第10話「鉄と歯車の街」
東へ向かう道は、アルナ村の周囲とはまるで違っていた。
乾いた土と低い草ばかりだった景色は、やがて黒ずんだ岩肌と、細く伸びる古い石畳へ変わっていく。
「うわ……道が硬い」
ミリアが足元を見下ろしながら言った。
「歩きやすいってこと?」
「違うよ。転んだら痛そうってこと」
背後では、一定の距離を保ちながらアーク・ギガントが静かに追従していた。
巨大な蒼い機体は、できるだけ目立たないように森沿いを歩いている。
もっとも家一軒の高さを軽々と超える巨人が目立たないというのは、なかなか無理のある話だった。
「やっぱりどこかで待っててもらった方がよかったかな……」
ノアが振り返る。
「それだと、何かあった時に困るんじゃない?」
「それはそうだけど」
「それに、いい子だし」
「いい子かぁ……」
ミリアはアーク・ギガントをかなり気に入っているらしい。
まるで、大きな飼い犬かなにかのように接しているのが少し気になるが。
そのとき、丘の向こうに黒い煙が見えた。
火事ではない。
いくつもの煙突から、灰色の煙が空へ昇っている。
次第に聞こえてくる音。
金属を打つ音。
歯車の軋む音。
蒸気の噴き出す音。
そして、人々のざわめき。
丘を越えた瞬間、ミリアが声を上げた。
「うわぁ!」
そこには、アルナ村とはまるで違う街が広がっていた。
石と鉄で組まれた高い建物。
壁に沿って走る配管。
水車よりも大きな歯車が、ゆっくりと回っている。
荷車には鉱石や金属片が積まれ、職人たちが忙しなく行き交う。
工業都市フェルグラード。
古い時代の遺物を掘り起こし、直し、削り、使えるものへ変えることで成り立つ街だった。
「すごい……全部、金属でできてるみたい」
ミリアは完全に目を輝かせていた。
「全部ではないと思うけどね」
「そういう細かいこと言わない」
ミリアがむっと睨むその横で、ノアも街を見つめる。
初めて見るはずなのに、胸の奥に奇妙な感覚があった。
懐かしい、というには遠い。
けれど、知らないはずなのにどこかで見たことがある。
そんな感覚。
「ノア?」
ミリアが顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「うん。ただ……少し、不思議な感じがして」
「思い出しそう?」
「……まだ、わからないな」
ノアはそう答え、街へ足を踏み入れた。
フェルグラードの門番たちは、アーク・ギガントを見て槍を構えた。
当然だった。
とてつもない大きさの鋼の巨人が、街の外に立っているのだ。
普通の村なら大騒ぎになっていただろう。
だが門番たちは、戸惑いながらもアーク・ギガントを「巨大な工業機械の類」として扱ってくれた。
ここフェルグラードでは、古代遺物や機械残骸を使った生活が当たり前だった。
それが幸いしたらしい。
なんとかノアが事情を説明し、アーク・ギガントを街の外れに待機させることで、中に入ることは許された。
「絶対に街中へ入れるなよ」
門番は何度も念を押した。
「入れません」
「本当だな?」
「たぶん」
「たぶんじゃ困る!」
ミリアが横から笑う。
「へーきへーき。あの子、意外と聞き分けいいから」
「機械仕掛けの巨人に聞き分けとかあるのか……?」
門番は最後まで不安そうだった。
街の中は、さらに騒がしかった。
通りの両側には工房が並び、どこからも金属音が響いている。
焼けた鉄の匂い。
油の匂い。
蒸気の湿った熱。
アルナ村の土と草の匂いとは全く違う。
「ミリア、あまりはしゃぐと転ぶよ」
「だってすごいんだもん!」
ミリアは歯車仕掛けの昇降機を見上げたり、蒸気で動く荷台に驚いたり、露店に並ぶ古い金属片を覗き込んだりしている。
「ねぇ、これ何?」
「わからん」
露店の男が即答した。
ぱちくりと目を瞬かせるミリア。
「わからんのに売ってるの?」
「使えるからな」
「すごい街だね」
露店が並ぶ通りを抜けて彼らが向かったのは、古い区画にある大きな工房だった。
看板には、歯車と槌の印。
中からは、重い金属音が響いている。
「ここが一番腕が良くて昔からある工房だって」
ミリアが門番から聞いた情報を思い出す。
ノアは頷き、扉を押し開けた。
熱気が押し寄せた。
炉の炎。
積み上げられた金属板。
天井から吊るされた鎖。
壁には大小さまざまな工具が並び、床には見たこともない部品が散らばっている。
その中央で、ひとりの老人が金属片を叩いていた。
背は高くない。
だが肩幅は広く、腕は太い。
白髪まじりの髭を伸ばし、煤で汚れた前掛けをしている。
老人は顔を上げずに言った。
「冷やかしなら帰れ」
「えっと、冷やかしではなくて」
ノアが口を開く。
「古代文明について聞きたいことがあって来ました」
老人の槌が止まった。
ゆっくりと顔を上げる。
鋭い目だった。
「古代文明?」
「はい」
「誰に聞いてここへ来た」
「門番さんに」
老人は深くため息をついた。
「また余計なことを」
そのとき、奥から少年が顔を出した。
「親方、お客さんですか?」
「見ればわかるだろう」
弟子と思しき少年は、ノアたちと同じくらいか、少し年下に見えた。
煤で頬を汚し、手には工具を持っている。
目だけがやけにきらきらしていた。
「うわ、本当に外から来た人だ。しかも剣持ってる。冒険者ですか?」
「違うよ」
ミリアが答える。
「旅人」
「旅人! いいなあ!」
「よくない。面倒が増えただけだ」
老人が低く言う。
弟子と思しき少年は肩をすくめた。
「俺はリークス。この工房の見習いです。それから」
老人の隣に立って笑う。
「この人がドヴァン親方です。めっぽう口は悪いけど、腕はこの街一番ですよ」
「勝手に紹介をするなこの小童め」
「ほら、こんな感じで」
リークスが笑ってこちらを見る。
気の置けない間柄のようだ。
ノアは一歩前へ出る。
「僕はノアです。こっちはミリア」
「よろしく!」
ミリアが手を上げる。
ドヴァンは二人をじろりと見た。
「で、何を知りたい」
ノアは少し迷い、それから言った。
「古代文明と、機兵について。王都アステリアについても知っていることがあれば」
その名を出した瞬間、リークスが目を丸くした。
だがドヴァンは表情を変えなかった。
ただ、短く言った。
「知らん」
「え」
「知らんと言った」
ノアは一瞬固まる。
ミリアが慌てて身を乗り出した。
「でも、ここはそういうものを扱っている場所じゃ……」
ドヴァンはフンと鼻息を鳴らし、手元の金属片を持ち上げた。
「扱ってはいる。だがな、儂らは“拾って使ってるだけ”だ」
そう言って、作りかけの刃を軽く叩く。
澄んだ音が鳴った。
「これがどういう原理で強いのか、なんで錆びないのか、全部わからん」
「全部……」
ノアが呟く。
「そうだ。わからん」
ドヴァンは淡々と続ける。
「古い遺物を拾う。折れていれば繋ぐ。使えそうなら道具にする。それだけだ」
それを聞いてミリアがまた身を乗り出す。
「でも、それを直せるなら、仕組みも少しは……」
「仕組みがわからんでも、形は直せる」
ドヴァンは槌を置いてきっぱりと言った。
「お前さんが探しているものは、ここにはない」
その言葉には、どこか過去をすべて拒絶するような冷たさが見え隠れしていた。
――第11話へつづく
※おことわり
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