第19話へ続く

※おことわり

本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。

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