俺の嫁。
「はい、お弁当。それじゃ、今日も元気にいってらっしゃーい!」
「ん、そっちも無理しないように」
ネモに見送られ、学校へと出勤する。
"エッディ先生"と言われるのにもだいぶ慣れた。「ブラックっていう家名なのに、真っ白なのはなんでなの?」という鉄板になりつつある質問にも。(その都度「人の容姿に触れるときは慎重に」と諭している)
ガラナ復興地に来たばかりの頃、ちょうどこの地域では新しく学校を興したばかりで、多くの教師を募集していた。
教職に興味はあったものの、ガラナの兵を大量に処分した自分としては後ろめたいものがあり、こんな人間が教鞭をとっていいのか最初は躊躇いがあった。
「それも、償いだと思えばいいですよ」
戦争を終えた未来ある子供たちに、戦争の恐ろしさや、正しさを教えていくことが大事だと。
「それに、私はあなたに教えて貰ったおかげで、在学中、だいぶポンコツが改善できたんです。昔、修復中の演習室で私のクラスメイトだったドレイクが言ってたこと覚えてますか? 絶対、教師に向いてるって。異学年交流授業で組んだユリシスも、『エンデ先輩』の教え方を絶賛してたの、私いまだに覚えてます」
彼女の後押しもあって、魔法専門の教師の枠に応募したところ、即採用された。
その際、担当は小等部を希望した。
「ええっ、高等部でも勿体ないくらいなのに?」
自分の希望にえらく驚かれたが、魔法の知識よりも、自分の反省を生かして、幼少期の教育で人として彼らを真っ直ぐ導いてあげる手伝いがしたいと思ったのだ。
子供たちは無垢で、ときに捻くれた奴もいるけれど、どいつもこいつもみんなかわいい。
一度眼鏡を割られるなんていう、いたずらが度を越したことをされたときは魔力が暴走しかけたが、逆にそのときの様子が余程怖かったらしく、それ以来彼らのやんちゃさは随分と落ち着いた。
彼女の方も、「私も頑張るねー!」なんて言って、産休に入った最近まで、ちゃっかり自分と同じように教鞭を執っていた。
子供好きな彼女はもちろん小等部を希望し、自分たちが夫婦であることはすぐに生徒たちにバレた。
子供に大人気の"ネモ先生"を独り占めしていることを度々羨ましがられては、「俺の嫁だからな」と大人気なく牽制する。
そんな今まででは考えられない、穏やかでありふれた日々を送っていた。
「エッディ先生またお弁当レタスだけ~! 貧乏なの?」
「ぅるさぃ。レタスは食感がいいんだよ」
お昼休憩は生徒たちと一緒に食べるのだが、毎度持参したお弁当
の中身をからかわれる。
「ネモ先生お料理下手なの?」
「いや、むしろ上手だと思うよ」
(ただ、俺が食べられないだけで)
彼女は今、以前に比べてかなりふくよかになっている。
その一因は、自分にあったりする。
ここへ移り住んで一緒に暮らし始めて、料理は彼女の担当となった。あの手この手で俺が食べられそうなものを探し、煮たり、焼いたり、そのままだったり、たくさんのご飯がテーブルに並んだ。
見た目はどれも美味しそうなのだが、やはり口に入れると無理だった。
食材を無駄にしないために彼女がたくさん食べた結果、痩せ気味だった身体は日に日に丸みを帯びていった。
軍にいた頃より運動量も減ったことが拍車をかけたらしく、ある日いつもの服が入らないことに気付いて、ようやく自分が太ってしまったことを自覚したらしい。
これまでの人生で太ったことが無かったから、食べ過ぎたら太るっていうことを初めて経験したのだという。
「どうしよ、私、痩せ方がわかんない」
泣きそうになりながら、以前よりふっくらした顔を向ける彼女は、はっきり言って愛しさしかなかった。
「嫌いにならないでー」と言うが、自分のために試行錯誤してくれた結果だ。嫌いになんかなるはずがない。
「どんなネモでも好きだから」
そう言って柔らかくなった彼女の身体をそっと抱き寄せる。
愛情表現は、包み隠すことはない。そんな面倒なことはしない。
運動して絞る!なんて言ってはいたが――結局、すぐに孕ませてしまったせいで、彼女はぽちゃぽちゃとした体型のままになっているのだけど。
「ネモ先生、元気? もう赤ちゃん生まれた?」
「元気だよ。まだ生まれてないけど、そろそろだな」
「生まれたら私たち見に行きたい」
「ああ……でも、落ち着いてからな」
「やったー!」
これまでにも、彼らは何回も家に来てたりする。
それくらいに、彼女はみんなから愛されていた。
「差し入れはチョコレートかな?」
「やっぱクッキーでしょ! 大きいやつ作って持ってこっと」
「……」
――実は、彼女がぽっちゃりしてしまった原因は、生徒たちの容赦ない貢ぎものが大いに関係していたりもする。
人のよい彼女は、生徒たちの好意を無駄にしない。
だから、彼女の今のふっくらした体型は、みんなの愛情が詰まった結果だった。
「来てもいいけど……俺の嫁だからな」
「エッディ先生ってほんと心狭いよねー!」
「きょーりょー! きょーりょー!」
「ぅるさぃ」
やかましい生徒たちを窘める。
平和で取り留めのない日常の一部。
けれどそれこそ、人生で最高の贅沢だと、心から思った。
(おわり)
明日でラスト。




