第一章サイドストーリー2「見送るもの」
ノアとミリアの姿が地平の向こうへ消えるまで、ガラムはその背中を見送っていた。
杖を握る手に、少しだけ力がこもる。
隣では、老婆サナが目を細めながら二人の去った方角を眺めていた。
「……ずいぶんとあっさり送り出したねえ」
サナがぽつりと言う。
ガラムは鼻を鳴らした。
「止めても無駄だ、あのバカ孫は」
「そういうことじゃないよ」
サナは笑う。
「あんた、本当はミリアに旅をさせてやりたかったんだろう?」
図星だったのか、ガラムはしばらく黙り込んだ。
やがて、観念したように深く息を吐く。
「……昔から、あいつは外ばっか見てた」
杖の先で地面をとんと叩く。
「山の向こうに何があるんだろう、だの、海ってのはどれくらい広いんだ、だの。まったくうるさくて敵わん」
そう言ってガラムは苦笑する。
「村の畑より、よっぽど外の世界に興味があったってことだ。当然といえば当然だけどな」
幼い頃のミリアの姿が脳裏をよぎる。
木の枝を剣にして駆け回り、森へ入り込み、泥だらけで帰ってくる――そんな毎日だった。
「あいつの好奇心は、元から村の中で収まるもんじゃなかった」
サナがくすりと笑う。
「探究心は親譲りかねえ」
「……かもしれんな」
ガラムは遠く空を見上げる。
ミリアの両親は遠く離れた地にある学術都市で教師をしており、滅多に村へ戻らない。
だから育てたのは、ほとんど自分だった。
泣いていた夜も。
熱を出した日も。
村の子供たちを率いて悪戯して、大人たちに追いかけ回された日も。
全部知っている。
だからこそ分かる。
あの子は、いつか必ず村を出る。
「そりゃ、もっとちゃんと準備を整えて、胸を張って送り出してやりたかったさ」
だが現実は違う。
村は貧しい。
旅は危険だ。
そして、自分は老いた。
もはや杖なしでは、長く歩くことすら難しい。
「どうしたもんかと、ずっと考えてた」
そんな時に現れたのが、あの少年。
ノアだった。
どこからともなく現れたような、妙な少年。
世間知らずで、妙に礼儀正しくて、どうしようもなく優しい少年だった。
そして何より――
命を懸けて、村を守った。
「引き止めようと思えば、止められたがな」
ミリアについては、縄で縛り上げでもすれば止めることはできただろう。
だが、どのみちすぐに逃げ出したはずだ。
あの孫はそういう奴だ。
「……ま、あの田舎娘にも少しは良い社会勉強になるだろうさ」
サナが肩を揺らして笑う。
「まったく……親バカならぬ、祖父バカだね」
「ほっとけ」
ぶっきらぼうに返しながら、ガラムの目はどこか優しかった。
だが――
「それにな」
ガラムの表情が静かに引き締まる。
「ノアは、ここに長くいちゃいけねえ」
「……どういうことだい?」
サナが訝しむ。ガラムは続けた。
「今回起きたことの原因の一つは、間違いなくノアが目覚めたことだ」
突然村へ現れた巨大な魔獣。
暴走する鋼鉄の獣。
そして、冷徹な瞳で人も家も焼き尽くす、紅い巨人。
あれほどの災厄が、一度にこの辺境の村へ降りかかったのは偶然ではない。
そして鋼鉄の獣と紅い巨人は、逃げる村人ではなくノアへと向かった。
偶発的であれ、計画されたことであれ、そこに明確な意図があったことはまず間違いないだろう。
「ただの迷子じゃないとは言ったが、あんなことになるとはね」
サナが嘆息する。
ガラムもそれに倣ってふんと鼻を鳴らす。
「今はみんな、“村を守った英雄”として見てる」
だが、時間が経てば違う。
家を失った現実。
怪我を負った者。
住み慣れた故郷を追われた怒り。
村の移転に一区切りがつけば、誰かがふと思うかもしれない。
――あいつが、目覚めなければ。
ガラムは、そうなる前に送り出したかった。
英雄として見送ることができる、今のうちに。
「あの坊主に、そんなもん背負わせる必要はねえ」
そう言うとガラムは一転、不敵に笑う。
「なに、村の連中は気の良い奴らばかりさ。時間が経って落ち着けば、こうなったのはノアのせいじゃねえって分かるはずさ」
サナはしばらく黙っていた。
やがて、柔らかく笑う。
「あの子たち、帰ってくるかね」
ガラムは即答した。
「帰ってくるさ」
そして、遠くの空を見つめながら、どこか誇らしげに笑った。
「ノアは、あのバカ孫をちゃんと連れて帰ってくる。そういう奴だ」
焼け跡の村に風が吹く。
その風は、どこか新しい季節の匂いがした。
――本編第二章へつづく
※おことわり
本作品は、設定の整理や本文草稿の作成補助・推敲に生成AI(ChatGPT等)を使用しています。使用用途・範囲の詳細については、作品概要ページをご確認ください。




